第78話 神殿跡地 Temple Ruins

 カイトとマオが登山を始めて1時間が経った。

 森の中にできた木々をかき分けて作られた山道は舗装などもちろんされておらず、足場の悪い道が続いていた。

 どこまで続いているのかわからないこの道の傍には民家や集落などは発見できず、鳥の鳴き声と風が草木を通る音が延々と響いていた。

 疲労感が溜まり、足がフラフラしてきた。

 マオの体力的にも少し休憩したいとカイトは考えていた。

 すると目の前に人口建造物が現れた。

 そこは草木に侵食され始めている神殿のような場所だった。

 石でできた外壁は崩れ、周辺に崩れ落ちた瓦礫が散乱していた。

 カイトはその神殿の中に入って休憩することにした。

 感じている疲労感には周囲に気を散らしていることも原因だろう。

 プレイヤーは全て敵であるカイトとマオにとっては顔を見られることは死を意味する。

 レベルが低いうえにこのゲームにも慣れていない二人は即座に倒されてしまうだろう。

 少し人目のつかない場所で脳を休ませる必要があった。

 中に入ると一筋の光が天井の吹き抜けの天井から差し込んでいる台座があった。

 その台座には石像が建っていた。

 台座に張り付けられていたプレートにはプレイヤー名が刻まれたいた。


『 ネメシス (Japanese) 2022.01.24 』


 石像は剣に手を掛けた青年の形をしていた。

 頭には天使の輪があり、背中から左翼だけ純白の羽が広がっていた。

「…ネメシス…」

 カイトが呟くと石像を見ていたマオも興味を持った。

「日本人かな?」

「ああ。日本人だ。ここは歴代のナンバーワンプレイヤーを称える神聖な場所のようだな」


 興奮気味のカイトにマオは質問する。

「お兄ちゃん、この人を知ってるの?」

 マオの質問に嬉しそうにもちろん、と答える。

「この人は日本人初のナンバーワンプレイヤー、ネメシス。『Enge ; Devil Online』の時間設定が日本基準になったのはこの人の権力行使によるもの。まだ設定が甘く、悪魔との間に圧倒的な力関係があった天使でありながら単純なスキルとスピードで数多の悪魔を薙ぎ倒したと言われている…歴代最高プレイヤーだよ」

「そんな人がいたんだね…」

 圧倒されていたマオだったが、にこりと笑顔を作った。

「ちょっと前まではこんな何も知らないただ怖いだけのゲームだっておもってた…でもお兄ちゃんのおかげで面白いかもっておもいはじめたの」

「そっか…それはよかった」

 カイトも笑顔を作る。


 その瞬間、外から誰かが近づいてくる足音がした。

 二人は顔を見合わせ、神殿の奥へと隠れる。

 入り口付近で二人の男の声がする。

 銃のリロード音が聞こえた、悪魔だ。

「…確かにここに入ったよな」

「おめぇの尾行が甘いんじゃ、早く仕留めっぞ、相手はガキ二人だ」

 周囲を見渡しながら神殿へと入ってくる二人の悪魔。

 神殿の奥に散らばっていた大きめの瓦礫の後ろに身を隠すが、バレるのは時間の問題だ。

「おらぁ、ガキども!出てこいや!!」

 バンバンッと銃声が響く。

 威嚇目的とした空撃ちだろう。

 驚きを隠せず、不安そうな表情をあらわにしたマオだったが、カイトは敢えて笑顔を作った。

 ここで自分自身も怖がっていたらさらにマオの恐怖が倍増してしまう。


 マオの手を繋ぎながら近づいてくる足音に肩を震わせる。

(戦うしかないのか…?)

 カイトは剣を握ろうとした。

 その時、カイトとマオの足元が抜けた。

 厳密には足元にあった地面が消え、カイトとマオはスロープ状の良く滑る地面を転がり落ちた。

 滑り台のように歪曲した造りのスロープはやがて終わり、直線状になった。

 そして一筋の光が見えた瞬間、空洞に出た。

 人工的に作られた空洞。

 壁の四隅には地面を照らすライトが装飾されていた。

 装飾品はその程度の殺風景な部屋だった。

 カイトは周囲を見渡し、マオを確認するとマオは目を回していた。

 完全密室のこの部屋から抜け出すためには出てきた穴を戻るしかないが、スロープ状になっているため、逆戻りはできなかった。

 一方通行のようだ。

 どうやら完全に閉じ込められてしまったようだった。


 すると突如として目の前の壁が開いた。

 ガシャンという機械的な音を立てながら壁ー扉が開く。

 そこには一人の女性が立っていた。

(あの人は…)

 カイトは思うところがあったが、一瞬で首元に剣を突きつけられていた。

「あなた…私の命を狙う天使ね…よくここが分かったじゃない…悪いんだけど、死んでもらうわよ」

 鋭い眼光をこちらに向ける女性。

 洗練された殺意があらわになっている。

「ちょ、ちょっと、待ってください!!俺たちはそんなつもりは…」

 二人いることに気が付いたその女性はマオの存在を見て認識を改めた。

 剣を納め、肩まで伸びた綺麗な黒髪を鬱陶しそうに払った。

「あなたたち…賞金首になってる?」

 カイトは静かに頷き、肯定する。

 その女性は一定時間何かを考えると頷き、目を閉じた。

 そして再び目を開け、カイトとマオを見つめると

「歓迎するわ」

 そう言うと扉の奥へと入って行った。

 カイトとマオはその女性の後をついて行った。



 *



 ミズキがこの世界にログインして異変に気が付いたのはすぐだった。

(カイトがいない…マオちゃんがいない…!!)

 羽を広げ、移動速度を上げ、現状把握に努める。

 すると手配書を見つけた。

 そこにカイトとマオが手配されている事、そして天使と悪魔両陣営から命を狙われていることを把握し、空へと舞った。

 そしてミズキは後悔の思いでいっぱいだった。

(私が学校なんかに行っているから…ずっと一緒にいてあげればよかった)


 上空から北都ラネシアを眺め、カイトとマオを探すがどこにもいない。

 どこかの部屋に入っているのかと思ったが、その線も薄いだろう。

 世界的な指名手配犯となった二人を匿う場所などこの北都には無いからだ。

 一人の騎士団員を見つけ、声をかける。

 カイトとマオについて尋ねた。

 NPCのため、決められたことしか発言できない。

 そのため、返答は返ってこないと考えていた。

 しかし帰ってきた。

「カイトとマオですか、二人は北都での戦闘行為を助長するきっかけとなると判断したため、追放しました。安心してお過ごしくださいませ」


 ガンッ!!


 ミズキは思いっきり騎士団員の一人を殴った。

 後方に飛ばされた騎士団員は何が起きたのかわからない様子だった。

 即座にミズキは上空へと逃げ、カイトとマオの行方を追った。

 すると北都の裏手にある登山口から少し歩いた場所に悪魔が密集していた。

 あそこには確か神殿跡地があったはず。

 カイトとマオが裏門から追放されたと推測した場合、あの場所に逃げ込んだことは合点が行く。

 つまりカイトとマオはあそこにいる。

 ミズキは危険を省みず突撃する。

 全てはこの世界で出会えた小学生二人を救出するため!

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