第88話 バイオハザード BIOHAZARD
一通り話を終えるとメイは以上よ、と締めた。
他人に話すのはポッピーの時を含め二回目だったこともあり、大分要点がまとめられていた。
初めから今に至るまで細部まで事細かに途中途中思い出しながら言葉を紡いだ。
メイの発言の中でカイトが唯一不可解に思ったのは設定時に現れた説明用のNPCを中年男性と表現したことだ。
確かマオはおじいちゃんのような容姿だったと話していたので、メイだけ違うNPCに当たったのだろうか。
全てを聞いたダンデ・リ・ユニオンは静かに、なるほど、と言い、頷いた。
「その話が真実ならば運営に目を付けられている事実に合点は行く。だが、証拠が乏しい。今行ったことが全て良くできた作り話である可能性はまだ払拭できていない」
メイは失望したように、そんな、と言葉を漏らした。
「そのためにオレは現実世界で調査する必要がある。お前たちの身体の在り処を探しに行く。そうすれば自ずと真実に近づけるだろう」
メイはバツが悪そうな顔をした。
その表情を見てダンデ・リ・ユニオンはメイに尋ねる。
「調べられるとまずい事でも?」
「いえ、とても助かるのですが、今現実の世界で自分がどこにいるのか、それが分からないのです」
ダンデ・リ・ユニオンは困った様子を見せたが、カイトは自分の身体の居場所を知っていた。
カイトが手を挙げるとダンデ・リ・ユニオンは発言を許可した。
「都立大学総合研究病院特別隔離施設の002号室…そこに居ると思います」
「本当か?」
カイトは力強く頷く。
「ただの説明用NPCの発言ですが、同時に自分の姿も画像越しに見ています。母親の姿も確認しました。偽造映像にしてはリアルすぎます」
カイトの言葉を聞いたメイは驚いたように言う。
「そんなこと、私には教えてくれなかったわよ?」
「マオにもおしえてくれなかった」
「俺が会った説明用NPCは老いた執事のような容姿をしていました。きっとプログラムされていた内容が違うのかもしれません」
そこまで聞くとダンデ・リ・ユニオンはわかった、と言った。
「これからオレは現実世界に戻り手始めに木下 戒斗の身体を捜索する」
カイトたちは喜びのあまり感謝を述べていた。
この捜査が進み、カイトたちの身体が発見されれば、カイトたちはログアウトできるようになる。
今すぐナンバーワンプレイヤーになることが難しい今、それだけが頼りだ。
「ナッシュ、あとは任せる。代理を頼むぞ」
突如として声を掛けられたナッシュベルは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに応じた。
「御意」
ダンデ・リ・ユニオンは一分間のログアウト時間を使用し、現実世界へと帰っていった。
そのタイミングを見計らっていたかのようにダンデ・リ・ユニオンがログアウトしたと同時に南都の城壁が攻撃される。
打ちあがった花火のような音が響いたと思ったら次の瞬間、大きな爆撃音が轟く。
「攻撃だ!!」
ゼウリウスが叫ぶと三人の悪魔は臨戦態勢を取った。
するとカイトの後方から慌てふためく声が聞こえてきた。
「だから言ったんだッ…こんな爆弾抱え込むのはあまりに危険だって…!!」
発言者はカイトたちを連れてきた黒いローブで身を隠した悪魔だった。
その弱音はこの場にはふさわしくなかった。
その悪魔目掛けてゼウリウスは引き金を引いた。
ちょうど顔の数センチ横に着弾した弾丸は脅しには最適だった。
「だったらさっさとログアウトでもしてろ、カスが。俺らが南都に居る限りはあの人の意向に従う義務があんだよ。信じられねぇのならさっさと消えろ」
黒いローブの悪魔は悲鳴を上げながら逃げて行った。
「ったく、誇り高きかつての南都はどこへ行ったのやら」
ゼウリウスは静かに嘆く。
状況を確認しに行っていたシュベインが窓から帰還した。
「敵は西都か?」
ナッシュベルが聞いた。
「それだけじゃない、東都もいる」
ナッシュベルとゼウリウスは驚きのあまり声を上げた。
「冗談だろ?ここで都を一つにまとめるつもりかよ」
「まぁ確かに…どの道奴が現れたら嫌でも最終局面になる。時間が近づいている今、行動を起こすのはアリかもしれない」
「ネメシスとの戦争の前に国を挙げたレベル上げかよ…冗談キツイぜ」
ゼウリウスは深いため息をついた。
「レベル上げが目的ではないかもしれない。奴らは俺たちのレベルが上がることは望んじゃいない。見た感じ今攻撃してきているのは『転生者』たちだ」
ナッシュベルはなるほどな、と呟く。
「我々のレベルは上がらず、西都と東都の所持するレベルも変動しないか。確かに、一方的に不利な状況だ」
『転生者』、つまりは身内同士でレベルの譲渡を行い、第三者へのレベルの移動を防止する行為の果てに生まれた者たちを指す。
レベルは最低限しか所持しておらず、特定のプレイヤーにレベルを集約したのだろう。
当然経験値は最低限しか手に入らず、ローリスクでハイリターンを見込める。
「標的は俺たちだろうな」
ゼウリウスは嘆く。
「それでも兄貴が帰ってくるまで南都を守らなきゃな。戦わないわけにはいかない」
シュベインは覚悟を決める。
南都の悪魔からすれば現状はバイオハザードだ。
次々と現れるレベル1のプレイヤー。
一撃攻撃されても倒れることは無いが、数の暴力で一気に飲み込まれることが懸念される。
そうなればお終いだ。
外を確認すると数多のプレイヤーが南都の敷地内に流れ込んで来ている。
逃げること等できない。
元からそのような思考は彼らの中には無かった。
ダンデ・リ・ユニオンの玉座を守るため。
ダンデ・リ・ユニオンと自分たちが今まで守ってきた南都を守り抜くため。
三人の悪魔は行動を開始する。
*
「御三方は地下の牢獄へ避難してください。確実にそこが一番安全です」
ナッシュベルから指示され、急いで地下へと向かう。
螺旋階段を下り、鉄の檻がある部屋に来た。
牢獄へと通じる扉を封じ、鍵を閉める。
息が上がる三人を驚かすように爆撃音が外で鳴り響く。
とんでもない状況に巻き込まれたものだとカイトは思った。
間違いなく外に出たら命はないだろう。
低レベルプレイヤーであるカイトたちは隠れる他やることはない。
メイは荒い息をなんとか整えようとしていた。
顔色は悪い。
そのまま倒れるように気絶するかのように眠りに就いてしまった。
カイトは名前を呼んだが時は既に遅く、完全に眠ってしまった。
時折不安になる、死んでしまったのではないか、と。
しかし、その時はこの世界からも消えるだろう、だから心配ないとその度に思うようにしていた。
いつの間にかマオも眠っていた。
カイトは一人になって二人の仲間を見つめた。
この世界で出会っただけの関係。
しかし、現実の生死とリンクしている以上、関係は深いものになっている。
彼女たちにも彼女たちの世界があり、自分にも自分の世界がある。
家族、友人、仲間、地域、環境、学校。
みんな違った世界を持ち、その世界を取り返すためにここに立っている。
(そう言えば二人の事をあまり知らないや)
また機会があれば話しておいた方がいいかもしれない。
悔いが残らないように。
ドサッという音を立て、カイトも倒れる。
その瞬間、何事もなかったようにカイトは起き上がる。
しかし依然として目は閉じている。
「レベルが足りん」
カイトは呟く。
まるで夢を見ているかのように。
そして立ち上がり、牢獄の扉を開けた。
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