第58話 行間Ⅱ
「最新のドラクエやった?」
八条が外の自動販売機で買ってきた飲み物を各々飲みながら話していた。
するとテレビ周りを片付けていた鷹峰が最新のゲームソフトを見つけたため芽衣奈に問いかけている。
「勿論やったよー。三日で全クリしたかな」
「早すぎだろ。今回のは結構時間かかるように設計されていたと思うんだが」
八条の声に芽衣奈は意外そうな眼差しを向ける。
「あれ、竜也ドラクエやってたっけ?アンタ殆どゲームしないじゃない」
「ドラクエだけはやってるんだよ、八条は。一番好きな魔法をクロミナのユーザーネームにしたんだっけ?」
「まぁな」
「あ、そっか。だから‘‘ギラ‘‘だったね。確かに前そんな話してたわね」
芽衣奈は思い出したかのように頷く。
テレビに接続されているコード類の片づけを終えた鷹峰は芽衣奈がいつもここに座ってゲームをしているのだろうゲーミングチェアに腰を下ろすと机の下のつま先に何やら固いものが当たった。
感触は金属のような硬さで冷たい。
鷹峰は包み隠すことなく足元を覗く。
その動作を見て芽衣奈は鷹峰の肩を叩く。
ビクッと震えた鷹峰の体を見て芽衣奈は優しい表情で聞く。
「見たい?」
どうやらオフィスデスクのような机の下にあるのは金庫のようだ。
芽衣奈はどこからか取り出した鍵を手に持つと、ニッコリと笑った。
「二人なら見せてもいいよ」
頭にはてなマークを浮かべる二人など目にもくれず、芽衣奈は机の前に移動した。
机の下から足元くらいのサイズの立方体の形をした金属製の金庫で、金庫というよりかは工具箱のような印象を受けた。
綺麗になった机の上に置くとガチャリと手際よく開けた。
パカ、と開けると中からゴーグルのようなものが出てきた。
『VRHS《ヴァーチャル・リアリティ・ヘッド・セット》』だ。
それを見た瞬間八条と鷹峰は凍り付いた。
ニコニコと笑いながらヘッドセットを様々な画角から眺めている芽衣奈。
よく見せるために芽衣奈は鷹峰の下に『VRHS《ヴァーチャル・リアリティ・ヘッド・セット》』を渡した。
「いいでしょ?限定受注販売のヘッドセットだよ。いつもこれでやってるんだ~」
渡されたヘッドセットと芽衣奈の顔を交互に見る鷹峰。
それは確かに店頭に並んでいるものとは違かった。
白を基調として、ピンクのストライプ柄が入っていた。
「何よ?何か言いたいことがあるのなら言ってごらんなさい?」
腰のあたりに手を当てて胸を張り、笑う。
否定的な意見など言われるなど微塵にも思っていないような表情だった。
そんな顔の前では「これを使うのは止めろ」なんて言えないだろう。
そう、八条は思っていた。
「これを使うのは止めろ」
八条は驚いた。
この雰囲気でビシッと自分の意見を言えるような奴ではない…そう思っていたからだ。
いや、八条のそのイメージはかなり的確なものをとらえていたのだろう。
鷹峰も自分がこんなにも自分の意見を言える人間だとは思っていなかった。
言った後に芽衣奈の顔が怒りに染まっていくのを見て後悔とともに自分を省みる時間があった。
それはきっと彼の中で優先すべき事項が変更されたからだろう。
「これを使うのをやめろって、なんで?」
バシッと鷹峰の手中にあったヘッドセットを奪い返す。
すると芽衣奈が何かを言う前に八条も鷹峰と同意見であることを伝える。
「俺も鷹峰に同意だ」
一瞬にして味方だと思っていた友達に裏切られたような顔を見せる芽衣奈。
目は一段と鋭くなっていく。
すると、何かを察したかのように手を打つと
「あ、わかった。お母さんに何か聞いたのね?」
肯定も否定もしない二人。
芽衣奈は肯定ととらえた。
「お母さんの言うことなんて聞かなくていいのよ」
「でも、お医者さんに言われたんじゃないの?」
「…だったら何?」
ヘッドセットを持った手を下にぶらんと降ろし、鷹峰を睨みつける。
「こ、このゲームが無くてもさ、また昔みたいに遊べばいいよ。ね?」
「無理よ」
「無理なんかじゃないさ。俺たちもクロミナ
その言葉に強烈な引っかかりを覚えたのか、芽衣奈は叫ぶ。
「
「!!」
「落ち着けって、二人とも」
八条が仲裁に入る。
だが、押さえつけられても芽衣奈は続ける。
