第57話 行間Ⅰ
4年前、2022年。
「Crosslamina」がリリースされてから一年が経過していた。
人口もまだそこまで多くはなく、魔法なんて概念もまだ存在してない頃の話。
辺りには今見たくビルもそこまで多くはなく、闘技場の数も片手で数えられる程度。
移動手段が電車かバスが当たり前だった。
そんな世界に足を踏み入れた一人の青年が居た。
真っ黒な髪に真っ黒な目。
スラっとした顔立ちにスラっとした体つき。
黒い長ズボンに白のYシャツという服装だった。
その青年の名を暗黒という。
黒い闇のように何もかもを吸い込んでしまいそうなほどの真っ黒な髪と目をしていることからその名前で呼ばれていた。
彼自身もその名前は気に入っており、その名前で呼ばれることに抵抗はなかった。
待ち合わせ場所は第八区画の共通ギルド前広場。
一足先についたと思っていた暗黒だったが、既にベンチに座って待っている影があった。
「あ、暗黒!遅いよ~」
そう言って少女は立ち上がった。
「ご、ごめん」
ニッコリと笑う少女。
その笑顔を見て顔を少し赤くする暗黒。
髪は茶髪の中に赤色の髪が混ざっていて肩まで伸びている。
目は茶色、整った顔立ちをしている。
白のTシャツをくるぶしまで伸びたジーンズに入れて、白いキャップを被っていた。
そのキャップには「B+S=?」と書かれていた。
「ギラは?」
「んー?私は知らないよ?暗黒と一緒に来ると思っていたから」
その少女は笑いながら言う。
少女がベンチに座るとその隣に静かに暗黒も座った。
少女の横顔を見ながら暗黒は思い出したかのように聞く。
「体のほうは、大丈夫なの?」
すると、少女は少し顔に影を落とすと、首を縦に振った。
「大丈夫だよ。最近調子がいいんだ」
ニコッと笑い、白い歯を暗黒に見せる。
その顔を見て安心とともに喜びが彼の中にこみあげてきた。
「じゃあ…!」
暗黒が少女に顔を近づかせて聞こうとしていると横から声が聞こえてきた。
「遅れたわ」
急接近していた暗黒とその少女のことなど気にしていないのか、表情を変えることなく鋭い目で二人を見ていた。
銀短髪に鋭い目、シュッと鋭く尖った輪郭に赤い目。
Tシャツ短パンサンダルという恰好だった。
「ギラ。」
「ちちちち、違うんだ!ギラ!」
突然のギラの登場に動揺を隠しきれない暗黒。
「なにが違ぇんだよ。頭大丈夫か?」
冷たい顔で暗黒を見下ろすギラ。
暗黒が慌てふためく様子を見て暗黒の隣へと腰を下ろす。
暗黒の隣、すなわち二人の中間、すなわち少女の隣だ。
そしてその少女に向かって言い放つ。
「なぁ、メイ。俺と付き合え」
はあああああああああああ?!と言っている暗黒を片手で押さえつけながらメイの顔を見続ける。
メイは照れるような様子は見せずにまるでいつものことかのように笑顔で言った。
「お断りよ」
ニッコリと笑うメイ。
その奥で肩をなでおろす暗黒。
中間で舌打ちをするギラ。
彼らはこのようなやり取りをもう何年も前からやっている。
*
首都から少しだけ離れた郊外の高校。
ここに彼らは通っている。
補足だが、彼らは小学校からの仲であり、小中高と同じ学校、同じクラスという呪われているのではないかと思わず思ってしまうほどの腐れ縁であった。
朝。
遅刻ギリギリに来た男は急ぐ様子も見せないまま教室に堂々と入ると一人の眼鏡をかけた男に話しかけた。
「
その声に学習に勤しんでいた鷹峰と呼ばれる眼鏡の男は振り向くと
「ああ
少し不安そうな顔で答えた。
「そうか」
八条は霧春と呼ばれる人物の席を遠くから眺めるとため息を突いた。
「お前がそう言うんならそうなんだろうな。なんだってずっと霧春の席見てるもんな、鷹峰」
ぶっ、と何かを吹き出す鷹峰。
「な、何を根拠にそんなこと…!」
明らかに動揺する鷹峰を見て八条はため息をついた。
「そういうところだ」
八条はそれに、と話を続ける。
「お前は昔っからそうだ。気づいていないかもしれないが…二年前に…」
「だーーー!言わなくていい言わなくて!!」
慌てる様子を見て思わず笑う八条。
「まぁ心配してるのは一緒だ。今日見舞いにでも行くか」
