第59話 行間Ⅲ
二人が訪れた場所は森林地帯『ガイア』。
広大な草原が目の前に広がり、夏仕様なのか判らないが青々とした草木が生い茂っていた。
遠くには緑に染まった山々が連なっており、その山は隣の高山地帯である『キルタイト』に繋がっている。
空からはパラパラと小雨が降っており、日の光を帯びて煌びやかに光っていた。
今回のクエストはこの地域に出現する強敵と言われているモンスターの討伐だった。
出現場所はこの草原を抜けた先の森の中なのだが、二人はギラに言われた通り先に進むことはしなかった。
二人は少しの間黙って草原を見ていたがメイが思い出したかのように口を開いた。
「ねぇ暗黒。仲直りの証にあげたいものがあるんだ」
「なに?」
暗黒はまっすぐ前を向いているメイの横顔を覗く。
顔の輪郭が愛しいほど美しく感じた。
「私が一人で見つけた‘‘魔法‘‘」
「魔法?そんなもの貰えないよ」
「ううん。暗黒にあげたいの。暗黒に持っていてほしい」
暗黒の方を向くとニコッと笑った。
その顔からはどこか寂しさが感じ取れた。
暗黒もそれ以上は追及しなかった。
その理由は分かっていたからなのかもしれない。
そしてそれを聞いて肯定されたら悲しくなると分かっていたからなのかもしれない。
何も話さない暗黒を見て了承したと解釈したのかメイは自身のステータス画面を開いた。
そして魔法の画面から‘‘
自分が持っている魔法は自身が許可すれば‘‘
「手出して」
暗黒は手のひらを空に向け、メイのほうへ差し出した。
メイは巻物を暗黒の手にそっと置いた。
暗黒は‘‘
だが、その表示画面はなにやら砂嵐のようなものが映り、よくは見えなかった。
「詠唱魔法…‘‘
メイは頷いた。
「この魔法はね、プレイヤーが宣言した通りに気象状況から相手の異常状態から…何から何まで操れる魔法。簡単に言うとこの魔法があれば自分の思い通りに全てが叶う…」
「そんな魔法…消されないの?」
「確かに、強すぎる。この魔法は。だからね使用回数制限があるんだ」
「使用回数制限…」
「そもそもね、この魔法自体がバグみたいなものなの。運営権限に近いじゃない?だから一定数使用すると自動的に消去されるようにプログラムされているの。運営はこの魔法をどのように使うのかモニタリングしていたのかもね」
「なるほど、だから砂嵐がかかっているんだ」
メイはそうだねと笑った。
そして続けた。
「でも今のままだとこの魔法は使えないの」
「そうなの?」
メイは頷く。
「この魔法は詠唱魔法…つまりこの世界にとある‘‘コード‘‘を宣言するの」
「なんか怖い…」
「怖がることなんてないよ。私は何回も使ってるんだから」
笑いながら言う。
「そのコードを今から教えるから。忘れないでね」
「う、うん」
するとメイはスラスラと英語なのか良くわからない単語を言った。
「えええ、何何?聞こえなかった!しかもなんか暗号みたいな感じなんだ?!」
ギクッと肩を震わせるメイ。
「もっと‘‘雨よ止め!‘‘みたいなものかと思ったよ…」
「そ、そんなわけないじゃない。仮に複製された時に容易に使用されないように15文字以上の英数字記号のコードになってるの」
暗黒はそれを聞くとガクッと肩を落とした。
「覚えられるかな…」
不安そうな顔を見せる暗黒を見てメイは笑う。
「暗黒は頭いいんだから覚えられるよ」
「そ、そうかな?」
少し顔を赤くする暗黒。
「じゃあ、ギラたちが来る前に暗記するの!いいね?」
「わかった」
メイは暗黒の方を向いてゆっくりコードを教えた。
「JUVEFNP‐1RNAZMH+1」
「じぇい…ゆう…ぶい…いー、えふ、えぬ、ぴー…マイナス…」
何とか覚えようと必死になっている暗黒を見てメイは言った。
「今は何も見ないで言えるようにならなくてもいいよ。でもね、この暗号は絶対忘れないでね」
メイは暗黒の顔の前で目を見て訴えた。
「わ、わかった」
真剣な眼差しを受けて暗黒は頷いた。
「魔法の欄からこの魔法を選択して唱えるんだよ?できる?」
煽りには聞こえない優しいメイの声が響く。
暗黒はただ頑張ってみるよ、とだけ言った。
*