「私にはこれしかないの!私には…これしか…」
叫んでいた途中に芽衣奈は胸に手を当てて荒い息をし始めた。
フラフラとした足取りでベッドに向かい、そこに腰を掛ける。
「大丈夫か?芽衣」
八条が聞くが頷くだけで口に出しては答えない。
鷹峰は焦燥感に襲われていた。
床をじっと眺め、不安の色が顔全体を覆っていた。
「と、とにかく。私は大丈夫だから。本人が言うんだから何も心配することはないわ」
心の底からは笑っていない笑顔で話す。
「じゃあ、もう遅いし俺らは帰る」
「うん」
「じゃあ、また明日な」
八条の声に一度頷き、ニッコリと笑うと
「うん、明日。いつもの場所で待ってる」
*
八条と鷹峰は重い足取りで霧春家を後にしていた。
「お前はよくやったよ」
鷹峰は地面を見ながら歩いており、いかにもコワい人に自分からぶつかりに行こうとしている人の様だった。
八条の声にも「あー」としか答えない。
八条は俺も想い人にズタボロ怒鳴られたらこうなるのかな、等と考えていた。
隣を歩く親友に寄り添いながら帰路を歩く。
辺りはすっかり暗くなっており、街灯がついていた、
時折電柱にぶつかりそうになる鷹峰に声をかけながら歩く。
八条は暗い夜道を歩きながら考えていた。
芽衣奈にはあのゲームにしか居場所がない…。
それは芽衣奈の母親も言っていたと言っていた。
学校には居場所がないからか?
確かに病欠が続き殆ど入学と同時に不登校のような扱いになっている芽衣奈には学校に居場所なんてないのかもしれない。
いや、違う。
俺たちとも昔のように遊びに行かなくなったことの説明にはならない。
もしかしたら。
八条は頭の中に最悪なことを考えていた。
もしかしたら、もう学校へ行く体力もどこかへ出かける体力も無いのではないか。
「……」
八条は頭の中で芽衣奈の言葉をリピートする。
《私にはこれしかないの!私には…これしか…》
俺たちと会う場所もあのゲームしかない、とでも言いたそうな言葉だ。
だから芽衣奈はさぞ嬉しかったことだろう。
久しぶりに会って、久しぶりに会いに来てくれたこと。
そしてそれと同時に悲しんだことだろう。
一番理解してくれると思った親友に自分の唯一の居場所を捨てろと言われたのだから。
「だがな、芽衣」
八条は空に輝く一番星を見ながら言った。
「お前を一番理解してるから言ったんだぞ」
鷹峰は何も言わなかった。
*
次の日。
今日も芽衣奈は学校に来なかった。
鷹峰は何とか来ていたが、勉強に手がついていない様子だった。
ほぼほぼ放心状態で一日を過ごしていた。
「おい。起きろ」
ずっとシャープペンシルを手に持ち、一時間目の数学のテキストを開いた状態で時が止まっている男に八条は話しかけた。
一番後ろの一番端だからか、六時間連続で数学のテキストでもバレなかったようだ。
「起きてる」
「じゃあ今何時間目だ?」
鷹峰は何を言ってるんだ、とでも言いたそうな顔をして
「今は一時間目の終わりだろ?」
「……」
八条は呆れるように顔を右手で覆うと首を横に振った。
「今は放課後だ」
「な、何を言ってるんだ?ま、まさか皆して俺を騙してたり…」
鷹峰が回りをきょろきょろと見渡し始めた。
「外を見てみろ」
「あ」
外は夕焼け空になっていた。
オレンジの光線を浴びると鷹峰は我に返ったように肩を震わせると
「じゃ、じゃあ今日一日俺はいったい何をしていたんだ…?」
「こっちが聞きてぇわ」
鷹峰の机の上に広がったノート類を鷹峰の鞄にしまいながら八条は答える。
「取り敢えず帰るぞ。多分待たせてると思うがな」
「だ、誰を?」
「決まってんだろ、芽衣をだよ」
「…!」
鷹峰は嫌なことを思い出したかのように奥歯を噛む。
そして自分が何故放心状態に陥っていたのかをしっかりと思い出した。
今日の放心状態は嫌な記憶、莫大なストレスから楽にさせるために鷹峰の体が無意識のうちに取った自己防衛反応だったのかもしれない。
八条は皆まで言わなかった。
ただ一言
「逃げるなよ」
とだけ言った。
*
クロミナの世界には既に芽衣奈はいた。
第八区画というこの町をどこか懐かしげに眺めている。
噴水広場、それがいつもの集合場所だった。
(アイツは来るよな…?逃げたりなんかしねぇよな?)
