第6話 チュートリアル Explanation

 帰宅後するとまだ陽が落ちていない16時だった。


  クローゼットの中から再びVRHSを引っ張りだすと、SNSクロミナのホーム画面に戻り、1番上に表示されていた[contactしてプレイする]をタップした。


  その後すぐにHS(ヘッド・セット)にスマートフォンを装着し、頭にはめ込んだ。


  するとcontact完了の通知が来るとともに、周りの安全を確認するように指示され、体を仰向けにして寝転がる態勢を勧められたため、それに従った。


  そして遠い先に微かに見える光を追いかけていた戒斗はいつの間にか仮想世界への扉を開けていた。


  「今日こんにちはと今晩こんばんはの狭間に現れた中途半端な人。今日こんにち今晩こんばんは」


  その声の方を向くと紫色の髪をした和装の美女が立っていた。


  紫色の目からは感情は読めなかった。


  だが、手には扇子、足には下駄を履いており、浴衣の紫陽花をモチーフにしたデザインは美しかった。


  (初期設定NPCAIだ……!)


  戒斗はリアルな目の前の美女に心底驚くと共に少し緊張した。


  戒斗はこの世界にcontactを果たす前にこの仮想世界について少し調べた。


  contactを果たすと直ぐに合計4人からランダムで初期設定を説明する初期設定NPCAIが現れるらしい……と。


  確かに記事にあった通りだ。


  因みに参考サイトは『クロミナ最速攻略』である。


  「さて、手短に済ませるよう、致します故。私の名前は"時雨しぐれ"。貴方をCrosslamina ver.6.13の世界へと導く初期設定NPCAIで在りまする。さて。私だけ名乗るのも少し嫌悪を感じる故。貴方の名前を聞かせ願いまする」


  独特な話し方の時雨は手短に自己紹介を済ませると戒斗に名前の登録を促した。


  目の前にキーボードが出て、名前を入力しようとした戒斗だが、その更に前に[SNSと連携する]と表示されたのでそこをタップした。


  なんでも、アプリケーション内で連携する事でプレイヤー名やSNSの知り合いをアプリケーション間で共有することができるらしい。


  SNSで知り合った人は仮想世界でも「フレンド登録済」と表示され直接会うことができ、逆に仮想世界で知り合った人とはSNSアプリケーション内でcontactしなくても繋がることができるという算段である。


  すぐさま[カイト2026]のデータが共有されたのか、話が繋がった。


  「[カイト2026]さん。いい名前ですね。きっとこの世界に馴染めますよ」


  時雨と名乗るNPCAIはニコリと微笑んで見せる。


  因みにモラルに反する名前にした場合は即刻態度を豹変させ、名前変更を強制させられることも戒斗は知っていた。


  「さて。この世界に入るにあたって幾つか注意点を述べさせてもらいまする故。良くお聴きなさい。まず一。このクロミナに自動保存オートセーブされている貴方のデータは貴方にしか使えないことをお忘れないよう。貴方の"目"の情報から判断して、貴方以外の人がこのアカウントを使用することは決してできないことになっている故。要注意しなさいませ。もし自分でデータを消したり他人に貸し売りすることがあらば初期化なさい」


  これによってアカウントの転売を防止するらしく、その精度はとても高いことも知っていた。


  そしてリセマラ事情は、調査人曰く、莫大な情報の保存・通信などによって月に2回程が限界らしい。


  「そして二。若し、スマートフォンからクロミナのデータが消えてしまった時の為に、この番号コードを覚えておきなさい」


  (コード……?)


  戒斗は何か引っかかったが、前に表示された数字の羅列を見るとすぐに思考を止めてしまった。


  [02246497]


  (これが俺のコードか。えーっと、どうしようか。)


 戒斗は一時的に中断し、現実世界で紙に書いておくかと考えたが、


(……contact切るのめんどくさいな。 …………覚えるか。)


  思い立った戒斗は即座に覚える。


  「お……にに……しむよ……あ!"鬼によろしくな"だ!来た!」


  ここ最近の勉強で培った持ち前の記憶力法で暗記を実現した。


  覚えた事を確認すると、時雨は話を次に進めた。


  「三。例え仮想世界であったとしても他の冒険者プレイヤーを冒涜、誹謗中傷するような発言が見受けられた場合即刻出禁にする故。注意なさい」


  時雨の声が少し厳しい口調になる。


  「全ての冒険者プレイヤーが笑顔で楽しめる世界を作るのが我々の仕事故。心掛けだけでも変えて貰えると助かる」


  戒斗はこくりと頷く。


  「さて。次の話。自身のステータスに今から配布する"Point(ポイント)"割り振ってもらう」


  時雨の言葉とともに戒斗の目の前には自身のステータスが表示される。


  1番上にはプレイヤー名。


  その右横にはレベル。(当然1である)


