第3話 4年後② New event

 

 ここは「Crosslamina ver.5.12」の中の中心都市、「Lamina(ラミナ)」の第二区にあるカフェ「ラミ=cafes 第二区駅前二号店」。


  暗いバーのような雰囲気のカフェではなく、どちらかと言えば大衆向けのファミリーレストランのような内装で、西側の向かい合う席には何枚もの窓が貼られ、夕日が眩しい程に差し込んでいた。


  この世界でのカフェの存在意義は待ち合わせ場所に使用したり、作戦を立てる場所に使用されたり、またはギャンブルが行われる場所としても使われている。


  カフェ「ラミ」には何人かの客がいた。


  カウンターにはマスターがいた。


  流石にNPCである。


  だが、ただのNPCではない。


  この世界に存在する全てのNPCは自分の意思を持つ高レベルのAIが搭載された、通称"NPCAI(ノンプレイヤー・キャラクター・アーティファシャル・インテリジェンス)"である。


  日々のプレイヤーとの会話パターンや行動パターンなどで進化し、自ら成長するNPC。


  それがNPCAIである。


  カフェの中の客に2人の男が話していた。


「なあ、聞いたか?エルメス…超強い人の話!」


 するとエルメスと呼ばれるタンクトップから溢れんばかりの筋肉をつけた口に黒い鬚を生やした男が頷いて答えた。


「ああ、知ってるとも。なんせその人は3年前から始めて3年間放置してたんだったよな、まじすげーよな!」


「ああ、でもこんな面白いゲームよくプレイせずにいられたよな、俺なんか毎日やってなきゃ気が済まねーぜ?」


「でもこのゲームの醍醐味は放置だからなぁ…放置すればするほど強くなる!…でも運営は意地悪だよな、どんどん面白いイベント導入してくるしさ〜」


「放置させる気ねーよな」


 二人はそれなーとお互い笑いながら話していた。


 それから二人は顔を見合わせ、話を変えた。


「それとさ、サクヤ…伝説の剣の話、知ってるか?」


 サクヤと呼ばれる金髪スーツにグラサンのいかにもヤクザっぽい男は答えた。


「もちろん知ってるとも。ゲームが導入された直後のガチャで低確率で排出されたこの世界に一本しかない幻の剣だろ?あれは今誰が使っているのか謎に包まれていて、今もなお使用されていなくて力を蓄えてるっていう噂もあるっていう…」