ギラこと八条竜也はベンチに座るメイを遠くから眺めながら親友のことを気にかけていた。
だが、そんな心配もすぐに払拭された。
遠くからトボトボと歩く影が見えたのだ。
思わず笑みを浮かべたギラは親友の下へ向かっていく。
下を向いて歩いてきた親友の前に八条は仁王立ちするように待ち構える。
暗黒こと鷹峰慎は前を向く。
「仲直りはできるのか?」
ギラの声に肩を揺らすが、目は揺るがなかった。
「取り敢えず謝るさ。酷いこと言ったこと」
それを聞いたギラはそうか、と優しく答える。
「でも。俺の言ったことが間違ってるとは思っていない」
歩き出す暗黒にギラは
「それでいい」
と言った。
暗黒はそのままその足でメイが居るだろうと思われる噴水前のベンチに向かった。
そこにはいつもの表情ではないメイが座っていた。
どこか悲しそうな表情を浮かべ、俯いていた。
そこに近づいていく暗黒。
メイの前に立つとメイが暗黒に気付く。
そして二人で一斉に頭を下げた。
「「ごめんっ!!」」
あれ?といった表情で互いの顔を除く両者。
その様子を見てギラが吹き出した。
メイは顔を赤く染めながらも口を開く。
「こ、この前は怒鳴ったりして…ごめん。私の事思って言ってくれたのに」
それに対して暗黒も頬を赤らめながら言う。
「こちらこそ…ごめん。このゲームをバカにするようなこと言って」
そこまで言うと二人は互いの目を見てニコっと笑った。
「よし。仲直りも済んだし。クエスト行くか」
全てを見ていた傍観者Aのギラが話し出す。
「そ、そうね」
「行こうか」
メイも立ち上がる。
そして三人で足並みをそろえて共通ギルドへと入っていった。
壁に面した掲示板を三人で見る。
沢山の張り紙が貼ってあり、低レベルなものから高レベルなものまで存在していた。
「行ったことのないクエストへ行きたいわね…」
掲示板を眺めていたメイが呟く。
「なら、ちょっとレベル高いところ行く?」
暗黒はメイにレベル1000向けのクエストを提示する。
‘‘レベル1000向け‘‘といってもあくまで目安である。
レベル100のプレイヤーでも攻略できたという事例がある。
つまりクエストの攻略法が大事なのだ。
勿論レベルも大事な上、大きな能力かもしれない。
だが、例えば数、例えば陣形、例えば効果。
それらを考えてしまえばいくらでも埋め合わせなんてできてしまう。
だが。
「にしても俺ら三人だと限度ってもんがあるんじゃないか?」
ギラが伝える。
この三人のレベルは1000ではないにしても全員1000に近いレベルだった。
それでもギラは難しいと判断していた。
それはこのクエストの特性や性質、メンバーの状態を考えた結果だろう。
「ギラが言うのならそうなのかもしれないわね」
「どうしようか、誰か呼ぶ?」
暗黒の言葉にギラは考える。
「まぁそのクエストに行くんならそれも考えられるな」
「行きましょ?このクエストに!」
既にメイは行く気でいるらしい。
目を輝かせている。
この状態になったら止めれれないのは分かっていた。
ギラは一つため息をつくとステータス画面を表示した。
そしてフレンドの画面からフレンドを選択し電話のマークを押した。
しかし、繋がらない。
イライラしながらも繋がることを願うギラ。
しかし繋がらない。
「もう一人にも電話かける。多分一緒の所にいると思うからな」
しかし繋がらない。
あからさまな舌打ちをすると電話を切る。
「どうせあの子たちいつものゲームセンターでしょ?」
「周りがうるさくて聞こえないのかもね」
メイと暗黒が話す。
ギラはイラついた様子で口を開く。
「他の奴らはログインしてないみてぇだし。アイツらしか頼れねぇな」
「別に私たちでもいいんじゃない?」
「だめだ」
メイの言葉をギラは一蹴する。
「このクエストに行くなら人員を増やさねぇとヤバい。倒れたくはねぇだろ?」
「そ、それはそうだけど…」
「今はギラの言うことを聞くべきだよ。今までギラの予想が外れたことなかったでしょ?」
腑に落ちていないメイを暗黒が説得する。
「別に予想じゃねぇんだがな」
ギラはひとり呟いた。
「取り敢えず。お前ら二人は五人のパーティでクエスト申請して先言ってろ。俺もアイツらを連れてから行く」
「わ、わかった」
「うん」
暗黒とメイが頷く。
「俺らが行くまで先にどんどん先に進むなよ?」
「わかってるって!」
メイは笑顔で答える。
それを見たギラは電話をシカトした二人の下へ向かうことにした。
行先は決まっていた。
アイツらがいつもいる場所。
第10区画のゲームセンター。
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