第96話 不意打ち Sucker Punch

 弾丸の速さは実際に現実世界で使用される弾丸の速度と一致する。

 天使サイドがいつでも劣勢なのはその事実があるからであり、銃という武器がとても大きなアドバンテージであるからである。

 もちろん銃という武器は弾道が読みやすいことから訓練された特定の天使には避けられる。

 訓練された特定の天使のみが避けられる可能性を持っているだけであって完全に完璧に絶対に100%避けられるわけではない。

 逆に言ってしまえば訓練もされていない特殊な技能を持たない一般的な天使には避けることはできない。


 ただ、訓練された特殊な技能を持つ天使でも避けられないケースがある。

 それは死角からの不意打ちだ。

 サイレンサーを搭載した銃による死角からの銃撃。

 このような攻撃に対しては天使は手出しできない。

 一撃喰らうことは承知の上で二撃目の対策をするほかない。

 ただ、一撃喰らうことを良しとするのは体力が余分にあるプレイヤーなら可能だ。

 だが、体力が少なく、少量のダメージでも致命傷に成り得るプレイヤーにとっては一撃でも惜しい。


 突然の攻撃に対処できなかった。

 カイトの右肩に銃弾が撃ち込まれた。

 背後からの攻撃だった。

 一切気配はなく、銃撃された音もなかった。

 着弾したのはカイト、メイ、マオの三人。

 カイトは体力が余分にあったため、一撃で致命傷になることはなかった。

 メイも同様、レベルを上げていたことによるツケが返された。

 しかしマオはレベル1であり、体力は初期値。


 一撃で彼女は倒れた。


 膝から崩れ落ちる彼女をカイトは抱きかかえた。

 ミズキは影から攻撃してきた悪魔を一瞬で殺す。

 そして周囲を警戒しながらマオに近寄る。


「マオ…?」


 カイトはまだ目の前で起きていることを信じられなかった。

 いや、信じたくなかったから勝手に結論を出すのを躊躇ったのだろう。

「お兄ちゃん…」

 虚ろな目のマオはカイトの手を握った。

「マオちゃん!!!」

 ミズキは叫ぶ。


 メイは現実を受け止められなかった。

 何が起きているの?

 攻撃、受けて、私、被弾、カイト、マオ、だいじょうぶ。


「マオ!!!!」

 カイトは叫ぶ。

 自分の声に反応してくれるマオを見て安心感を得たかった。

 しかし、マオの口は開かなかった。

「マオ、マオ、ダメだ、死んじゃだめだ…!!なんで、ほら、いつもみたいに笑ってよ」

「マオちゃん!大丈夫だよー!私たちはここにいるからね!!だから死なないで!!」

 ミズキが泣き崩れる。

 私の所為で、私の所為で、とミズキは項垂れた。


 メイは目の前が真っ黒になった。

 見えない。

 違う、見たくない。

 こんな現実、知らない、私、何してるの?


 その時目の前から悪魔が現れた。

 三人の集団でカイトたちを視認した瞬間銃口を向けた。

 カイトは気付くと藁にも縋る想いで叫んだ。


「お願いしますッ!!誰でもいい!!この子を助けて!!悪魔とか、天使とか、経験値がどうとか、そんなのどうでもいいから、だから、助けてくださいお願いします、お願いします!!」


 悪魔は摩訶不思議なものを見るような視線を向けた。

 彼らはきっと思っているのだろう。

 もう一度やり直せばいいじゃないか、と。

 死んだところでやり直せる、それがゲームだろ、と。

 そんな常識、カイトの耳には入らなかった。

 泣きながら懇願するカイトを見て気味が悪くなり、何もせず立ち去る悪魔たち。

 向けられた銃口は下げられた。


「あ、ああ…」


 こんなにも簡単に人は死んでしまうのか。

 こんなにもあっけなく、それでいてすんなりと奪われてしまうのか。

 命という物は儚い。

 救いなどない。

 マオに限った話ではない。

 次は自分の命が危うい。

 運が良かった?

 ふざけるな、なら不運で良かった。

 運勢最悪で俺が着弾すればよかった。

 でも、考えれば全員に等しく着弾した。


 体力の差。


 なぜ俺のレベルはいつの間にか上がっているのだろう。

 そんなことは今どうだっていい。

 マオは、マオは還って来ないのか。

 普通ならば致死量のダメージを受け、死に至った場合その場で身体は消滅する。

 しかし、マオは消えなかった。

 その事実がカイトにマオが死んでしまったことの根拠として提示してきた。


 雨が降ってきた。

 三人を襲った多大なる悲劇は彼らの心に深い傷を残した。

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