「そ、そうだな」
鷹峰が了承すると朝のHRの始まりを知らせるチャイムが鳴った。
その音とともに八条は自分の席へ、鷹峰は姿勢を正した。
*
窓からオレンジ色の光線が教室に降り注ぐ。
終業を知らせるチャイムが鳴る。
その音とともに一斉に座席を離れようとするクラス一同。
まるで座席に縛られていたことに嫌気がさしていたかのようだ。
八条は立ち上がると鷹峰の席へと向かった。
といっても、鷹峰の席は教室に入って真っ先に目にする一番後ろの廊下側だ。
だから嫌でも鷹峰の席を経由することになる。
「結局、今日来なかったな」
八条が遠くの方を見ながら話しかける。
「…うん」
顔に影を作る鷹峰。
「そんなに心配すんなって」
白い歯を見せながら鷹峰に笑いかける八条。
「心配なんか…!」
否定しようとしたが言葉が詰まる。
その否定は彼にはできなかった。
「心配してるんだろ?」
「…」
押し黙る鷹峰を見て八条は言った。
「俺も同じだ」
顔を上げた鷹峰の目にはオレンジ色の光に当たって輝く八条の顔があった。
その顔からは不安の色が感じ取れた。
「さ、行くか」
八条の声に頷き、鷹峰は席を立つ。
*
霧春という表札を見て確認を取る鷹峰。
「何度も来たことあるだろバカ」
「う、うるっさいな!」
八条は何のためらいもなくインターホンを押す。
するとすぐに「はい」という女性の声が聞こえてきた。
この声は母親だ。
「すみません。芽衣奈さんいますか?」
八条の声だとすぐ気づいたのか、二人は入ってきてと言われた。
流石は昔からの幼馴染なだけあった。
玄関に入ると二人用のスリッパが置かれていた。
そしてその横には優しい笑みを浮かべた美人な女性が居た。
「よく来てくれたわね。さ、入って。芽衣奈の部屋はわかるわよね?」
「お、おじゃまします…」
「おじゃまします」
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えた二人は二階へと伸びる階段へと向かった。
その道中、鷹峰は芽衣奈の母親に聞いた。
「芽衣奈さんの様子はどうですか?」
「うん。今日お医者さんに行ったのだけどね。今のところ問題はないみたい」
引っかかったのか、八条が聞き返す。
「今のところ?」
すると母親は少し暗い顔になった。
「大丈夫だとは思うのだけどね?少し…あのゲームは止めたほうがいいって言われちゃった」
言いにくい様子で二人に告げた。
その表情は悲しさで溢れていた。
二人は残念に思ったが、この話は前にも聞いたことがあった。
芽衣奈がとある病に掛かっていること。
そしてそれはVRMMO空間に入ることで悪化する恐れがあるということ。
そしてそれは、まだ治すことができないということ。
病名等は英語やら数字やらで記憶はしていなかったが、概要は教えてもらっていた。
「それを聞いて芽衣は?」
八条が母親に聞く。
すると苦笑いをしながら
「それが…芽衣奈はやるって言って聞かないの。ここにしか私の居場所がないーって言って」
すると鷹峰が真顔で母親に言う。
「止めさせてください」
母親はその真剣な眼差しに思わず怯んだ。
「ここで親が言わないでいつ言うんですか!芽衣奈が大切じゃないんですか?!」
「おい、落ち着けって」
八条に宥められるも、鷹峰は止まらない。
「僕も芽衣奈に説得します。だからお母さんもお願いします!」
それは必至の懇願だった。
それは親に対しての強烈なクレームでもあった。
芽衣奈の母は右手で左腕の二の腕あたりをつかみながら頷いた。
「ごめんなさいね。しっかりしていない母親で。あなたたちのほうがよっぽどいい親になれるわ」
自虐し、目の前の青年たちを褒める芽衣奈の母。
ニッコリと笑うその口元だが、目は笑っていなかった。
芽衣奈の母に二階へ行ってあげて、と催促されたため、二人は階段を上って二階へ向かうことにした。
その際八条は母親に聞く。
「その腕どうしたんすか?」
腕を抑える芽衣奈の母を見て八条が聞く。
すると明らか動揺したように目を泳がせると何でもないのよ、と言って奥の部屋へ笑いながら去って行ってしまった。