ギラは電車に揺られた後、第十区画のゲームセンターに来ていた。
フレンドリストに表示されていたcontact中の表示。
この世界にログインしていることは確定している。
(アイツら、シカトしてたんなら殴る)
心に決めたギラは入店する。
まず目に入ったのはクレーンゲームコーナー。
迷路のように多種多様なクレーンゲームが設置されていた。
目当ての場所はここではない。
一連のクレーンゲームコーナーを抜けるとレトロゲームが広がる場所に出た。
周囲にプレイヤーはいない。
まるでこんな場所は時代遅れだというかのように。
閑散とした場所に二つの影があった。
格闘ゲームの前に座り、凄いスピードで右往左往に手を動かしている。
二台の格闘ゲーム機が向かい合っており、その相手と対戦ができる。
現に今現在進行形でそれが行われているようだ。
ギラは手前にいた人物に先に声をかける。
「おい、ネスト」
その声に気付いたのか、右手で操作していたスティックの動きを止める。
だが、声のした方を振り返ることはせずに依然として前を向いたまま口を開いた。
「ギラ先輩じゃないですか。どうしたんですか?わざわざこんなところまで」
「……」
ギラは思わず押し黙ってしまった。
(気づいていないのか?)
「お前にさっき電話したんだよ」
ギラが渋々言う。
「あー。さっきの!ちょっと手が離せなかったんでシカトしました」
ようやっと振り返るネスト。
そしてははっ、と笑った。
ギラは拳を振り上げた。
「先輩からの電話とゲームはどっちが大切だ?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!痛いのは勘弁ですって」
一連の会話を聞いてか、全く聞いていないか、明白ではないが奥の台にいた人物が声を上げる。
「おい、ネスト。手が止まってるぞ」
「お前は大罪だ、ラフ」
ギラの声に気付いたラフは手を止める。
「ギラ先輩…?どうしてここに?」
怪訝そうな視線を送るラフにギラはため息をつく。
まったく、ギラに聞くことは同じだった。
ということはシカトしていたのだろう。
「クエストだ。既に二人は行ってる。お前らも来い」
「クエストっすか」
ネストがぼやく。
「先輩の意向に従うしかないみたいっすね。せっかくこんな場所まで来てもらったわけですし」
「まぁ、いいか」
ネストとラフは了承した。
ギラは一度頷くと出口のほうへ向かった。
その後ろ姿を追うように二人は出口へ向かった。
*
「にしても、よくやりましたね。先輩」
ネストがギラに声をかける。
「なにがだ?」
ギラが聞き返す。
「決まってるじゃないですか。暗黒先輩とメイ先輩を二人きりにしたことですよ」
「たしかに。ぐっどじょぶだ」
後ろからいらぬことを言ってくる後輩二人を連れながらギラはため息をつく。
「その感じからして、まだ進展してない感じですか?」
「まったく。暗黒先輩は奥手だ」
ギラは仕方なく話題を振る。
「昨日喧嘩したくらいだ」
「喧嘩っすか。珍しいっすね」
「二人きりでクエストへ行っているということは、その問題はすでに解決されたというわけか」
ラフが推測する。
それにギラはそうだな、と答えた。
「まぁ、進展しないのも問題っすけど、メイ先輩の体は大丈夫なんすか?」
「至極心配だな」
後輩二人の心配そうな言葉を一蹴するかのように優しい先輩は言った。
「お前らが心配するようなことではない」
*
その後、バトルフィールドで合流した五人は森の中へと入っていった。
途中現れた敵を薙ぎ払いながら奥へと進む。
「だいぶ奥まで来たみたいですけど…まだですか?」
「あと少しだ。」
「だいぶ進んだつもりだったが…流石高レベルクエストってわけか」
「はぁ、はぁ」
突如後方から聞こえてきた荒い息使い。
すぐさま振り向くとそこには胸のあたりに手を当て、肩で息をしているメイが居た。
「メイ?!」
すぐに駆け寄るギラと暗黒。
ギラが背中を抑えるとその手の中に倒れこむように重心を後方に傾けた。
「メイ!しっかりしろ!」
暗黒の声にも反応しない。
肩で息をしたまま、目を瞑り、変な汗が表示されている。
「メイっ!緊急ログアウトだ!聞いてんのか!メイ!」
