第101話 黒い炎 Black Flame
その男に惹かれたのは希少種である天使の一団を率いていたから、という理由だけでは無いように思えた。
両手でぐったりと倒れた少女を抱え、この世に中に絶望したような顔持ちで歩いていたところを偶然にも発見した。
まるで生き場所を探して彷徨う亡霊のように。
明らかな負のオーラを放った三人組は当てもなく彷徨っているようだった。
中でも特に少女を抱えたたった一人の幼い男にはどことなく魅かれた。
まるで何か自分に持っていないものを彼が持っていて、それを自分が欲しているかのように。
一人の歩いていた少女が彼に気付く。
彼女は水を得た魚のように勢いよく周りにいた二人を励まし、そして走って彼の下まで来た。
そして青ざめた顔をしながら言い放った。
「助けて下さい」と。
当然断ろうとした。
だが、何かしら事情があるにもかかわらず放置するのはあまりにも鬼畜だ。
話だけでも聞いてあげようか、そう思った。
「何があった」
ネメシスが問うと、青ざめた少女は何から話せばいいのか、頭の中を探り始めた。
そして少し時間が経った後、途切れ途切れの言葉で説明を始めた。
「わたし、たち、病気で。この世界で、し、死んだら現実世界でも死んでしまって…今、仲間の一人が、死んで、しまった」
冗談でその言葉を口にしているとは思えなかった。
軽はずみにそのような発言をしてはいけないことは理解しているだろうし、必死さから本気であると薄々分かった。
ただ、信憑性と信頼に欠ける。
このゲームでそんなことがあり得るのか?
ネメシスは頭の中で深く考える。
そして親友、ダンデ・リ・ユニオンの言葉を思い出す。
≪この世界では今実験が行われている≫
正直彼自身の言葉に一定の信憑性はあっても半分は信じていなかった。
どうせまた思いついた自分の正義を執行しているだけに過ぎないのだろうと、そう思った。
だからこそ目の前に、はいその被験者です、というプレイヤーが現れたところで易々と認めるわけにはいかない。
「悪ぃが、助けられねーな。お前らの言っていることを、俺は信じられない」
「そんな…」
少女の顔はより一層青くなっていく。
だが、迷わず説得を試みてくる。
「お願いします、ネメシスさんの影響力を少しお借りするだけでも…あの、Twiterで私たちのことを呟いてくれたり、何かしら発信してくれるだけでいいんです」
そして今まで抑えてきたものが溢れ出た。
目から大粒の涙を流しながら懇願してくる。
「お願いします、どうか、もう、耐えられないんです、こんな世界、全部、壊して」
その呼びかけに、ネメシスは答えられなかった。
今までたくさんの自分の影響力を見て声をかけてきた。
中にロクな奴はいなかったし、これからもきっと居ないと思っていた。
もちろん、ここまで本気で説得してくる人間は居なかったが、それでも自分の中にあるバリアが反応した。
「無理だ。俺にできることはない」
涙を流した少女は膝から崩れ落ちた。
その横からぐったりとした少女を抱えた一人の男が出てきた。
そしてその少女に抱えた少女を手渡すと、静かに言った。
「もういいよ、もう、泣かないで。俺たちを助けてくれる人なんて一人もいやしない、それが分かっただけでも十分」
そしてネメシスを睨み、こう続けた。
「ただ、お前のレベルは奪う。せめてその莫大なレベルと経験値を、少しでも生き残るために」
その目には、確かに炎が宿っていた。
その目だ、その目に俺は惹かれたのだ。
その炎は憎悪、悲壮感、興奮など様々な想いが混ざっていた。
しかし、確かにその炎は向けられた。
標的はネメシス。
ネメシスは且つてこの炎に似た目を持つ人物に会ったことがある。
その人物は何かに本気で、自分の命を燃やす人間だった。
自分の命が朽ちたとしても、構わないと考え、自分の決めた目標のためには何を投げ出してもいいと考えている。
その炎を持つ人間に共通して言えることがある。
恐ろしいほどに、強い。
何かに一生懸命になっていたり、命を懸けている人間は、誰よりも強い。
生半可な気持ちで立つ人間とは土俵が違う。
彼らは茨の道だろうと何だろうと、道があったのなら怯むことなく進む。
だから、怖いほどに強い。
失うものが無いから、そして自分の目標が果たされないのならその命すら燃やす覚悟があるからだ。
ネメシスは無意識に剣を抜いていた。
炎を宿した少年が剣を抜いたから、という理由もあったが、それよりも自分の中でいつの日か忘れていた防衛本能のようなものが呼び覚まされた。
防がないと、死ぬ。
何故かそう思ってしまった。
その少年は拳を握りしめる。
顔の前に剣を強く握りしめた右手を掲げ、空に向かって拳を構える。
剣は当然少年の右横へと伸びていた。
その瞬間、何かが爆ぜた。
特殊エフェクト。
(トリガーか!!)
