第4話 退院 Restoraction
2026年4月5日。
彼はやっと立ち上がった。
一瞬めまいがしたが、自力で立ち上がることができた。
彼の名前は
5年前、不幸にも心肺停止によってこの病室に緊急搬送されてきた15歳の青年である。
戒斗が長年世話になったこの病室とも今日でお別れだった。
結局5年弱居ることになったこの病室ではいろいろなことがあった。
戒斗は自分の青春の半分はこの病室で過ごしたと思っていた。
(彼の中の青春は中学高校を指している)
だからこそ少しくらい思い入れがあっても良いだろうと考えていた。
ふと戒斗はこの病室であったことを思い出す。
何度、死にかけたことか……と。
でも俺はもう高校生だ、と誇らしげに胸を張る。
実は彼は1年前にはもう病気は治っていたが長期のドクターストップがかかり、結局5年目で病院から出られるようになったのだ。
その1年間は暇だったので高校受験の勉強を中学三年分鬼のようにやっていた。
そのため、近くの高校にはなんとか受かることができた。
というわけで、戒斗は高校生になったのだ。
しかし、気がかりな点が一つある。
戒斗には1人も友達がいないかった。
小学校の友達は入院当初は来てくれていたみたいだが、今となってはゼロになった。
その事実が彼に友達がいない事を裏付けている。
まぁいいと頭を振り、嫌なことを強制的に忘れようとすると病室から病院の通路に出た。
久しぶりに外の空気を吸うことがとできることに喜びを覚えた。
戒斗はまるで牢獄から釈放されるような自由を感じた。
ウィィン……と病院の正面玄関の自動ドアが開くと新鮮な空気が体内に一気に取り込まれた。
夕陽が身体に染みる。
その光は戒斗の身体を必要以上に照らしていた。
まるで新しい世界に転生したかのように。
外には戒斗の母親が待っていた。
車の方へ歩いていく俺を見て戒斗の母親は口を開いた。
「良かったわ、戒斗…この車のことは覚えていたのね」
そう、戒斗は薬の副作用で記憶障害を起こしたのだった。
そのため、昔のことを全ては覚えてはいない。
覚えていることの方が多いと思うが、忘れてしまったことも少なからずある。
戒斗は母親の車で近くの携帯ショップに行った。
新しい携帯を買ってくれるそうだ。
なんせ前まで使っていた携帯は充電プラグに刺さったまま長年放置されていたらしく、なんかの拍子に壊れてしまったらしい。
(全く、何をしていたんだ?5年前の俺は)
そんなことを考えながらも携帯ショップに到着、早速選び始めた。
戒斗は携帯を見て心底驚いた。
5年前とは全く形状も機能も変わっていたからだ。
殆どが超薄型・超軽量モデルとなり、ガラケーはほぼほぼ消滅していた。
中にはVRHSと一体型の携帯もあったが、それは携帯としてはどうなんだ、と疑問を募らせた。
目を輝かせながら携帯を見ていると殆どの携帯の画面にわからない言葉が表記されているのに気づいた。
その言葉は、「この機種は‘‘クロミナ‘‘の最新バージョンに対応しています」
クロミナってなんだ?
何かの略語らしいのだが、全く知らなかった。
5年の間に新たに生まれた言葉、もしくは携帯の新機能なのか。
判らなかった。
その後、適当に最新機種のスマートフォンを買って携帯ショップを出た。
その後、20分程で家に着いた。
家に入ると「懐かしい」の一言に尽きた。
玄関も、リビングも、キッチンも全てが懐かしく思えた。
ふと、2階にある自分の部屋で佇んでいた。
こんな所だっけ……?
六畳間の空間はベッドとオフィステーブル、それと空になった棚以外は何にも無かった。
どういうことだ?
