第81話 最強への思い Thoughts on the Strongest

 デメルギアスの万策は尽きていた。


 銃口の向きから弾が着弾する場所を予測しているのか、全くと言っていいほど直線状に発射しても当たらない。

 かと言って散弾銃にしても弾速が落ちる分弾丸を目で追われ、跳弾を使用しても斬られてしまう。

 全ては発射された弾丸を見切られているところに問題があった。


 デメルギアスはミズキを見つめ、小さく舌打ちをした。

 そして思い出す、自分が過去に同じように殺されたことを。

 圧倒的なまでの戦力差と埋まらない距離感。

 最強とはこういうことを言うのかと自分が小さく、惨めに思えたあの瞬間を。

 強烈に思い出していた。

 もう二度とあのような思いはしたくないとこの世界で特訓し、仲間と共に練習を重ね、一番過酷な環境である西の都で生き延びることができるまで成長した。


 西の都で生きるプレイヤーにとっては悪魔も味方ではない。

 裏切り、同族殺しが頻繁に行われる西の都では仲間などできず一人で戦うことしか許されなかった。

 それでも戦った、全ては最強に少しでも近づくために。

 ナンバーワンプレイヤー、ネメシスに一矢報いるために。

 自分はここまで上り詰めたはずだ。

 目の前にいるミズキとネメシスの姿が重なる。


(まただ…)


 埋まらない距離感、感じる壁。

 銃と剣。

 絶対的に銃の方が有利である。

 だがその理論も一定のラインを超えると消滅する。

 底辺、いわゆる低レベルなプレイヤーとの戦闘では銃は簡単にプレイヤーを倒すことができる。

 装弾されている弾数に気を使いながら、狙いを定めトリガーを引くだけ。

 もちろん敵に照準を合わせる技術は簡単とは言い難いが、それでも数を打てばいつかは当たる。

 それが遠距離からの攻撃手段である銃の特権。


 剣は遠距離戦には当然向いていない。

 だから敵と遭遇した場合は高確率で弾丸を避ける必要がある。

 避けた後、間合いを詰め、近距離戦へと持ち込む。

 そうすれば銃を持つ悪魔にとっては不利な戦いを強いられる。

 ただ、天使側も油断はできない状況である。

 何故なら銃口に自ら近付いて行くことになるので着弾する速度は遠くにいた時とは段違いで速い。

 速いというよりかはもう避けられないと言っても過言ではない。

 近距離からの完璧なエイムの弾丸を避けるようなプレイヤーはそうはいない。


 しかし、それは完全有利な状況から間合いを詰められても平静を保ち、正確な発射ができる場合に限られる。

 大抵の悪魔は弾を避けられ、近づいてくるとわかった瞬間動揺し、慌てふためくものだ。

 その場合、狙いなんか定まるわけもなく、俊敏な動きで攻撃してくる天使の動きを目で追うので精一杯だろう。


 だから彼は強かったのだ。

 歴代最高プレイヤーと名高いネメシス。

 

 並外れた動体視力と観察眼、そしてこのゲームの特性や弾丸の速度、空気抵抗などすべてを把握していた。

 だから彼にとってこのゲームの変革は不要だった。

 何故なら彼が天使である以上、悪魔に勝ち目はないからだ。

 そして完全に見切った当たらない攻撃を繰り出す銃に少しも抵抗感を感じず、銃の仕様の変更を申し出ることは一切無かった。

 彼が運営に依頼したのは、自分の母国の時間とゲームの時間をリンクさせること、それだけだった。


 悪魔と天使で母数が大きく悪魔に偏っている理由も多少はそこにある。

 最強プレイヤーに悪魔として立ち向かいたい、そう思うプレイヤーが続出したのだ。

 我こそは日本の最強を倒すと奮起した悪魔だったが、そこには数多の屍が敷かれ、彼のレベルは上昇していく一方だった。

 それを危惧した悪魔は同族殺しという名目のもと、無駄な経験値の流出を防ぐことにした。

 西の都の出現は必然の事だったのかもしれない。

 一人のプレイヤーが均衡を揺るがす。

 最早このゲームは悪魔対天使では無いのかもしれない。

 悪魔対ネメシス。


 そんな彼は今現在はこのゲームにアクセスしていない。

 彼は「Twiter」と呼ばれるSNSにて自身の動向について情報を発信している。

 そこには2022年8月5日までゲームにログインすることはないと述べたのだ。

 その投稿は2022年2月1日に投稿されたものだった。

 悪魔側はこれに対抗すべくレベル上げに勤しんでいる。

 期日が近いこともあって、大分緊迫した雰囲気がゲームを支配していた。


(8月5日…あと約3日…俺はレベルを失うわけにはいかねぇ…!!)


 デメルギアスの現在のレベルは50。

 数多くの仲間と築き上げた努力と思い出の結晶だった。

 全てはネメシスに一矢報いるため。


「悪ぃが…んなところで負けてる場合じゃねぇんだよ…!!」


 デメルギアスが闘争心を燃やすとその瞬間、脳波のメーターが膨張する。

 ステータスは一律に上昇。

 彼の身体能力、動体視力、その何もかもが洗練されていく。

 一種の覚醒状態。

 ゾーンに入った。

 脳波による測定は簡単に言うと「どれだけこのゲームを本気でやっているか」を可視化する概念である。

 彼のこのゲームに対する本気度は未だかつてないほど膨らむ。

 そしてその感情の高まりが、彼の力となる。


「おおおおおおおおおッッ!!!」


 彼はミズキ目掛けて走り出す。

 攻撃を当てるためには自ら近接攻撃に持ち込み、不意を突く一撃を与えるほか無い。

 デメルギアスのその行動は確実にミズキの不意を突いた。

 一瞬判断が遅れた。

 その一瞬がこのゲームでは、命取り。



 ≪ダンッ!!!≫



 至近距離から放たれた完璧なエイムによる弾丸は、ミズキの身体に直撃した。

 先程までとは比べものにならないほどのスピード。

 そしてエイムの正確さ。

(これほどまでとは…)

 ミズキはガラスが割れる音とともにこの世界から消滅した。

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