「そうだ、その剣が新しく実装されたダンジョンの中に隠されてるかもしれないって言う情報が手に入ったんだ!」


 サクヤは目を丸くした。


「ほ、本当か!?それだったら行くしかねーじゃんか!」


 サクヤとエルメスは興奮していた。


 二人はダンジョンに行くことを決意し、すぐさまその場所に向かった。



 *



  風を切るような音とともに颯爽と現れた2人は、今日実装されたダンジョンへ行くために中心都市第8区大通り「クロス」にある"共通ギルド"にやってきた。


  「ほんと、便利よなー"転送魔法テレポート"。まぁ自分の魔力が結構削られるのが痛いけどなぁ」


  「電車で移動すんのも良いけどなぁ。ゲームの中くらいは魔法でヒュン!と行きたいよな」


 "転送魔法テレポート"とは自身の体を特定のポイントに転送させることができるとても便利な魔法である。


  ただし、述べたように"特定のポイント"にしか自身の体を転送させることはできないので、細かい"第7区のゲームセンター"などへ移動することはできないのだ。


  移動できるのは各区2カ所ずつに設置された"転送装置"から移動先の"転送装置"へのみだ。


  「うわっ、まじかよ……」


  サクヤはあからさまに嫌な顔をして共通ギルドの方を見た。


  そこには大きな人だかりができていた。


  「おいエルメス、俺らだけの情報じゃなかったのか?」


  「情報が意図的に拡散されていたみたいだな、流石に俺ら2人だけの情報じゃあ差別が生じちゃうからな」


  サクヤは渋々共通ギルドの方へ歩いて行った。


  そこは巨大な建物だった。


  大きな龍の頭が入り口の上に建てられ、その口の中に入るような入り口になっていた。


  周りには巨大な城の城壁をも連想させてしまうような美しい砦が建っており、沢山のプレイヤーが歩き回っていた。


  2人は巨大なカウンターに行き着き、そこでクエストの申請をした。


  そこでは受付嬢が対応してくれた。


  勿論NPCAIである。


  「はい。わかりました。【ダンジョン探索 Lv.未知数】のクエストの申請ですね」


  サクヤが頷くと受付嬢NPCAIはにこりと営業スマイルで快く承認してくれた。


  その受付嬢には沢山のプレイヤーが参加している事、レベルが未知数なので十分気をつける事を言われた。


  2人は慣れたものだ、と余裕の表情でクエストが行われる場所へ向かった。


  場所は中心都市を中心としてその東側に位置するフィールド、広大な山々が連なる山脈地帯「キルタイト」の鉱山発掘エリア第12区画だった。


  共通ギルドの転送装置から"転送魔法テレポート"をすると僅か5秒で「キルタイト」に到着した。


  "転送魔法テレポート"の他に中心都市の一番東に位置する第17区にある中心都市大東門からバトルフィールドに出て、歩いて向かうこともできる。


  が、殆どは時短のために"転送魔法(テレポート)"を行うのが現実である。


  2人は到着とともにそれぞれ武器を装備した。


  因みに、クロミナプレイヤーの多くはファッションの理由以外で武器を装着するものはあまりいない。


  何故なら、中心都市では武器の使用が禁止されているからだ。


  中心都市の周りにあるモンスターなどがいるクエスト対象地域とは異なる

 "絶対安全地帯アブソリュート・セイフティ・エリア"のため、武器の使用意義が存在しないのだ。


  勿論、闘技場など使用意義が存在する場所においては使用が許可されているが。


  そのためこの2人もバトルフィールドに着いてから武器を装備するスタイルであった。


  それは決して珍しく無い。


  サクヤは長い刀を、エルメスはハンマーを装備した。


  2人は慣れたように「ディスプレイ」と言うとマップをすぐに開き、目指すポイントを確認した。


  そしてそれとともに沢山の白い点が確認できた。


  何千、いや、何万ものプレイヤーだ。


  山々に囲まれているが、人だかりができている場所だけ大きく開けているこの場所は人で溢れていた。


  2人はその人だかりの方へと足を進めた。


  すると何やら大きな人だかりができていたことに気がついた。


  さらにそこにいるとある"騎士"の存在にも気がついた。


  サクヤとエルメスは顔を見合せた。


  「あれは…」


 サクヤとエルメスの目の前には鉄の鎧で身を固めた騎士が立っていた。


  そう、あの騎士こそが先程話していた3年間放置していた現世界最強のプレイヤーと呼ばれている……


  「"聖騎士デュラム"!!」


  2人は大きく声をあげた。


  2人は見るのは初めてだった。


  聖騎士デュラムは大きな組織ギルドを形成してこのダンジョンを攻略しに行くそうだ。


  「なぁ、サクヤ、俺らも入れてもらうか?あの人について行ったら攻略できそうじゃね?」


  「…いや、やめようぜ?エルメス…俺らは組織は作らない、入らないって決めたじゃねーか。それに、ついて行った所で得られるものは少ないだろ?」


  エルメスは少し考えるとそうだな、と言って考えを改めた。


  聖騎士デュラム一行がダンジョンに入ろうとした次の瞬間。


  「おいエルメス…なんだこの黒い大きな点は…」


  サクヤが見ていたマップには1つの大きな黒い点が存在していた。


  黒い点は敵モンスターNPCAIの表示を表す。


  するとそこには、頭から角を生やし、羽を生やしたあたかもファンタジーの世界の悪魔のようなモンスターが立っていた。


  そのモンスターは耳にまで被害がありそうなほどの叫びをすると周辺一帯を爆発させた。


  その周りにいた聖騎士組織一行もろとも。


  【闇:爆発魔法=暗黒爆球ダークボール


  次から次へとその悪魔のようなモンスターは地面にその魔法を落とし、そこでは決まって大爆発が起きていた。


  1つの爆発で1000人は倒れている。