考えられるのはただ1つ。
「お母さん!俺の部屋片付けた?!」
お母さんの返答は即答だった。
「ええ。片付いているでしょう?」
戒斗は憤るように更に問いかける。
「なんで片付けちゃうんだよ!ここには俺の思い出やらなんやらが一杯あったでしょ?!」
「あら。片付けてくれてありがとうって言ってくると思ったわ。それはごめんなさいね。でも"なんやら"ってほぼ覚えてないじゃない」
「あーー!!だからこの歳になってその思い出の品を見て思うことがあるだろ?わからないかなぁ!」
戒斗は誤魔化すように大声を出すと共に男の子の気持ちを精一杯に主張した。
しかし、その言葉は通じなかったのか、母親が居る1階のリビングから一言「ごめんねー」と聞こえただけだった。
思い出の品に浸ることも出来なくなり、戒斗はこの少ない情報量で過去の自分を思い出そうとする。
色々と触ったり見て回ったりしているとタンスに行き着いた。
タンスというか多分服とかを収納するためのクローゼットだ。
開けてみるとやはり思った通り服は何も入っていなかった。
確かに少しは感謝すべきなのかもしれないと思い始めていた。
小学校からの服がまだ入っていたらそれはそれで片付けとかを考えるだけで嫌気が差す。
この部屋だってそうだ。
母親が何もしてくれなかったらこの部屋だけ小学校の頃から時間が止まっている状態になるのだ。
何が好きで、何をしていたんだろう。
戒斗は今考えても仕方がないと思い、明日から始まる高校生活の準備をすることにした。
買ってもらった黒色ベースの制服を見てつい口元が緩んだ。
鞄に必要な物を詰め込むと、ベッドに寝転がった。
そして初期設定の終えた自分の携帯を覗き込んだ。
そしてアプリケーションストアで一番人気だったSNSアプリケーション、
「 Crosslamina」をダウンロードすることにした。
ここでやっと携帯ショップでありとあらゆるところに書かれていた略語の意味がわかった。
「Crosslamina」とはSNSアプリだったのだ。
ダウンロードを終え、アイコンをタップし、始めると、会社名が出た後に壮大なBGMと気合の入ったムービーと共にアプリケーション名である「Crosslamina」の文字が浮かび上がった。
今のver.(バージョン)は6.13であった。
するとオープニング画面が表示され、そこには 1番上には「contactしてプレイする」2番目には「contactせずにプレイする」と書かれていた。
それを見た戒斗はなぜか既視感を覚えてならなかった。
まるで過去の自分が何かを伝えているように。
コンタクトってなんだ?
戒斗は思わず右下に表示されていた「?」アイコンを押す。
そこには沢山の設定の仕方やら注意事項やらが書き記されていた。
その中からやっと御目当ての記事を見つけた。
[contactとは?]
戒斗は下にスワイプしていった。
[専用のVRHS (ヴァーチャル・リアリティ・ヘッド・セット)を使用し、"クロミナ"の世界へ
戒斗は深く関心するとともに自室のクローゼットに何故か目がいっていた。
なんでクローゼットなんか見てるんだろう。
しかし、そう思いながらも足は立ち上がり、クローゼットを開けていた。
そして服が何も入っていない所の上に何やら黒い箱の様な物を見つける。
背伸びをして取るとそれは箱に入った……
「VRHS?!」
なんで突然これを手に取ったのかはわからない。
でも何故か頭の中に浮かんでくる。
「うっ……!」
キーンという耳鳴りと共に何かが頭の中を錯綜する。
これは……。
耳鳴りは治まった。
原因はわからないが、これを持っているということは昔からやっていたに違いないと戒斗は考えた。
過去の俺が
まさかな、と考え改め、運良く見つけたVRHS (ヴァーチャル・リアリティ・ヘッド・セット)を折角なので使うことにした。
ガチャン……。
「!」
スマートフォンをHS(ヘッド・セット)に取り付ける作業の手際の良さに自分でも驚いた。
(さて、その
と、思い立った矢―――。
「ご飯よーー」
ズルッと滑りそうになった。
確かにもう19時を回っている。
久しぶりの家のご飯も食べたい。
「今行くよ」
返事をした後、HS《ヘッド・セット》から携帯を取り出すと机の上に置いて放置した。
後でやろうと考えていたが、戒斗の退院祝いパーティーやらなんやらで、結局次の日までクロミナの世界へ接続することは叶わなかった。
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