第4章 過去編

第67話 プロジェクトγ Project -γ-

 2022年4月8日に木下戒斗が謎の病で倒れてから半年が経とうとしていた。

 入院生活を開始してから心肺停止や機能不全と言った症状は一切無くなった。

 しかし一時的に一定時間心配が停止したことによる後遺症によって全身麻酔による呼吸器生活は続いていたが、命に別状はないように思われた。

 新種のガンかと初診当時は思われていたが、症状が無い以上その線は薄く、医師は頭を抱えた。


 病気の解明を進めるために様々な身体検査が行われた。

 そして遂に原因となるものを医師ら研究チームは見つけた。

 戒斗の心肺停止の原因はVRの装着によって脳をスキャンする際に生じる一定数値の脳波だった。

 直ちにその研究結果はVRを開発する企業の一つである大手海外企業『Thunder』に報告された。


 研究チームは事の発端である『Crosslamina』開発企業『ZONE』に報告を試みたが、『Thunder』がこれを拒否。

 頑なに『ZONE』への研究結果の開示を拒み、多額の資金援助によって研究機関を丸ごと買収した。

 戒斗のデータだけでは信憑性に欠けるとして更なる研究が進められたが、そのタイミングで二つの出来事が発生する。


 一つは大手海外企業『Thunder』が手掛けるVRゲームに被験者をフルダイブさせ、常時脳波を測定し病気の解明と新技術の開発を推進するプロジェクト、「プロジェクトγ」の提案。

 一つは霧春真治の娘である霧春芽衣奈を使用した新たな研究分野の拡張。


 VRによる病気を患った患者及び被験者が二人存在することで研究の幅が広がり、信憑性が増大すると見込んだ『Thunder』及び研究機関は「プロジェクトγ」の実行を決定。

 被験者の安全を確保するために、戒斗と芽衣奈の身体には何本もの管が通っていた。

 そして病気の進行を加速させるVRHSを装着させ、あるゲームにアクセスさせる。

 そのゲームの名は『Enge; Devil Online」。

 VR人口が少ないにも関わらず海外で500万人ものプレイヤーがフルダイブしている人気VRMMORPGだ。



 *



「この世に存在する全てのVRHSは同じ型、同じ規格だ。あまり公にされていないことだが、機能の中にはプレイヤーの脳をスキャンし、感情や意志力の強さを数値化するプログラムが備わっている」

 そう話すのは大手海外VR企業『Thunder』社長、ライボルト・マーク。

 円状の机を大勢の魔物が囲っていた。

 周囲は薄暗く、壁に欠けられた松明が唯一の光源だった。

 当然この場所は仮想空間である。

 従業員、社長自ら仮想世界にフルダイブし、実際に仕事を行っている。

 今回の会議の会場は雰囲気で選ばれた「魔王城の参謀室」である。

 このように仕事の雰囲気や視覚情報を変化させることで社員の意欲向上に繋げるというのが社長の狙いだった。


「ただ、今回のように脳をスキャンする際に生じる脳波がプレイヤーに悪影響を及ぼすことは未だ知られていない」

「研究の際に懸念されなかったのでしょうか」

 一人の角をはやした人外生物が問う。

「脳に多少の脳波を送った際に生じる様々な問題点は解決されていた。実際送られる脳波は微小なものだったし、病気に発展するとは考えられていなかった」

 ライボルトは続ける。


「だから我々に早急な研究と病気を誘発しない程度の脳波プログラムの開発を急がせているのだろう。VRHSを売る会社に取って見れば今回の件は早急に解決しなければ会社の信頼を失いかねない。まぁ飛び火して我々のアプリケーションの信頼を失うことにもなりかねないがな」

 今回の研究にはVRHSを制作している企業からの多額の資金援助を受けている。

 信頼を失わないためにもマスコミには一切報道させず、秘密裏に原因解明とアップデートを済ませようという算段だ。

 そこで新たな研究に不可欠なピースが実際に病気にかかっている患者、つまり戒斗と芽衣奈が研究には不可欠である。


「『ZONE』にも病気に対する現状報告はしておいた方が良いのではないでしょうか」

 メデューサの格好をした女性社員が手を挙げる。

「その件なら既に報告済みだ。新技術の開発を先取りされたくはなかったから隠していたのだが、さすがは日本の最先端VR企業と言う訳か、即座にバレてしまった。しかし研究を横取りすることはおろか、研究をこちらに一任すると社長澤田は言ってくれた。全てはVRのより良い未来のためだそうだ」

「研究内容は話されたのですか?被験体を研究に利用するという話は…」

「当然していない。日本人はこういうモラルや道徳的な話は嫌うからね。先端技術の研究には犠牲はつきものだ」

 ライボルトは薄く笑う。


「しかし真治、よくこのタイミングでプロジェクトを考案してくれたな。私は感心している」

 声を掛けた先にはフードを被り、表情を隠したプレイヤーが座っていた。

「私の娘を使ってVRの未来に投資できるのであればこれ以上のことはありません社長」

 霧春 真治は一つ間を開ける。

「被験体木下もVRによる脳障害はこれからの人生を困難なものにするでしょう。解決のためにも彼にも働いてもらいますよ」

 不敵な笑いと共に笑みを浮かべる。


「VRによる脳波障害、通称『仮想空間最先端機能障害発症病(Virtual Reality Cutting Edge Dysfunction Onset Disease)』は世界でまだ二人しか発症していない極めて特異な病気だ。だが、これからVRの人口が増えていくにつれてさらにこの病気を患う人間が増えていくかもしれない。そうなる前にいち早く被験体の脳波を調査、研究し、人体に完全に影響の出ない脳波指数を解明することがこのプロジェクトの目的だ」

 ライボルトは社員全員の耳に入るよう声量を上げて言う。

「真治指導の下、メインプロジェクトを遂行し、原因の究明に急いでくれ」

 社員らは同意の意味を込めた気迫のこもった返答をした。



 *



 霧春 真治は今回のプロジェクトを進めていく中で、とある一つのプログラムの存在を隠していた。

 そのプログラムというのが一瞬でこのプロジェクトを終了させるプログラムである。

 プレイヤーがゲームの中で死んだ場合、それとリンクしてプレイヤーの脳に最大量の脳波を与える。

 そうすることで脳波による影響の最大値と最小値が明確になり、プレイヤーの死亡と引き換えに全てのデータが取得できる。

 このプログラムはかつて彼が『ZONE』にいた頃、旧友澤田和俊と共にプログラムしたものだった。


 このプロジェクトは早くて一年、長く見積もって三年の年月が研究に掛かると推定されている。

 早急に結果を出すためにはこのプログラムは効果がある。

 しかし、このプログラムには澤田和俊の手によって改変された部分が一部ある。

 例えばライフポイントが少なくなったことを伝えるアラートや視界が揺れるエフェクト。

 澤田和俊は救済措置を多数用意し、あくまでプレイヤーを楽しませることに注力した。

 霧春真治は効率重視だった。



 その事実を突きつけられた時、人間はどのような動きを見せるのか、いち研究者としての霧春真治の好奇心を駆り立てた。

 絶望するのか、または必死にもがくのか。

 霧春真治のプログラムが実装されたまま、このプロジェクトは開始された。

 被験者プレイヤーに一切の情報が開示されない状態で、戒斗と芽衣奈のデスゲームは開始された。

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