第70話 集落とクエスト Settlements and Quests

 カイトがこの世界に降り立った時、世界は夜だった。

 現実世界とリンクした時間設定のお陰でカイトは現実の世界が夜であることを知った。

 彼がこの世界から当分出ることができないとすれば、ゲームの世界に適応していく必要がある。

 体調面は病院にいて管が何本も刺さっていたことからいつでも適切な処置がとられることは容易に推測できたので心配はしていない。

 となれば睡眠はどうなるのだろう。

 普通、VRゲームをプレイする場合、現実での睡眠が必要となる。

 だが、特殊な環境に身を置いているカイトの身体は睡眠を必要とするのだろうか。

 また、ゲームの中で睡眠をすることに意味はあるのだろうか。

 ゲームの中で目を閉じれば視覚情報は遮断される。

 そして不要な情報をシャットアウトさせることができるとともに目の疲労感を感じることもできる。

 現状は全くと言っていいほど眠くはない。

 時間経過とともに眠くなるものなのだろうか、分からなかったが、取り敢えずこの世界で生きていく外ない。


 左の腰には重い感触があった。

 そこには鞘に納まった長剣があった。

 スラリと抜いてみたが、かなり重い。

 このゲームはレベルの上昇とは別にこの重さに慣れる必要がある。

 レベルが上がれば装備する剣や武器が軽く感じるようになるわけではなく、重さは一定で自身の重さへの慣れが必要となる。

 もちろん剣の強化の際に軽量化を施すことも可能だが、デフォルトでは剣の重さは一定だ。

 右手に収まったロングソードは刃こぼれもなく、綺麗な状態だった。

 これからずっと一緒に戦っていくとなると大切にしていかなければならないと思った。

 ブンッと縦に振り下ろしてみたが、二撃目までの時間が遅い。

 それほど一撃一撃が重く、剣に振り回されている状態だ。

 慣れるためにはとにかく素振りや戦闘経験の中で模索する必要がある。


 若しくは「クエスト」を見つけ、レベルアップの機会を探し、剣を強化するという手もある。

 この世界にはプレイヤーを倒す行為以外にもレベルアップの方法が存在している。

 それこそがランダムに突如として発生するクエストという存在だ。

 ランダムであり、規則性など存在せず、そして突然発生のため、自ら探すにはかなり困難である。

 クエストに参加するのはいつの間にか巻き込まれていたケースが多い。

 だが、巻き込まれる可能性を高めることは可能だ。

 それは世界に存在するNPCに話しかけることだ。

 その際にクエスト情報が聞き出せることもある。

 例えば農村の住人から最近作物が荒らされる被害に遭っていることを聞かされる、等だ。

 その場合、プレイヤー以外に存在する何者かがやっている可能性が高い。

 その何者かというのがモンスターというNPCだ。

 プレイヤーとの戦闘以外でレベルを上げる方法がクエストであり、効率の良い方法がモンスターと呼ばれるNPCを討伐することだ。


 カイトは草原の真ん中に立っていた。

 遠くを目を凝らして見てみると明かりがあるのを見つけた。

 一瞬プレイヤーかと思ったが、明かりが大きい上に点在している。


(集落だ)

 カイトはクエストを見つけるためにもその集落に向かってみることにした。

 集落は草原を抜けた森の中にあるようで、周りには木々が囲んでいた。

 この木が防護壁の役割を果たしているのだろう。

 木陰から集落を覗いてみると集落の中心に掲げられている「天使の旗」を確認した。

 この世界には「天使教」と「悪魔教」という宗教がNPCの間で広まっている。

 天使教では天使を崇め、悪魔を嫌う。

 悪魔教では悪魔を拝め、天使を殺す。

 NPCが宗教に加担しているため、天使は天使教を信仰しているNPCの集落に行かなければ迫害を受けてしまう。

 逆に天使が天使教を信仰している集落へ行けば神のように崇められ、歓迎される。


 カイトは堂々と正面の門から集落へと入った。

 すると頭に天使の輪を付けた天使の召喚に住人は湧いた。

 よく来てくださいました、ゆっくりしていってください、なにか必要なものはありますでしょうか。

 歓喜の声は鳴りやまない。

 カイトは住人たちの歓迎ムードを止めるように促すと、

「俺に何かできることは無いか?」

 この質問はクエストを誘発させるためのトリガーだ。

 質問に対して何もないと答えればクエストは見つからない。

 だが、何処か困った様子を見せたのならクエストの可能性は大だ。

 質問に対し、長いひげを顎から下げた集落の長のようなNPCは困った顔をした。

 当たりだ。


「実はですね、王様への謁見が許された騎士が数名この村におりまして、招集を受け、王都へと向かったのですがその騎士達が帰って来ないのです」

 集落の長はカイトに一枚の地図を手渡した。

 この世界の地図だった。

 この世界が長方形の縮図によって纏められ、東西南北に大きな都市が存在し、中心に大きな山があった。

 この集落およびカイトが今いる場所は北東の位置にある小さな村で、カイトが降り立った地点は北東のはずれにある草原だった。

 つまり一番端に生まれたということか。

 周囲にプレイヤーが居ないことからも何となく想像はしていたが、まさか本当にこの世界の端も端、最北東の位置にいたとは。

 長老が話す王都とはこの村から西の方角へと向かった北の都市、『王都ラネシア』。

 そこに一本の貿易路が伸びており、森の中を突っ切る道だった。

 すると視界の左上に通知が届いた。


【クエスト:消えた騎士団を探せ】


 どうやら長老の話を聞いたことで、クエストが受理されたようだ。

 カイトは王都ラネシアへと通じる行路に向かうことにした。

 住人たちは、夜も暗いし日が昇ってからにしたらどうだと提案してくれたが、カイトは構わず行くことにした。

 とにかく今は前へと進みたかった。

 その気持ちを汲んでくれたのか、カイトに長老は松明を授けた。

 完全に月が昇った深夜、カイトは集落を後にし、消えた騎士団を探すため、王都ラネシアへと続く行路を進み始めた。



 *



 新たなプレイヤーがこの村に現れたことを確認した。

 夜を越すためにセーブポイントをこの村の小屋の中に設定し、今日は一旦ログアウトしようとしたその矢先だ。

 頭には天使の輪。

 腰にロングソード。

 間違いなく同類の天使だ。

 それに装備からまだ生まれて間もない感じか。

 にもかかわらず既にクエストを受理されたようだった。


(ただこの村に居るだけではなく、質問しなければならなかったのか)

 小屋の中から天使の輪を付けた少年を見守る。

 そのプレイヤーは村の住人から何か欲しいものは無いかと聞かれた際に貴重な品を献上するように頼んでしまっていた。

 よってクエストへのトリガーは消滅、このプレイヤーにこの村でクエストを受理することは不可能となった。

 悔しそうに奥歯を噛むが自分が犯した失敗よりもいち早く正規ルートを導き出した少年に興味を抱いた。


(アバターが幼いだけで中身はおっさんなのかな)

 少年カイトに興味を抱いた黒髪ショートの女剣士は静かにカイトを尾行することにした。

 心なしか息が上がっている。

 疲労感、否、彼女は興奮していた。


(話しかけてみたい)

 彼女は生粋のショタコンだった。

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