  その下には現在所持しているPoint。


  さらにその下から順に体力(HP)、防御力(DE)、攻撃力(AT)、素早さ(QU)、特殊(SP)、そして魔力(MP)が横に伸びたヒストグラムのように表示されていた。(その表示は全て0を指していた)


  「今。12のPointを付与した故。即刻割り振るがよいぞ」


  戒斗は一瞬考える素振りを見せた。


  これに関しても知識ゼロではない。


  何に割り振ればどういう効果が得られるかは知っている。


  体力(Hit Point)に割り振れば、自身の体力数値を上昇させることができる。


  防御力(Defence)に割り振れば、自身の防御力数値を上昇させることができる。


  攻撃力(Attack)に割り振れば、自身が対象に与える攻撃力数値を上昇させることができる。


  素早さ(Quick)に割り振れば、自身の移動速度及び攻撃速度が上昇させることができる。


  特殊(Special)に割り振れば、剣技や魔法攻撃、物理攻撃などの際に特殊な効果を発揮することができる、いわば"特殊技"を繰り出すことが可能となる。


  魔力(Magic Point)に割り振れば、自身の魔力数値を上昇させることができる。


  戒斗は全ての項目に平均して2ずつPointを割り振った。


  「完了ですね。今の様にPoint割り振りや、仮想世界の地図マップ、自身のステータスを確認したい場合は空に"ディスプレイ"と言って下さいまし。すぐさま今の様な画面が貴方の前に現れます。さて。貴方にして貰う事はあと一つです。貴方の分身となる"アバター"を作りなさい」


  そういうと目の前に今の自分の姿が表示された。


  [カイト2026]を設定した時に男にしたせいか、デフォルトのフォルムが男だった。


  戒斗は何百何千とある顔や身体、髪の毛や黒子ほくろなどのパーツの中から自分の好きな様にアバターを決定した。


  「これでよろしうございますか?わかりました。では最後に貴方にこの世界の最新情報を与えます故」


  時雨は完成した戒斗のアバターについては何も言及せずに話を進めた。


  時雨が話していた内容は大体戒斗は既に耳に入れていた。


  "クロミナ"の世界では今"魔王軍の領域"が1年前に実装されてから東に位置する広大な山々が連なる山脈地帯である"キルタイト"と南に位置する巨木に囲まれた巨大森林がある緑豊かな森林地帯"ガイア"では手先である"悪魔"の目撃情報が多数見受けられるので、初心者はその2つのバトルフィールド、ましては魔王軍の領域ではなく、西側にある草木一本も生えていない荒野地帯「カルム」、北側にある地平線の先まで広がる広大な海「アクア」でのクエストを受けた方が良いとの事だった。


  言われなくとも戒斗はそうするつもりだった。


  何故なら魔王軍の手先である"悪魔"に攻撃され、ゲームオーバーになると1日contactができなくなる(強制放置確定)のだ。


  それだけなら良いものの、何度も挑み、負け続けると徐々に放置確定期間が増えていき、1回負けると1日、2回目負けると2日……と放置確定日数が増えていくらしい。


  初心者の戒斗には魔王軍など無理な話で、上級プレイヤーでも挑む者は敗れていくというのに今日から始めるプレイヤーには論外な話だった。


  それともう一つ話されたことは入会者が一回だけ引くことができる"入会者ガチャ"についての話だった。


  第8区にある大通り「クロス」の一角にガチャ施設があると教えてもらった。


  「これで私の話す内容は全て故。よく最後まで聴いて下さいましたね。有難う御座います」


  ニコリと笑う時雨はそれでも表情はわからなかった。


  どうやら最初のチュートリアルは時雨との会話だったらしい。


  それならこの長かった時間も許せるような気がした。


  「それではあの先にある光の方へ歩いて行きなさい。あの先に貴方の冒険が待っている故。いつも貴方の事を見ておりまする」


  時雨が指差す方向には眩い光が煌々と光っていた。


  戒斗は時雨の方は振り向かずただ光の方へと足を進めた。


  (ま、眩しい……!)


  その思考は一瞬だった。


  眩しいと思い、目蓋を下ろし、開けた時には既にクロミナの世界に足を踏み入れていたからだ。

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