少年の拳には炎が宿り、その炎は剣へと伝い、それがステータス上昇へと繋がる。
何度も言うが、このゲームは脳波とリンクしプレイヤーの感情の起伏によってその値がステータス値に直接影響を与える。
今、少年カイトの脳波は観測されたことの無いほどの高まりを見せ、その脳波指数は危険値をゆうに超えていた。
しかし、それが故に換算されたバフは一律9,999,999倍。
バフ値ではカンスト値を記録した。
炎を宿した無意識のトリガーは剣を黒く光らせた。
憎悪の炎、色は黒だった。
プレイヤーの感情によって剣の色が変わるという特殊なエフェクトも存在して居る。
ネメシスがダンデ・リ・ユニオンと戦った際に剣が赤く光ったのは、彼が歓喜や興奮といったもので満たされていたからだ。
カイトの剣の色は黒、憎悪や後悔、悲しみに満たされていることを示していた。
(来るッ!!)
相手を殺すためにだけ振るわれた刃は、警告なしにネメシスに襲い掛かる。
そしてネメシスは刃を交わす。
避けることができなかった。
それだけのスピード、威力。
だが、まだ一撃必殺という感じだった。
ネメシスが二撃目を食らわせ、牽制する。
カイトは即座に攻撃態勢を取る。
そしてネメシスの足元に剣を振る。
高く飛びあがり、攻撃を避ける。
ネメシスは剣を振りかぶり、叩きつける。
その殺気にカイトは気付いた。
剣を構え、防ぐ。
ネメシスはてっきり押し倒せると思っていた。
だが、カイトは倒れない。
一切動じず、ネメシスの顔一点を睨んだままだった。
(単純技能でどうにもならん攻撃はやめろって!!)
ネメシスは心の中で叫ぶが、だからこそこのゲームは面白いのだと考え直した。
そしてカイトはネメシスの背後を取る。
気付いた。
だが、避けられなかった。
(速いッ!!)
≪ザンッ!!!≫
攻撃は僅かに横にずれた。
否、ネメシスが自分自身でずらした。
攻撃の狙いは確実にネメシスの心臓を定めていた。
ネメシスが攻撃をずらさなければ今頃倒れていたかもしれない。
もう充分理解していた。
彼の言っていることがどれだけ本気か。
そして本当に命を燃やしていることを。
カイトはネメシスに一撃食らわせたことで一瞬気を緩ませた。
その瞬間、反動のように心臓が締め付けられるような痛みを感じた。
荒い息を上げながら胸を抑えるカイトを見て思わず心配する声を上げた。
「わかった、わかったよ。もう休め」
カイトは地面に膝を付いた。
ネメシスは目の前の原石を見て決意した。
自分にできることはする、と。
しかしそれは彼ら自身の成長とともにある、と。
ネメシスは一つ提案することにした。
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