第85話 消滅 Annihilation

 外から銃声とともに仲間たちの呻き声が聞こえた。

 ポッピーはカイトたちの姿が見えなくなったことを確認すると外に出た。

 自身のフォロワーたちが自分を守るために盾になってくれている。

 急いで彼らの前に出なければ仲間たちを失ってしまう。

「ここにはいないわ!!」

 ポッピーの声が響く。

「ポッピー!!下がっていてください!!」

 前線で戦っていた天使が叫ぶ。

 だが、臆せずポッピーは仁王立ちしている。


 ポッピーの声を聴き、悪魔の男は何かに気付いた。

「あん?あんた、どっかで見たことあんな…あっ!!あんた、ポッピー・ラブリーだろ!!知ってるぜ、日本のインフルエンサーだろ」

「知ってくれていたなんて、意外ね」

 ポッピーは敵であるこの悪魔が海外勢であることに初めから気が付いていた。

 自動翻訳機能が働いているとともに、会話に一定のラグが生じている。

 気にならない程度のものだが、同じ言語同士の会話ではないことには案外すぐ気づくものだ。


 するとその悪魔はニタリと笑い、後方にいた仲間を指差した。

 ポッピーは後ろにもう一人の悪魔が居ることに今気が付いた。

 それほどまで目の前にいる悪魔の存在が大きいのか、後方の悪魔の存在が薄いのか、分からなかったが言われるまで気にも留めていなかった。

 それほどまで必死になっている自分に気が付いた。

「さっき仲間から聞いたんだよ、とある日本のインフルエンサーのこと」

「どういうこと?」

 悪魔は何も気が付いていないポッピーを見て滑稽そうに笑った。

「お前、さっきTwiterに投稿しただろ?その内容が物議を醸してるんだ」

 ポッピーは自分の顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。

「投稿は運営によって消去され、お前のアカウントは消されたんだよ」

「は?」


 嘘でしょ、冗談でしょ。

 私は信じない。


 すると後ろにいた一人の天使が声を上げる。

「確認してきましたが、本当です!!ポッピーのアカウントは消えてます!!」

 ポッピーは目の前が真っ暗になった。

 自分にあった唯一の宝物。

 経験値よりも富や名声よりも、尊厳や親よりも、大切なもの。


「…みんな」


 フォロワーが消えた。

 それは自分のインフルエンサーとしての地位が一瞬にして消えたとともに、今までいつも助けてくれた存在が居なくなったことを意味していた。

 その瞬間、自分の存在している理由が消え、その喪失感は恨みに替わった。

 悪魔はにやにやと笑いながら話す。

 まるで相手の気持ちなど微塵も考えていないように。

「消えたってことは真実なのかもな、お前のやったことはこのゲームの闇に一石を投じる素晴らしい功績だったよ、自分の命と引き換えにだけどな」


 何も感じない。

 何を言われても今は許せるかもしれない。

 何故なら喪失感はとうに消え、怒りや憎しみに替わり、矛先は正確にターゲットに向いていたからだ。

 やるべきことは決まっている。

(あの三人…許せない…絶対に、どうなったっていいや)

「お前の経験値には興味ねぇ、アイツら三人が行った場所を教えればお前は助けてやる」

「ここから南へ行った隠れ家」

 ポッピーは地面を見ながら、それでも三人が行った方角を指さす。

 悪魔はニタリと笑うと

「ありがとな」

 銃口をポッピーに向けた。



 ≪ダダダンッ!!!≫



 ポッピーの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる前にこの世界から消滅した。

「馬鹿な女だ」

 悪魔は嘲笑うと南の方角に向かって歩みを始めた。



 *



 隠れ家に到着したカイトたちは呼吸を正した。

 室内の装飾は神殿跡地にあった秘密基地とほとんど同じで、階層構造も同じだった。

 各フロアに自動ドアが置かれ、奥へ奥へと部屋が続いていた。

 そして最終フロアには外へと出る扉がある。

 その扉の先は一般のプレイヤーは見つけることができない、かなり見つけ辛い場所に出る。

 足早に最奥のフロアへと逃げたカイトたちは壁に寄りかかり、束の間の休息を取っていた。


「ポッピー、無事かしら…もし生きていたら感謝しなきゃ」

 メイは俯きながらポッピーの身を案じていた。

 マオは疲労感からか、うとうとしていた。

「今眠るのは危険、マオ我慢よ」

「…う、うん…」

 目を擦りながらメイの言葉に頷く。

 カイトは常に周囲を警戒していた。

 その警戒も意味をなさなかった。



「崩壊帝、特殊効果【階級無視】」



 突如として手足を拘束される。

 バランスが取れなくなり、倒れこむ。


 シュベインの特殊効果、【階級無視】はゲーム内に存在するレベルの概念を無視した攻撃を繰り出すことが可能である。

 レベルの概念は 『Crosslamina』と同じである。

 全ての物質、オブジェクトにはレベルが付与されている。

 そのレベルと自身のレベルとを比較し、自身のレベルが上回っていればその物質は破壊できる。


 この隠れ家に付与されたレベルは1000。

 プレイヤーに破壊はほぼ不可能。

 隠れ家を破壊できたプレイヤーは未だ存在していない。

 ではなぜ外部から隠れ家の壁を貫通してカイトたちに攻撃することができたのか。

 それこそがシュベインの崩壊帝の持つ特殊効果の効果である。

 彼の攻撃はレベルの壁に身を隠していたとしても効果が無い。

 全ての物質を貫通し、プレイヤーにダメージを与える。

 シュベインが今回カイトたちに放ったのは拘束弾。

 着弾と同時にワイヤーが飛び出し、手足を縛る。

 直接攻撃をしてこなかったということは、カイトたちを今すぐ殺す気はないと推測できる。


 しかし、何故か。

 しっかり当ててきたということは殺すことくらい簡単だっただろう。

 カイトは地面を舐めながら考えた。

 身動きが取れない。

 しかし、避けることができない攻撃を前に、反省することも無い、ただ茫然とするだけだ。

 自分の無力さを嘆くことくらいしかやることはない。

 生かすも殺すも敵次第ということだ。

 となれば気になるのは敵の素性か。

 拘束弾ということは悪魔か、すぐ殺しに来ないということは酌量の余地はあるのだろうか。


 すると目と鼻の先にあった外へと通じる扉が開く。

(!扉の存在は知られていないはず…)

 メイは驚きを隠せず、思わず声を上げた。

 そこには二人の悪魔が立っていた。

 大柄な鎧を身に着けた悪魔。

 黒いフードを被り、綺麗な白髪と赤い目の悪魔。

 南都の統率者、ダンデ・リ・ユニオンとシュベインだった。

 二人はカイトたちを一瞥すると嬉しそうに口を開いた。

「お前たちを連行する」

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