第98話 動機 Incentive
『西都イオレット』ー所属する悪魔は自身のレベルを上げることを第一とし、他者を貶め、殺す事のみ考えている。
そもそもこのゲームはプレイヤー対プレイヤーの殺し合いである。
東都と南都の悪魔が温厚であるだけであり、本来このゲームをプレイするプレイヤーとすれば西都の掲げる主義を全うするのが至極当然のように思える。
もちろん南都と東都もレベルを上げるために他のプレイヤーを攻撃するが、天使に限定されている。
同族撃ちなど有り得ない、というのが信条である。
だが、西都にそのような考えは普及していない。
プレイヤーならだれでも構わない、レベルを保持している者は誰であろうと殺す。
それが西都に所属するプレイヤーの行動スタンスであり、だからこそ天使からのみならず東都、南都からも一目置かれる存在となっている。
ネメシスが出現して1時間。
西都から派遣した悪魔は全て消滅。
その大半はダンデ・リ・ユニオンの攻撃によるものだった。
倒れた全てのプレイヤーのレベルはダンデ・リ・ユニオンに集約。
ネメシスにレベルの移動がしなかっただけ良し、とは思えなかった。
西都からすれば同族とは言えいずれ倒すべき敵国、その統率者だ。
「だからダンデ・リ・ユニオンを真っ先に殺すべきだったのに…」
西都の王、ヘッジボーンは嘆く。
今回の作戦が失敗した要因は大きく分けて二つある。
一つはダンデ・リ・ユニオンの戦力を見誤っていたこと。
一つは西都出身の悪魔、デメルギアスの謀反である。
一つ目に関しては自分の見立てが間違っていただけであり、今更反省することも無い。
問題は二つ目だった。
未だ正体が掴めない謎の存在、それがデメルギアス。
ヘッジボーンは初めて西都にデメルギアスが来た時のことを思い出す。
西都に所属するということは西都の悪魔からは命を狙われなくなるという利点のほかに大きな後ろ盾を獲得できるという利点があった。
だからとにかくレベルを上げたいデメルギアスにとっては都合の良い組織だった。
西都に所属していることを示すワッペンを渡すときのみ、西都の王との謁見が許されている。
「俺の敵はネメシスだけだ」
デメルギアスはヘッジボーンに対し、そう言った。
まるで目の前に座る強大な敵に気付いていないように。
だが、その時はただの有象無象の中の戯言だと誰もが思っていた。
レベルが10にも満たないガキだ、誰がネメシスを倒すって?寝言は寝て言えガキが。
しかし彼の目には確かな炎が宿っていた。
その炎は一つの目標をただ一点に見つめる執着の炎だった。
その時に感じたのはこのガキには何かあると、事情があるのだろう、そう思っただけだった。
だが、彼の中にあったのはそんな執着なんていう生ぬるいものでは無かった。
手段を択ばない。
自分の目標が果たされるのなら何でもいい。
何をしたってどんなに他者から嫌われようと構わない。
だから躊躇うことをせず背後から味方に刃を刺した。
それも何百、何千なんて数じゃない、何万、何十万という味方の悪魔を殺し続けた。
結果、彼は一人でその莫大なレベルと経験値を抱えることになった。
彼にとっては幸せかもしれない。
だが、そんなに頑張って、それでも尚ネメシスに敗れた時。
彼はどうなってしまうのか。
いよいよ彼は壊れるのではないか。
既に壊れていると言ってしまえば話は終わりだが、積んだレベルとスキルを持ってしてもネメシスを倒すという彼の目標が達成されなかった場合、彼はどうなってしまうのか。
だから驚いた、彼にまだ冷静な心が残っていたことに。
「敵襲だーーー!!」
外では部下が叫んでいる。
最初聞いた時は驚いた、たった一人の、悪魔が攻めてきているなど、到底信じられなかったのだ。
デメルギアスは西都を落とすことを決めた。
全ては西都の破壊のため、ではない。
自身のレベルを上げること、そしてヘッジボーンに宿った帝を奪うためだ。
ヘッジボーンは少し一人にしてくれ、と部下に伝え、部下に部屋の外で待機するように命じる。
そしてステータスを開き、その中にある、あるはずのない機能を展開する。
外部と通信するための拡張機能。
当然この機能は極秘であり、公になっていないだけでなく、認められてもいない。
それでもヘッジボーンがこの機能を使用するのには理由があった。
≪チカラを与えよう。その代わり、私の駒として働け≫
このゲームのシーズンが始まったその最初期にヘッジボーンの下に一通のメールが届いた。
最初は嘘だと信じなかった。
スパムメールか何かだろう、そう思っていた。
しかし、徐々に信憑性は増していき、遂には公式の運営であることが発覚した。
≪君には西の都の王となり、やってもらいたいことがある≫
そしてメールにはプレイヤーの名前が記載されたリストが添付されていた。
そこには二人のプレイヤーの名前が。
カイト
メイ
≪この二人を殺すことができたのなら特別に報酬を与えよう。期間は8月1日から8月末日までだ≫
本文にはこう続けてあった。
≪君の家の事情は知っている。報酬は金でいいか?≫
働くしかなかった。
それから彼は掛け持ちのバイトもきっぱりと止め、このゲームに専念した。
全ては実家のため。
自分の生活のため。
働けば一定の給与だって貰える。
それも破格だった。
何だってやってやるさ、金さえ貰えるのなら。
そう思っていた。
そしていつの間にか西の国を治めるまでに成長し、王として崇められるようになった。
ネメシスが現れた時も部下を派遣した。
でも正直のところ最適解は何だったのかなんてわからない。
彼には王としての素質なんて無かった。
独裁政治を行う程の力量も声量もない。
その中、現れたのが一つの目標に向かって突き進むデメルギアスという悪魔。
(僕もあのヒトみたいに自由に戦ってみたかった)
ヘッジボーンは音声通話を開始する。
五秒ほど待ったあと繋がる。
「どうしたのかね?なにか問題でも?」
低い高圧的な声がヘッジボーンの脳を揺さぶる。
「えっと、あの、強いヒトが攻めて来ていて、どうしたら…」
慌てふためくヘッジボーンを見て電話の先の男はわざとらしくため息を吐く。
「君の家には幼い妹たちがお腹を空かせて待っているんじゃなかったか?」
その瞬間、全ての思考が止まった。
そして頭の中に二人の妹が笑顔で食事をとる様子が映し出された。
続いて悲しい表情でうずくまっている二人の妹の姿が。
最後に両親が交通事故で亡くなったときの様子が、フラッシュバックした。
「やります」
思い出したように言葉を出す。
自分がやらなければ、誰がやる?
カイトとメイ、二人を殺す。
そしてそのために今攻めてきているデメルギアスという悪魔も殺す。
決意と憎悪に満ちた目は確実に敵を見ていた。
そしてその思いは力となり、このゲームではバフとして加算される。
ネメシスを倒すという目的を掲げ、手段を択ばず進み続けたデメルギアス。
家計のため、プライドを捨ててまで理不尽な現実に立ち向かうヘッジボーン。
今、二つの対立する想いがぶつかろうとしていた。
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