第94話 待機という選択 The Choice to Wait

 少し、メイのことが分かった気がした。

 カイトとメイは話し続けた。

 自分の過去の話、大切な人の話、好きなゲームの話、何でも話した。

 時間はあっという間に過ぎ、いつの間にかマオが目を覚ましていた。


「ふたりとも、楽しそう」

 ふふふっと嬉しそうにマオは笑うとメイに抱きついた。


「ちょ、ちょっとどうしたの?」

 困惑するメイにマオは話す。


「いまなら大丈夫かなって思って、ずっとこうしたかったの」

 突然抱きついてくる子供にどう対処していいか分からず抱きしめることもできずにいたメイは頬を赤くする。


「いつもありがとうメイお姉ちゃん」

 突然の感謝の言葉に戸惑いを隠せない。

「マオがこんなに元気でいられるのはね、メイお姉ちゃんのおかげなんだよ!いつもわたしを助けてくれるし、まもってくれる!メイお姉ちゃん大好き」

 ぎゅっと抱きしめるマオにメイも釣られて抱きしめる。

 メイは人の温かさを久しぶりに感じた。


「こちらこそ、生きていてくれて、私に付いてきてくれてありがとう…本当は弱いお姉ちゃんだけど…」

「弱くたってなんでも良い!ずっとわたしのそばにいてくれるだけで、わたしは強くなれるの」


 二人は自分の心の内側を初めて曝け出して話した。

 それはとても温かいものだった。


 ガシャン、と牢獄の檻が鳴った。


 何事かとカイトたちは見るとそこには血眼になってメイとマオを眺める一人の天使が居た。

 黒髪ショートのその天使は荒い息を上げながら檻を握りしめ、興奮していた。

「ミズキ!!」

 カイトが声を上げる。

「カイト!久しぶりね、今助けるわ」


 ミズキが牢獄の錠を壊そうとする。

 それをカイトは止める。

「大丈夫だよ。内側から外せる」

 ガシャンと牢獄の扉は開かれ、ミズキが中に入る。

「なんで自ら中に?そういうプレイ?」

「俺たち賞金首なんだ…それも天使と悪魔両方から狙われる賞金首」

「それは知ってるわ…なるほどね、敢えて敵の都の牢獄に潜んでいる方が安心って訳ね」

 少し考える素振りを見せたミズキは納得したように頷く。


「それだけじゃなくて南都の幹部と王が味方してくれたんだ。ここにいれば安全だろうって」

 なるほどね、とミズキは頷く。

「あなたがミズキ…?」

 メイが声をかける。

 初対面だった。

「初めまして、私はミズキ。高校生」

「私も高校生!名前はメイ。えっと一応味方してくれるってことでいいの?」

 メイの問い掛けにミズキは頷く。


「勿論。カイトとマオちゃんを護衛するのが私の使命」

「私も護衛してくれると助かるんだけどなー」

 ニコリと笑うメイにミズキは努力はすると言った。


「其れよりもカイト、マオちゃん、何があったの?賞金首になるほどレベルも高くはないでしょ?」

 それに関しては私が話すわ、とメイがまた説明してくれた。

 かなりざっくりとした説明だったが伝えるべき要点は抑えられていた。


「…その話が本当なら私は運営を破壊しに行かなければならないんだけど」

「破壊って…でも本当よ。嘘だと判断したのなら今この場から消えたほうがいい」

 ミズキはカイトとマオの顔を伺う。

 二人とも嘘をついているような顔では無かった。


「…前言撤回するわ、メイ。あなたのことも命を懸けて私が守る」

「ありがとうミズキ…!!この恩はいつか必ず」

「返さなくていいわ」

 ミズキは吐き捨てる。


「だって、そんなことって無いじゃない…こんな幼い子供たちに命の危険があるなんて…許せない」

 ふつふつと燃えるミズキの心は怒りで溢れていた。

 そして自分がここに来た目的を話し始めた。


「ここに悪魔が攻めてきているわ。落ちている道具や弾丸を拾うために」

 ミズキは残飯処理班と呼んでいた。

「だから早くここから逃げ出すの。私に付いてきて、この世界は今大きく変わろうとしているわ」

「変わる?」

 メイが尋ねるとミズキは牢獄の扉を開け放つ。


「最強の天使、ネメシスが現れた。この世界の覇権を巡ってほぼ全ての勢力が北都近くの荒野に集結しているわ」

「ネメシスが?!」

 カイトが目を光らせる。


 ミズキは続ける。

「だから今外には悪魔が少ない。出るなら今がチャンスよ」

 ミズキの言葉に賛同し、一同は牢獄から抜け出す。

 螺旋階段を昇り外に出る。

 空には星空が広がり、壊滅状態の南都がそこにはあった。

「さっき南都幹部が味方してくれたって言ってたよね?」

 ミズキの問い掛けにカイトは頷く。

「南都幹部はみんな殺された。だからみんなを守ってくれる悪魔はもういないかもね」

 思わず声を上げるメイ。

 カイトも驚きを隠せなかった。


「あの三人が倒された…?あんなに強そうだったのに?」

「今回の戦争によって一人のプレイヤーにレベルが集約したようね」

「ダンデ・リ・ユニオンは?」

 ミズキは自身のステータスが記載されたデータベースを立ち上げ、そこから過去の対戦記録を開いた。


「公式は高レベルプレイヤーによる戦いの情報は私たちに共有するの。そこに載っているのを確認してみると…ダンデ・リ・ユニオンは死んでいないわ」

 ただ、とミズキは補足する。

「契約している帝にコントロール権を奪われ暴走状態にあるらしいわ」

 ミズキの発言を受けメイが発言する。

「じゃあ今ダンデ・リ・ユニオンに意思はないって事?」

「そうなるわね」


 つまりは味方してくれる、とまではいかなかったもののこちらの意志を汲み取ってくれていた南都の精鋭たちは今現在カイトたちの前にはいないということになる。

 むしろダンデ・リ・ユニオンに関しては近づけば誰であっても攻撃する殺戮人形と化した。

 それが例え現実世界の直接的な死に関わることであろうとも。


「今ダンデ・リ・ユニオンと接触するのはあまりにも危険。彼は今ネメシスの下へと向かってる。ネメシスがどう動くかによって今後の行動は決めたほうが良さそうね」

 一同は頷く。

「ネメシスの手によってダンデ・リ・ユニオンにコントロール権が戻れば良し、戻らずそのまま殺されるなら潔く諦める…。兎にも角にも今は待ちの時間。私たちが戦いの渦中に身を置いたとしてもすぐに倒されてしまうわ」

 ミズキの言葉に何も言うことができずただ呆然と立ち尽くす。


 何か、できることはないのか…?


 カイトは考えたがこれと言った解決策は何一つとして浮かんでは来なかった。

 ダンデ・リ・ユニオンにすがろうとしても彼には今意思が無い。

 ネメシスは戦いの中心、いわば台風の目であるため、接触自体難しい。

 ネメシスとの全面戦争の結果次第で行動を決める。

 それは理に適っているとは思うが、若しかしたら取り返しのつかないところまで事が進んでしまう危険性をはらんでいるのではないか。


 待機という行動は時としてとても重要だ。

 だが、周りの人間が切磋琢磨してレベルを上げている中現状維持を望む姿勢は差を生み出す。

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