第93話 寝言 Sleeping Talk

 8月4日20時。

 ネメシス出現予定時刻まで4時間を切った。


 カイトが目を覚ますとメイとマオはまだ眠りに就いていた。

 死んでいるのではないかと思う程静かで寝息一つしない二人を見て不安に思う。

 起こそうか迷ったが、周囲を確認し、まだ安全は保たれていると判断したため、止めた。


 外では何が起きているのだろう。

 地上からは何も音がしない。

 ただ静かな夜がそこにはあった。

 攻めてきた数百万の軍勢はどうしたのだろうか。

 南都にいた三人の幹部たちはどうしているのだろうか。

 ダンデ・リ・ユニオンは、生きているのだろうか。

 分からないが気味が悪いほど静かなため、思わず戦いは全て終わったと考えてしまった。


 今なら脱獄ができるかもしれない。

 ふとカイトはそんなことを思った。

 脱獄、といっても今置かれている状況はそんな過酷なものではない。

 むしろ緩く、逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せる、そんな自由が保障された一種の安全地帯だった。

 南都幹部に加え、南都の王の後ろ盾もある、これほどまで安全な空間が他にあるだろうか。

 北都に行ったとしても天使から命を狙われるかもしれない。

 外に出たら戦いの残党によって空しく命を落とすかもしれない。

 現状維持が一番最適解かもしれない。

 カイトはそう考え、牢獄内の冷たい床に座り込んだ。


 ふと何処からか声が聞こえた。

 誰かを呼ぶ声だった。

 カイトは思わず肩を震わせたが、その声の主がメイだと気付いた。

「…と…や…」

 何かを言っている。

 聴いてはいけないかと思ったが、興味本位で聞いてしまった。

「…まこと…たつや…」

 まこと、たつや。

 確かにメイはそう言った。

 誰かの名前だろうか。

 気絶していたように眠っていたのに突然寝言を漏らしたというのはきっともうすぐ自発的に起きるからなのだろう。

 今メイは深い眠りから起きようとしている最中なのだ。

 人間の深層心理というのか、本来自分が一番想っていること、でも一番隠している一面が表に浮き出ていた。


 そしてメイは涙を流し始めた。

 綺麗な一筋の涙は冷たい牢獄の地面に溶けて消えた。

 カイトは多分その場にふさわしくないであろうことを思っていた。

 とても綺麗だ。

 流れ落ちる一筋の涙のは数多の感情が渦巻き、そしてメイの隠している全ての事象が含まれているような気がして思わず息を呑んだ。


 カイトはメイの事を強い女性だと思っていた。

 それは今でも変わらない。

 でもそんな女性でも一人こうして涙を流すことがあるのだ。

 普通の人間ならメイやカイト、マオの境遇に立てば精神が崩壊したり、自暴自棄になったり、泣き叫んだりするかもしれない。

 カイトがマオに会った時、マオは不安で溢れていた。

 カイト自身も自分が置かれている状況を考えた時、何度も泣きそうになったし、息が詰まりそうになった。

 それでも立ち上がれたのは傍に強く支えて、自分たちがすべきことを明確に示してくれたメイが居たから。

 メイはカイトたちに初めて会ったときこう言った。


 ≪一人よりも三人の方が強くなれるわ≫


 若しかしたらメイ自身も不安に思っていた節があるのかもしれない。

 否、こんな状況一人でも打開してやるわ、と息巻いていたかもしれない。

 それでもカイトとマオはメイに救われていた。

 この人に付いて行けばきっと大丈夫だと普段から見せる強い姿勢と態度にそう思わされてきた。


 でもそれは違ったのかもしれない。

 メイは一人で考え、なんとか生き返る方法を必死に模索していたのかもしれない。

 自分が折れたら付いてくる二人のカイトとマオを不安に思わせてしまうかもしれない。

 だから自分だけでも虚勢を張ってでも前を向こうと考えていたのかもしれない。

