第95話 惨劇のはじまり Tragedy Begins


 ≪ネメシスがログインしました≫



 8月5日になった瞬間一件の通知が届く。

 デメルギアスは急いでゲームの世界へフルダイブする。

 届いた通知はTwiterのものだった。

 ネメシスが『Enge : Devil Online』の世界に現れた瞬間中にいたプレイヤーが一斉に投稿したのであろう。

 その一通が目に入っただけである。

 ネメシスの出現と共に自動的に通知が来るように設定しておいたわけではない、というかそのような設定は不可能である。


 目を開けると壊滅寸前の南都が現れた。

 自分が壊した時よりも崩壊は進んでいたようだった。

 誰かがあの後ひと暴れしたのか。

 デメルギアスは羽を広げる。

 そして戦闘が行われている場所を確認する。

 場所は北都から少し南下した荒野。

 場所を見てこのゲームが終盤に差し掛かっていることを改めて実感する。

 天使サイドにとっては北都は最後の砦だ。

 悪魔勢力が拡大を広げる現状、パワーバランスは悪魔に傾いている。


 天使サイドには打開策は最早ない。

 ただ一点、ネメシスという天使の存在を除けば。

 ネメシスの出現した場所はまるで最後の砦である北都を庇うようだった。

 天使にとって最後の砦である北都、そして天使にとって最後の救世主であるネメシス。

 悪魔からすればネメシスという砦さえ落としてしまえば天使は殲滅したと判断しても差し支えない。

 だが、先述した通りネメシスという存在は天使にしても悪魔にしても大きな存在である。

 悪魔の全勢力と一人で対峙できるほどの力を持ち、そしてその力は周知されている。


 そのネメシスを討ち取るために悪魔はネメシスの休止期間中レベル上げやスキル獲得に尽力してきたはずだ。

 ネメシスに勝つこと、それさえできれば悪魔の勝利に貢献できる。

 それだけでなくネメシスに懸けられた莫大な経験値を獲得し、ナンバーワンプレイヤーに近づくことも容易となる。

 誰もがネメシスという最強を倒すため、行動を始めていた。


 デメルギアスも言うまでもなくネメシスを倒すために全てを懸けてきたプレイヤーである。

 時には同族を裏切り、レベルを、そしてスキルを得るために腐心してきた。

 結果、この世界でトップに限りなく近いレベルと力を手に入れた。

 彼ならもしかしたらネメシスを倒すことができるかもしれない。

 そう予想するプレイヤーもちらほら見られた。



 *



 北都前に広がる荒野に到着したデメルギアスは目を疑った。

 周囲には人一人として存在せず、ただ一人の純白の羽を生やした男が立っているだけだった。

 何か惨劇があった。

 見てわかる。

 立ち上る煙と微かに残る弾薬の匂い。

 目の前に立つ天使はデメルギアスに気が付くと声を上げた。


「ほんっとイヤになるよなーこんなたくさんの人に囲まれてよぉ…全員つまんねー死に方すんだべ?やってらんねー」

「…」


 デメルギアスは言葉が出なかった。

 目の前に居る天使こそ彼の目標であり、標的だった。

 彼の為にレベルを上げてきた。

 自然に手に力が入る。

 確実に仕留めたい。

「お前は少し骨があるといいんだが」

「俺を覚えているか、ネメシス」

 デメルギアスはネメシスに問う。

 ネメシスは首を傾げる。

「知らねーな、どこかで会ったか?」

「以前、お前に殺された」

「こちとら何百何千と殺してんだ、覚えてるわけねーだろ」

「そうだよな」

 少し俯くデメルギアス。

 ネメシスに顔を覚えられていなかったことを悲しんでいるわけではない。

 ただ、密かに笑っていた。

「今から一生忘れなくさせてやるよ…!!お前を殺すことで」

 バッと羽を広げる。

 黒い特異な形をした羽。

 自身の意思のまま、思うがままに形を変える異形の羽。

「やってみろよ」

 ネメシスは応える。

 純白の羽を広げることで。

 ただ移動速度が上昇するだけの羽を広げて。

 両者はぶつかる、互いに課せられた使命を全うするために。



 *



 カイトたちはミズキが教えてくれた隠れ家へと足を進めていた。

「もう少しだから」

 ミズキは先頭に立ち、三人を引っ張る。

 四人が歩く開けた荒野はとても危険だった。

 目立つうえに身を隠す障害物が無い。

 ただ、カイトはどこか安心していた。

 その安心は慢心を生み出した。

 きっと敵はいない。

 今悪魔はネメシスと戦っている。

 そう勝手に思い込んでいた。

 その時はまだ知らなかった。

 カイトたちが移動を始めた時には既に対ネメシス戦の戦闘は終わり、そして転生者でこの世界は溢れ返っていることを。

 そして誰もが経験値欲しさに無差別で攻撃を繰り出す暴徒と化していることに。

 その時はまだ知らなかった。

 命という物がこうも簡単に奪われる現実を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る