第86話 連行 Entrainment

 強い力で身体を掴まれると、馬車の荷台に放り投げられる。

 黒いフードを被った前身をローブで身を隠した怪しげなNPCが馬を操作していた。

 荷台の中は暗く、窓は一つもない。

 バタンと後方で荷台の扉が閉まる。

 外から悪魔たちの声が聞こえたが何を話しているかは分からなかった。


「みんな…大丈夫?」

 メイの声が聞こえた。

 カイトは返事をしたが、マオの返事が無い。

 聞こえてきたのは寝息だった。

 マオは疲労感に耐え兼ね、気絶したように眠りに就いていた。

 タイミングとして良いのか、悪いのかわからないが、攻撃されることは無いこの状況は比較的安全と言えるのかもしれない。

 カイトがマオを起こそうとしたが、メイが止める。

 今は寝かせておいても良いんじゃない、とカイトに囁く。

 真っ暗な闇の中、馬車が動き出す。

 乗り心地は良いとは言えない、そもそも道の舗装が進んでいないことが原因なのだ。

 石を乗り越えたのか、ガタンと車体が揺れる。


 このままどうなってしまうのか、カイトは考えた。

 拘束してきたということは攻撃の意志は現状無い。

 だが、彼らにとってカイトたちは経験値に過ぎない。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 ただのレベル上げのための材料。

 となれば常に命の危機に瀕していることは疑いようのない事実だ。


 問題は抜け出すタイミングはあるのか、拘束し、連行した後何を望んでいるのか。

 先程見た二人の高レベルの悪魔は両者とも「S」のワッペンを肩に付けていた。

 あれは南都ポリネアに所属している悪魔であることを意味している。

 とすれば今から連行される場所は南都であることは容易に推測できる。

 敵のアジトに足を踏み入れれば最早逃げ場はない。

 周りにはカイトたちを経験値としてしか見ていない悪魔しかいない。

 否、天使が居たとしても味方とは言えないかもしれない。

 カイトたちにとって敵は世界そのものだった。

 どれだけ隠れて経験値を稼ぎ、レベルを上げられるか、それが勝負だった。


 考えてみればこの世界でナンバーワンプレイヤーになることなど不可能に近かったのだ。

 カイトは自分が賞金首になった瞬間その事実を悟った。

 味方が居ないこの世界でプレイヤーを倒すことなど至難の業。

 全てのプレイヤーを敵に回して生きられる程この世界は甘くない。

 その意味ではメイのSNSを活用した情報発信には一定の意味があるのかもしれない。

 真実を知れば攻撃は止まるかもしれないからだ。

 しかし、その情報も誰がどれだけ信じるか。

 カイトはほとんど誰も信用しないのではないかと思った。

 例え有名なインフルエンサーの影響力を使ったとしても、だ。

 何故ならカイトたちの置かれている現状を真実であると証明することはできないからだ。

 説明された際にその音声を録音していたわけではない。

 カイトに至ってはその仕様すら知らなかった。

 あの状況でマオと出会わなかったら迷わず転生することを選んでいた。

 メイとマオを信用しているから自分が命の危険にあることは了承しているが、二人を信用して居なかったらその事実にすら頷けなかったかもしれない。

 そのくらい証明するには難しい事象であった。


 メイは自らが置かれている状況をネメシスに証明する方法を考えていた。

 信用と言うものがネメシスとの間にあればポッピーの時のように信じて行動してくれるかもしれない。

 しかし、メイとネメシスの間には信頼関係など築かれていない。

 ネメシスと会った際、自分の置かれている状況を説明するためには。

 彼らは何をすればいいのだろうか。



 *



「兄貴、急に最前線に出てくるなんてどうしたんすか、兄貴の経験値を狙う輩なんて星の数ほどいるんすから、隠れてた方がいいんじゃないすか」


 ヘラヘラと笑いながら大柄な男、ダンデ・リ・ユニオンに尋ねるシュベイン。

 シュベインは数時間ほど前に突如としてダンデに収集され、金の卵の回収に自らも赴く意向を伝えられたのだった。

 シュベインは単独で金の卵の捜索に挑んでいたが、その矢先だった。

「オレに隠れていろととは、舐められたものだなシュベイン。私が居る方がこの馬車は襲撃されない」

 真っ直ぐ金の卵が乗った馬車を見つめながら馬にまたがるダンデ。


 確かに最高位のプレイヤーが最前線に出ているとなればその経験値欲しさに襲ってくるプレイヤーがいるかもしれない。

 しかし、実際はその逆だ。

 現在、プレイヤーは新たな経験値を稼ぐことよりもネメシス戦に向けたレベルの現状維持に努めている傾向にある。

 ここでダンデを倒すことができれば莫大な経験値を得ることができるが、自分の身を滅ぼすことになり兼ねない。

 例え金の卵を南都のダンデが運搬しているという事実が広まったとしても金の卵を襲撃することはできない。

 この状況で金の卵を襲撃することはダンデに宣戦布告することと同じだからだ。


「しかし、兄貴。なんで金の卵を南都に連行するんすか?倒して糧にした方がいいんじゃ」

 するとダンデは俯くと考え事を始めた。

 顎に手を当て、怪訝そうに眉を顰める。

「この三人には何か裏がある。最近消された日本のインフルエンサーの話は聞いたか?」

「もちろんす。金の卵についての投稿っすよね?」

 ダンデは静かに頷く。

「この三人について言及する投稿は即座に消された。三人への攻撃を止めるよう催促する内容だったそうだ。その投稿が消されたということは真偽はともあれその情報に信憑性が生まれないか?」

 シュベインは少し考え、確かに、と呟いた。

「誤った情報を流したために注意を受けることはあるかもしれないが、投稿が消され、ましてやアカウントが消されるなど発言の自由が保障されたTwiterでは前代未聞だ」

「そう考えると何かがおかしいっすね」

 シュベインはダンデを視線を外し、馬車を見つめる。


「このゲームの運営か、Twiterか、そのどちらもか。何かを隠したがっている」

 ダンデはさらに続ける。

「真偽はどうであれ、この三人には興味がある」

 ダンデを引き立てるのは自身が抱いた興味だけだった。

「南都に着いたあとはどうします?」

「取り敢えず幹部を集め、事情聴取を行う。そして内容によって殺すか生かすかを決める」

「生かす?生かすなんていう選択肢があんすか?」

 驚いたようにシュベインは聞く。


「シュベイン、若しかしたらこれは世界的に大きな事件かもしれない。オレは経験値やこの世界で1位になることにはもちろん興味はあるが、それよりも興味があるのは大手の会社が抱える闇だ」

 それを聞くとシュベインは呆れたような顔を見せた。

「現実世界の仕事をゲームに持ち込むの止めてくださいよ…ゲームっすよこれは、現実逃避っすよ?」

 ダンデは満足したように笑う。


 ダンデ・リ・ユニオン、彼の現実世界での本職は警察官だった。

 南都到着まであと少しだ。




 ネメシス出現予定時刻まであと28時間。

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