  組織一行のレベルがそんなに高くないといっても、中級レベルくらいのプレイヤーの集まりだ。


  そうなってくるとゲームバランスがおかしい。


  「ふざけやがって!」


  1人の剣士が剣を構え、自ら魔法を唱え、間合いまで詰め寄った。


  【風:飛躍魔法=疾風飛躍ウインドジャンプ


  そして剣を振りかぶる。


  【剣技ソードスキル=疾風斬しっぷうざん


  身体を回転させながら体重をかけて重みが増したその剣は風の力で更に強化される。


  しかも相手は魔法の使いすぎによりその反動で動けない状態に。


  確実に直撃する。


  「もらった!」


  しかし。


  ガギンッ!という音と共にそのモンスターの身体で剣が静止する。


  まるで鉄に剣を打ち付けたような感じがした。


  相手は鉄の鎧なんか装備していない、いや、装備していたとしてもこの攻撃の直撃で100%無傷でいることなんてほぼできない。


  そのプレイヤーは一気に力を失い、地面に落下を始めた。


  しかし、それを黙ってモンスターは見ていなかった。


  「……っ!しまった!」


  上を取られたプレイヤーは一気に不利な状況になった。


  そして、そのモンスターが上空からそのプレイヤー目掛けて魔法を放つ。


  【闇:爆発魔法=暗黒爆球ダークボール


  直撃した。


  しかし、当たったのはそのプレイヤーではなく、聖騎士デュラムが放った魔法に当たった。


  相打ちだ。


  さらに聖騎士デュラムは空かさず魔法を唱える。


  【炎:追尾射撃魔法=射撃炎弾フレイムショット


  聖騎士デュラムの手から5発ほど放たれた炎の魔法は一直線にモンスターに向かっていく。


  モンスターが何かを察したのか、横へ避けようとする。


  しかし、聖騎士デュラムの追尾射撃はそれを逃がさない。


  またも5発の魔法が直撃した。


  しかし。


  その魔法によって生成された煙幕の中からは瀕死の状態のモンスター……ではなく、全くの無傷のモンスターだった。


  その状況を少し離れた大岩の後ろから見ていたサクヤとエルメスは何が起きているのかわからなかった。


  「攻撃が効かない……だと?」


  「聖騎士デュラムの魔法も効かないってなると……やばくないか?」


  エルメスの予想は当たったのである。


  聖騎士デュラム一行はもはや聖騎士デュラム1人となっており、装備した剣を振りかぶり、そのモンスターと戦っていたが、全く攻撃が効かない相手の方が優勢なのは間違い無く、そのまま5分ほどの戦いの後、勝敗が決した。


  聖騎士デュラムが地面を舐めた。


  サクヤとエルメスはどうすることもできなかった。


  しかしそのモンスターの足音がこちらに近づいてくるのが分かった。


  サクヤはこのままではまずいと、エルメスに伝え、逃げることにした。


 後ろを振り返らず、真っ直ぐな道を走り続けた。


  バトルフィールドから抜け出すために、あの転送装置へ向かうために。


  すると一瞬そのモンスターが後ろに姿を見せたかと思うと、画面がうっすら白くになり、一度も見たことがなかった、気絶したことを知らせるとともに、復活のチャンスがあるカウントダウンが表示された画面が出てきた。


  このカウントダウン中に他のプレイヤーが気絶中の自分を蘇生させることで復活することができる。


 しかし、2人とも気絶したらしい、カウントダウンは100秒から0になっていた。


  目が覚めるとそこはクエストへ行く前にセーブされた地点、即ち共通ギルドにある転送装置前に来ていた。


 このゲームは中心都市では常にセーブされる、自動保存機能オートセーブシステムが展開されているためだ。


  周りを見渡すと2人と同じようなプレイヤーがゴロゴロいて、今のは何だったんだと話し合っていた。


  中には受付嬢NPCAIに抗議するプレイヤーもいた。


 するとそれと同時にメールが届いた。


 このメールはプレイヤー全員に配布されるもので、閲覧できないプレイヤーは存在しない。


 エルメスが読み上げた。


「【緊急イベント"魔王軍襲来"】!?」


  「ま、魔王軍?!」


  周りでも同じメールを見たのか、ざわついている。


  サクヤが聞き直すとエルメスは続けた。


  「【先日探索クエストが行われ、その場所が"魔王軍の領域"だったことが判明した。場所は東のバトルフィールド"キルタイト"から南のバトルフィールド"ガイア"の間だ。今あげた2つのバトルフィールドでは度々魔王軍の手先、"悪魔"と呼ばれるモンスターが発生している。この2つのバトルフィールドには悪魔が出現する可能性があることを承知しておいて欲しい】だって」


  つまり、東に位置するバトルフィールドである"キルタイト"と南に位置するバトルフィールド"ガイア"の間に新たな"魔王軍の領域"というバトルフィールドが追加され、そこで新たなクエストが展開される、といった新クエスト及び新バトルフィールド追加のお知らせだ。 


  2人はとても驚いた。


  それは「クロミナ」をプレイする全てのプレイヤーがそう感じただろう。



 *



  それから半年。


 プレイヤーは何度も、何万人もこのクエストに挑戦した。


  しかし、運営の製作ミスなのではないかと思うほどの強さであるため、クエストをリタイヤする人も多々いた。


  しかも、魔王軍に負けると1日プレイすることができなくなる(つまり強制放置確定)ペナルティも兼ね備えられていた。


  このクエストは攻略できない……。


  誰もがそう感じていた。


  そして、いつしか"伝説の剣"の存在を信じ、待つものも現れた。


  そして、魔王軍の襲来から1年が経過した5周年アニバーサリーの日がやってきたのである。

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