ギラの声が森に響く。
だが、当の本人には届かない。
「他人のログアウトには干渉できなかったはず…だから本人がログアウトを選択しないとログアウトはできないよ!」
「くそっ!!」
ギラと暗黒が思考を巡らす。
メイに何があったのか。
そんなことは聞くまでもない。
もしかしたら演技なのかもしれない。
なにをふざけたことを言ってるんだ。
だが、そんな彼らにとっては場違い極まりない言葉を選ばずに、ネストとラフは口を開いた。
「プレイヤーの通報をすれば運営にメイ先輩の異常とともに、現状を把握させ、強制ログアウトさせることが可能です!」
「だけど、時間がかかりすぎる!」
その言葉にはラフが答えた。
「確かに、通報には一定の時間がかかります。そこで、俺は今運営の方に直接通達しています。多分そちらの方が早いかと」
「え、ど、どうやってやってるんだ?」
ラフは確かに目の前に見えないキーボードがあるような手の動きをしている。
この仮想世界の内側から、仮想世界のサーバーにある種の攻撃をしているのだった。
「おい!それは規約違反だろ!」
「まぁ、違法ですね」
ギラの声にラフはさらっと答える。
「ですが、人の命には替えられないでしょう」
ギラと暗黒は押し黙る。
ただその空間ではラフの声だけが響いた。
「あ、こちらに気付いたようです。ったく、気づくのおせーんだよ無能運営が。っと、ここにメッセを送信してっと」
(カチッ。)
キーボードのエンターキーが押される音が響いた。
そして辺りが急に暗くなった。
「な、何が起こってる?!」
五人の頭の上に巨大なUFOみたいなフォルムをした飛行物体が現れた。
「これは?!」
「あらあら。全員強制ログアウトらしいです」
「ちょうどいいんじゃないですか?」
ネストが言う。
「メイ先輩のこと、頼みましたよ」
真剣な眼差しを向けるネストとラフ。
現実世界のことは二人には分からない。
だからここから先は任せるしかない。
「ああ」
「任せろ」
その言葉を最後に、五人は一瞬にして森の中から消えた。
いいや、森の中だけではない。
この世界からも、強制的に追い出されていた。
*
7月17日 金曜日 午後8時30分
いつもの感覚とは違った。
普段はゆっくりと仮想世界の映像がフェードアウトしていくような感じだが、今回はパッと画面が切り替わるような感じで現実世界に引き戻された。
しかし、彼にはそんな些細なことに気を配っていられるほど、落ち着いてなど居なかった。
ベッドからはね起き上がり、すぐさま部屋着から外出用の服に着替える。
そして何も言わずに外へと飛び出し、一目散に走り出した。
目指すはある女の子の家。
昔から仲の良い幼馴染のある女の子。
昔から優しくて守ってくれていたある女の子。
時には喧嘩することもあった。
それでも最後には笑って仲直りしていた。
ある女の子。
彼女だけが、俺の人生を明るく照らしてくれていた。
彼女がいたから、俺は頑張ってこれた。
ここまで、ずっと。
鷹峰は遠くのほうから赤色の光が見え始めたことに気が付いた。
(まさか)
暗黒はそこに救急車が止まっていることに気が付いた。
そしてある女の子が運ばれていくのを見た。
(メイ…!)
「鷹峰!」
後方から声がしたが、鷹峰は救急車から目が離せなかった。
決して後方からの声を無視をしていたわけではない。
決して気づいていなかったわけでもない。
ただ、そんな余裕がなかったからだ。
180度も満たない顔の角度調整すらも。
ただ、その心の内を分かっていたから声をかけた八条も何も言わなかったのだろう。
八条も釣られるように救急車を見送っていた。
「鷹峰」
八条の声に鷹峰は何も言わない。
「俺は明日見舞いに行く」
はっ、と顔を上げる鷹峰。
「俺も良くよ。ちゃんと話さなきゃいけないこともあるし」
「それでいい」
満足したように頷くと、八条は
「帰るぞ」
と呼びかけた。
これが最後のちゃんとした会話になるなどとは、この時二人は考えてもいなかった。
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