*
コンコン。
八条が「めいなの部屋」と書かれたプレートがぶら下がった扉を指でたたく。
「芽衣。居るか?」
すると部屋の中からえっ?!という声が聞こえ、それとともにバタバタと足音が鳴り響き始めた。
「芽衣奈?入るよ」
鷹峰の声に部屋の中からは、ちょっと待っ…キャーという悲鳴の後に続いてどんがらがっしゃーんという何かが崩れた音が聞こえた。
八条は一つため息をつくと
「お前の部屋が汚いことは知ってる。入るぞ」
またもや躊躇いもなくドアを開ける。
「待って、女の子の部屋…」
ガチャリと開けるとそこには下着姿の華奢な体つきのした少女が立っていた。
頬を赤く染めながら、ちょうどズボンを履こうとしているところだった。
周囲にはゲーム機やらコード類、衣類や下着類が散乱していた。
「な、な、な、なんで入ってくるのよーーーーー!!」
精一杯怒鳴る芽衣奈。
だが、その姿を見ても八条は
「え、だってここお前の部屋だろ?」
「そうだけど!そういうことじゃない!!」
「うわー、変わってない…」
「
頭を抱えながら年頃の乙女の部屋にずかずかと入っていく二人の男を見て芽衣奈はため息をついた。
「いいじゃねぇか。何回も来たことあるんだし。」
「そ、そうだけど!タイミングってものが…」
「ん?もしかして恥じらい持ってんのか?その小さな胸を見られることに」
ガンッ!
芽衣奈は近くにあったゲーム機のコントローラで八条の顔面を叩いた。
「
八条竜也を倒した後、芽衣奈は近くに落ちていた服を着ることに成功した。
鷹峰慎は流石に衣類は片づけられないため、テレビ周りのコード類を片付けていた。
「片付けできないのは昔から変わらないね」
鷹峰に言われると情けなさそうに頭を掻きながら頬を赤らめる。
「いつもごめんね…」
「全然大丈夫。むしろ変わって無くて安心したよ」
鷹峰はそう言うと笑って見せた。
八条が起きた。
周囲を確認すると芽衣奈と鷹峰が一緒に笑いながら片付けをしている。
八条は、俺の部屋もこんな感じだな、鷹峰呼んで片付けさせるか、などと考えていた。
それにしても、楽しそうにしてるな。
八条は芽衣奈と鷹峰の様子を見て思わず笑みがこぼれた。
よしっ、と勢いよく立ち上がると八条は鷹峰動揺片付けを始めた。
それはこの部屋に散らかる半分近く存在する、鷹峰が避けたジャンル。
すなわち衣類(下着)である。
「この部屋には
八条の言葉に気付き、八条のほうを振り返る芽衣奈。
「箪笥はあるんだけどね、入れるのがめんど…って!何してんの!!!」
またもや雷が落ちる。
芽衣奈が足元に落ちていたゲームソフトのパッケージを思いっきり蹴り飛ばすとそれは見事に八条の顔面にヒットした。
「いって、何するんだよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
芽衣奈が怒鳴る。
「なんだよ。俺も折角片づけてやろうと思ったのに」
「それは嬉しいけど、服はいいの!それよりもさぁ、竜也。下の階から飲み物でも持ってきてくれない?」
「なんで俺が…ここのこれとか片付けてたほうがいいんじゃないのか?」
そう言うと八条は手元にあったブラジャーを手に持ち、芽衣奈に見せる。
フルフルと震える芽衣奈。
怒鳴り声とともに八条は部屋を追放された。
人数分の飲み物を持ってくる任務を課せられて。
*
八条が階段を下りてキッチンのあるほうへと向かうと芽衣奈の母が電話している声が聞こえた。
耳を澄ますと何やら泣いている様子だった。
《なんで今日も帰りが遅いの?…残業?また?!》
八条は話し相手が芽衣奈の父だと思った。
《…またそうやって誤魔化して…本当は浮気でもしてるんでしょ?!》
八条は芽衣奈の父親の顔は知らなかった。
しかし、どうもこの雰囲気でキッチンに入っていくほど非常識な奴でも、空気が読めない奴でも、肝が据わっている奴でもなかったので八条は外の自販機で買ってくることにした。
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