 そう思うとカイトはメイの生き様をとても綺麗で、美しく、そして強いと思った。

 同時に自分の頼りがいの無さに悲しくなった。

 少しでも俺が強くなって、支えに成れたら、メイの抱える負担は軽減するかもしれない。

 カイトは考えた。


 その時、メイが目を覚ました。

 自分が涙を流していたこと、そしてカイトに見られていたことを確認すると急いで目を拭き、見てたの、とカイトに聞いた。

「ごめんなさい、寝言を言っていたからつい」

「わたしは何て?」

 カイトは言うか迷ったが、メイの事をもっと知りたいと思ったため、正直に答えた。

「まこと、たつやと言ってました」

 それを聞くとメイは一つ大きな溜息を吐いた。

「あなたたちには隠しておこうと思ったんだけどね…」

 カイトは黙って聞いていた。


「私ね、強くないの。何か一つでも上手くいかないことがあるとすぐ何もかもが嫌になっちゃって怒って、怒鳴り散らかして、そして泣くの。この前も友達に向かって怒鳴っちゃって、喧嘩したの。全部私が悪いのに、友達は私の身体を心配してくれているだけなのにね」

「それが、名前を呼んだ人たち?」

 メイは静かに頷く。

「慎はね、弱いくせにとっても優しくていつも私のことを気にかけてくれてね、何かあったら全てを投げ出して私の下に来てくれた」


 メイは続ける。

「竜也はね、頭が良くって冷静でね、誰も興味ないみたいな顔していつでも私たちのことを誰よりも心配してくれていた」


 メイは足を抱えて座り込む。

「二人みたいになれば、少しは強くなれるかなって思った、だから強がったし、作戦を考えるっていう慣れないこともした、でもやっぱり本当に強くはなれなかったの…いつでもどんな時でも二人が瞼の裏にいて」

 そして泣き出した。


「二人に…会いたい」


 静かにそういうとうずくまって涙を流した。

「帰ろう!」

 カイトは叫んだ。

 驚いた様子でメイはカイトを見る。

「二人のいる現実世界に絶対に帰るんだ…!!メイは帰らなきゃいけない…二人は待ってるよ…メイが帰ってくることを!!」


 カイトは続ける。

「俺は現実世界にはこれといって残してきたものはなくて、待ってくれる人も家族くらいだよ…でも俺は…こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!」

 メイはカイトの決意に驚いたような顔をする。

 ニコリと笑うと優しくカイトに聞いた。

「…なんで?」

「え?」

「なんでカイトは死ぬわけにはいかないの?」

「それは…」

 カイトは考えた。


 見切り発車の発言を悟られないように言葉を紡ぐ。

「メイはさ…『Crosslamina』っていうゲーム知ってる?」

 メイは頷く。

「もちろん、私たちはそこで遊んでた」


「俺はその世界で最強と名高い聖騎士シリーズのスキンと武器を手に入れたんだ…!!これから俺がクロミナの世界で最強プレイヤーになる物語は始まったばかりなんだ!俺には多分これからたくさんの出会いがあって、仲間ができて、一緒に戦って、笑って、泣いて、喜んで。そんな最高な世界を目前にして死ぬわけにはいかないよ!!」


 カイトは目をキラキラと光らせて話す。

 興奮のあまり息を切らした。

 メイはそのカイトのキラキラした目を見て思わず吹き出した。

 そして一通り笑い終えると生意気、と言い放った。


「失敗することは考えていないのね。ほんとお気楽なんだから」

 カイトは恥ずかしくなって顔を赤らめる。

 自分の発言を撤回したい…。

 だが、メイはカイトの言葉に元気づけられていた。

 そして魅せられた、カイトの持つ可能性に溢れた眼に。


 これから楽しいことは必ずあるわ。

 メイはそう言おうとしたが止めておいた。

 それはこの世界から出られた時に取っておこう。

 そう思った。

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