第31話 社長の方針 Plan ver.Director

 4月8日。


  「レベル20以上限定 組織ギルド対抗PvPブロックトーナメント大会」についての詳細がまだ発表されていない頃。


  ゲーム会社「ZONE」では、社長である澤田さわだ和俊かずとしが何かの勝負に負けたかのように椅子の後ろに体重をかけて倒し、目を閉じていた。


  「うまくいかないものだね……やはり、そう簡単には公表させてくれないか。」


  社長は椅子を元に戻すと目の前にある大きなモニターに目を向ける。


  そこには洞窟のような場所がかなり高い目線からその場所を映していた。


  社長の机の上には1つのモニター。


  机を挟んで社長の反対側にあるのは、何人かの倒れる技巧師たちと長々と伸びた配線と巨大なコンピュータ。


  先程からずっと赤や青に点滅している。


  「しゃ、社長……。もう"外部操作NPCAI"プログラムを切ってもいいですか……」


  倒れそうな顔を青ざめた1人の技巧師が言う。


  そんな技巧師の顔色も気にすることなく、社長は


  「ああ、切ってもらって構わないよ。ご苦労さま」


  と軽く答えた。


  技巧師たちはガクッと遠くで肩を落とした。


  なんとか立ち上がるとパソコンを持ってコンピュータの活動停止を命じるコマンドの入力を始めた。


  「それにしても、私の演技力は凄かっただろう?彼は初め私を本物の"ドラゴン"だと思ったに違いない!」


  技巧師たちとは対照的に楽しそうな顔を見せる社長。


  そんな社長に1人の作業中の技巧師は口を開く。


  「そうかもしれないっすね……。にしても、こんなことしてまで彼を公式プレイヤーとして公表したかったのはなんでなんですか?」


  たくさんの重労働をしたんだ、このくらいの質問には答えてもらおうと言わんばかりの言葉。


  社長は快く言葉を返した。


  「それはね。このゲームのプログラムの一部が最近ハッキングされる事が相次いであってね。こちらもなんとか対応しているんだが、中々相手もしぶとくてね。それに、単独犯じゃないみたいなんだ」


  社長は一呼吸ついた。


  「そこで、奪われたプログラムを一掃するための最強プレイヤーが至急会社として欲しくなってしまってね。会社が作った冒険者プレイヤーで根絶すればいいという案も出たんだけど、それがハッキングされたらレベルを上げる為に使った"開発者権限"の一部も奪われる危険性があることを指摘されてね。だから一般の冒険者プレイヤーに依頼したいのさ」


  「なるほど、それは正しい判断です」


  技巧師の1人は頷く。


  「でも、彼は少し強すぎる故にそれをコンプレックスとして見ている部分があるらしくてね。君も見てただろう?」


  「いえ、頑張って"黒龍=ヴォルドムス"を操作していたので会話は知らないです」


  まるで嫌味のように言い放った。


  社長は少し口籠ると


  「悪かったさ。こんな急な話に付き合わせたこと。でもこれは会社にとっては欠かせないことなんだ。彼の協力がね。でも、それにはまだ時間がかかりそうだね」


  「時間ですか、」


  「そう。今回のような強引な手は使えないとなると、あとは彼が自分から公表するのを待つしかない。その為に私たちは"機会"と"環境"を整備するのさ」


  社長は堂々たる態度で言った。


  冒険者プレイヤーの行動の自由は十分承知しているらしい。


  「至急彼を必要としているのなら早く手を打つべきじゃないですか?」


  技巧師は手を止め、社長の声に耳を傾けていた。


  「もう手は回したよ。」


  「?」


  「明日から行われる5周年記念イベントであるPvP大会でアカウント共有を許可するんだ」


  「なるほど。それでアカウントを大勢が見ている前で変更させ、公に知らしめすというわけですね」


  「そうだね」


  社長は技巧師の言葉を素直に肯定する。


  「しかし、そんなイベント程度のことでアカウント共有しますかね?アカウント共有せずにすぐに敗退する可能性も否定できないでしょう」


  「いや。必ず彼はアカウント共有をするよ」


  「え?」


  思いもよらない社長の言葉に技巧師は驚く。


  「しかも、私の予想では決勝戦でアカウント共有をして戦うだろう」


  さらに細かな予想まで立ててきた社長に疑いの気持ちを抱かずにはいられなかった。


  「な、なんでそんなことわかるんですか?」


  「一戦彼と戦ってみて、彼のあの真っ直ぐな性格と自分の力を最大限発揮しようとして無理だとしても諦めず闘う姿勢からわかったさ、相当な"負けず嫌い"だとね。彼は例えアカウント共有をせずに負けることを良しと考えたとしてもきっとどこかで引っかかる事がでてくるだろうね。ってね」


  「そんなことまでわかるんですか?」


  「何年この業界にいると思ってるんだね?カスタマーの気持ちを読み取ることは私の十八番だ。」


  自慢げに社長は言う。


  確かに大手ゲーム会社「ZONE」が人気があまりなかったVRMMOに手を出したのも澤田社長の言葉でだった。


  その結果、この5年で世界に誇る最大のアプリケーションとなったのである。


  しかし、社長はそれだけでは満足せず、今回のように自ら率先して会社の危機に立ち向かおうとしている。


  自分の会社だから、という理由も大きくあるとは思うが、それでも行動力は評価に値するだろう。


  社長は立ち上がると技巧師に混ざってコンピュータを動かし始めた。

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