第61話 行間Ⅴ

 一時間前。

 鷹峰に電話を掛けた八条だったが電源を切っているのか応答が無い。

 不審に思った八条だったが、約束していたお見舞いに行くために病院へと向かった。

 フロントで名前を言うとすぐさま看護婦は八条に病室へ入るためのルームキーを渡し、病室前まで案内してくれた。

 何やら不可解な操作をエレベーターに対して行っていたため不安に思ったが、何事もなく到着した。

 病室の前に来た八条はルームキーを機械に通し、扉を開けた。

 するとそこにはVRHSを付けた芽衣奈と5人のスーツ姿の大人が立っていた。

「芽衣…」

 入ってきた八条に霧春真治は声を掛ける。

「はじめまして、君が八条竜也くんかな?」

 霧春真治の声に耳を傾けることなく、八条竜也は急いで芽衣奈の元へ駆け寄る。

 そしてVRHSを強引に奪い取ろうとする。

 しかし、近くにいたサングラスを掛けたSPのような屈強な男に阻まれる。

 八条竜也は構わずSPの顔面を殴った。

 部屋の中で激震が走った。

 周囲にいた他のSPが八条竜也を拘束し、地べたを舐めさせた。

「いきなり何をするかと思えば…暴行はいただけないねぇ八条竜也くん」

「離せッ!くそ野郎がッ!!」

 暴れる八条竜也の目の前に一枚の紙を提示する霧春真治。

‘‘慰謝料請求書‘‘だった。

「暴行罪も追加だ、八条竜也。ただね、僕は優しいんだ、金を払えば許してやろう」

 自分の顔が青くなっていくのが分かる。

「くそ野郎、と言ったが、人に暴力を振るう人間と僕、どっちがくそ野郎かねぇ?」

「おめぇだよバーカ」

 霧春真治の靴に唾を吐き掛ける八条竜也。

 八条竜也の顔面目掛けて霧春真治は蹴りを入れる。

 この瞬間、八条竜也は気付く、周囲には自分を助けてくれる者など居ない現実に。

 周りにいる大人はみんな救いようがない、くそ野郎だ。

 部屋の外へと放り出された八条竜也はフラフラする頭を抱えながら近くの壁を思いっきり殴った。



 *



 家への帰り道。

 夏の不安定な気候から昼前から雨が降り出し、八条の身体は濡れていた。

 今は雨に当たりたい、そんな気分だった。

 その時、前方から一人の人間が近づいてくるのを確認した。

 放心状態の八条は気にせず通り過ぎようとした。

 だが、前方にいた一人の男が八条に声を掛けた。

「はじめまして、八条竜也くん」

 予想外のことに困惑する八条だったが、不思議と安心できた。

 ニコリと微笑みながら八条に声を掛けたその男は40代後半くらいの中年男性で黒い髪を上に上げていた。

「私の名前は澤田和俊さわだかずとし。『Crosslamina』の社長だ」

「クロミナの、社長?」

 疑いを掛ける八条に名刺を渡す澤田社長。

 紛れもない本人だった。

「君たちのことは霧春から聞いているよ、随分と厄介なことになっているようだね」

 他人事のような、妙に腹に立つその言葉を聞いた八条は思わず飛び掛かろうとした。

 だが、すぐさま澤田は頭を下げた。

 そして深い謝罪の言葉を口にした。

「霧春、彼のモラルに欠ける行動は私にも止めることができなかった。最初は断固として拒否した、だが、彼は親権と大手の海外VR会社を後ろ盾にし、私に研究への承認を要求してきた」

 澤田社長は続けた。

「私は認められなかった。仮に多額のお金が会社に流れ込み、それが利益になるとしても、一人の少女の命には代えられない」

「じゃあなんで!!」

 八条は叫んだ。

「霧春は、大手の海外VR会社に転職し、研究に参加することを条件に莫大な資金援助を受けるという契約を結んだ。もう、彼を止めることはできない」

「そんな…」

 膝から崩れ落ちる八条に澤田社長はだが、と話を続ける。

「彼の動向を探ることはできる。私たちとともに『Crosslamina』の内部にいればな」

 初め、澤田の言っていることを理解できなかった。

「それは一体どういう…」

 澤田社長は一旦咳払いをすると八条の目を見て話し始めた。

「近頃、『Crosslamina』の治安維持のために公式組織なるものを発足しようと計画している。その組織のリーダーにならないかい」

「公式組織?リーダー?」

「ああ。その組織では働きに応じた報酬も検討している。君たちは今お金に困っている…悪い話ではないと思うがね?」

 澤田社長はさらに続ける。

「もちろん八条くんだけでなく鷹峰くんも誘うつもりだ。二人が良ければの話だが」

 八条は少し考える。

 願ってもない話だ。

「勿論、バイトをしてお金を貯めるっていうのもあるが、それには時間がかかりすぎるな、この職に就けば報酬も弾む」

 澤田社長はスッと手を差し伸べた。

 雨に打たれ、捨てられた子犬のようになった八条に救いの手を差し伸べる。

 八条はその手を強く握った。

 こうして『Crosslamina』の世界に二つの公式組織が誕生し、同時に二人のプレイヤーがリーダーとして治安維持のため日々働くことになった。

 しかし、公式組織のリーダー二人は互いに同じ地位に就いたにも関わらず一切言葉を交わすことはなく、淡々と職務を全うしていた。

 二人の間にできた確かな隔壁、それは一人の少女を想う二人の気持ちがそうさせてしまった。

 それから4年後、二人の公式組織リーダーは戦場で再会することになる。

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