第82話 行動開始 Action Start
デメルギアスは急激な感情の高まりによって呼吸を乱していた。
いや、ゾーン状態に入った所為で呼吸がほとんど止まっていたことが原因かもしれない。
酸素を脳に供給しながら頭を抱える。
視界が霞む、眩暈も感じるようだ。
だが、勝った。
そっと微笑むと拳を強く握った。
今までのどの戦闘よりも価値のある勝利のように感じた。
レベルアップの有無ではない、本当に戦闘から得られる経験が自分を変えた。
否、自分を変えたのではない、戦闘において自身の極限状態に陥ることで目的を再確認できた。
いつの日か忘れていた戦いの本質。
何のために戦い、何のために自分と言う存在がこの世界にいるのか。
答えは見つかった。
もう二度と負けるわけにはいかないことを改めて思った。
だったのだが。
「ハァ…ハァ…おいおい…マジかよ…」
荒い息を上げながら視界を目の前に移すとそこには黒髪ショートの剣士が立っていた。
ミズキだ。
「いくらなんでもリスポーンが早すぎねぇかァ…?どんだけ俺に執着してんだよ…」
「あなたに執着しているわけではないわ」
半ば呆れるように笑うデメルギアス。
銃口を向けようとしたが上手く力が入らない。
(やべ…)
そのまま手から銃は滑り落ち、同時に身体が横に倒れた。
ミズキはあまり表情には出さなかったが、驚いていた。
そして起き上がらせたり、声を掛けたりすることはなく、ただその場で見つめていた。
(ここからどうしよう)
対象が小学生ならまだしも彼は多分大人だ。
そして戦いっぷりからこのゲームに、そして現状のレベルに執着しているようだった。
このまま殺して経験値にしてもいいのだが、ミズキは迷った。
ここで倒れるのには惜しい逸材だ。
自分自身で思った。
もう一度本気で戦い、勝ったのならその経験値には意味がある。
だが、相手が戦闘できない丸腰の状態で攻撃して倒した際に生じる経験値にはなんら意味を持たないと考えていた。
なにせ自分を倒した存在である。
一瞬の迷い、一瞬の判断、そして会心の一撃。
たかが一発だったが、されど一発。
今まで当ててこなかった弾丸を当ててきた。
そこには彼の成長とともに自分を超える存在への憧れがあった。
彼女は天才だった。
故に誰も彼女にはついては来れなかった。
この世界でもそうだった。
相手の弾丸は避けられるし、繰り出す攻撃なんて遅すぎる。
技術の面で言えば彼女に肩を並べることができる人材は一人か二人しかいない。
その想定をはるかに超えてきた今の戦闘。
彼女にとって可能性の扉が開いたと同時に、期待を持たせた。
(まだまだ自分の想定を超えるプレイヤーがいるかもしれない)
ミズキのその想いは一つの武道を極めるものとしての単純な興味だった。
いずれ再び会うかもしれない、その時に次は勝つように。
ミズキは成長段階の芽を摘むことはしなかった。
*
デメルギアスを木陰に運び、姿勢を正して置いておいた。
外のプレイヤーに見つかるかもしれないが、それは運の尽きということで、仕方のない事だろうと思った。
(さて)
ミズキは周囲を見渡した。
そして隈なく探索した。
デメルギアスが話していたことからも、カイトとマオがここら辺にいることは分かっていた。
だが、隠れるような洞窟やちょっとした穴、木の陰や身を隠せそうな瓦礫の後ろ…どこにもいなかった。
誰かに既に倒されたか、いや、その線は薄い。
デメルギアスが最前線だった、その彼を抑えたのだ、最早この周辺にカイトとマオが居ることを知っているのはデメルギアスとミズキしかいない。
はっ、と思い出したかのようにデメルギアスの方を振り返る。
思い出させないためにも殺しておくべきか。
いや、多分殺した方がこの場所を思い出す。
一番レベルを上げるためには効率の良い場所であり標的だからだ。
その前にカイトとマオを見つけて退避させればいい。
ミズキは頷くと探索を続けた。
ミズキがデメルギアスにとどめを刺さない理由には彼女が武道家であることも関係しているだろう。
丸腰の、戦意の無い相手をいたぶる趣味は彼女は生憎と持ち合わせていなかった。
*
カイトが目を覚ましたのは誰かに起こされている声を感じたからだ。
その声はメイだった。
「やっと起きた、ほら、マオも起きて」
ふとお腹のあたりに温かみを感じる。
カイトの腹部のあたりでマオがうずくまり眠っていた。
そして思い出す、この世界に閉じ込められている事、そして自分に命の危険があることに。
ゆっくりと目を覚まし、身体を起こすと同時にマオも目を擦りながら起きた。
「どれくらい眠っていたんだろう…」
カイトが呟くとメイが答えてくれた。
「今は8月3日の早朝…私たちは夜の間眠ってしまっていたようね」
メイは失態だわ、と頭を抱える。
「それにしても、半日経っても誰も襲撃に来ないなんて…ついてるわ」
「これからどうしますか?」
カイトが尋ねるとメイは地図を表示させた。
「第一プラン、私たちの存在を何とかして世界中のプレイヤーに認知させること。掲示板、SNSへの書き込み、なんでもいいわ、私たちのような存在がこの世界に居ることを拡散する。そして私たちを使っている研究を暴露し、中止に追い込む」
メイは続けた。
「幸いなことに私たち以外のプレイヤーはみんな現実世界で生きているわ。協力者を募って拡散してもらうのも良いかもしれない」
カイトは協力者と聞いてミズキのことを思い出す。
メイに話すと、是非とも会ってみたいわね、と言ったが
「ミズキは本当に信頼できるの?良くしてもらったのはカイトとマオが賞金首ではない時の話じゃない?賞金首になった今、彼女はあなたたちを倒すかもしれないわ」
カイトは確かに、と思った。
マオはそんなことない。と大きな声で主張したが、その後少し自信を無くし、声のトーンを落とした。
「取り敢えずミズキというプレイヤーの話はあとね、今は第二プランを話すわ」
カイトとマオは口を閉じる。
「第二プランは最強プレイヤーネメシスとの接触。彼の影響力とこのゲームでの力を借りるの。この世界でどのみち生き残るためにはボディガードが必要じゃない?」
それを聞いたカイトは飛び跳ねた。
「ネメシス?!ネメシスがこの世界にいるの?!」
「今はいないわ。二日後、11月5日の0時にこの世界に舞い戻ってくるそうよ。プレイヤーはみんなそのために備えてるってわけ。だからこそ私たちはいつもより狙われやすくなってるの」
SNSを見ることができなかったカイトには初耳だった。
ネメシスに会うことができるかもしれない、その事実にただただ高揚した。
「ネメシスになんとか助けを求める、応じてくれるかはわからないけど応じてくれない時は多額の契約金でも払うわ」
カイトとマオは強く頷いた。
これからの方針が決まり、行動を開始することにした。
この場所は一定のプレイヤーにはバレているはず。
移動しないわけにはいかない。
ずっと閉じこもっている方が危険だ。
だが、もちろんプレイヤーと遭遇する可能性の高い外のフィールドでは些細なことで命を落とす可能性だってある。
細心の注意を払って行動するほかない。
11月3日ー10時。
隠れ家を出て外の世界に出た。
ネメシス出現予定時刻まであと38時間。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます