第2話 贈与士ギルド

 春も過ぎ花は散って、日に当たった葉の緑が木々を彩る。

 やや白みがかった赤いレンガが特徴的な、ギルド本部へと続く並木道を、俺ことレガロは師匠であるミアとともに歩いていた。

 贈与士ギルド王都セラム本部は大学として使われていた建物を再利用している。

 贈与士という存在もギルドの歴史もまだ数十年ほどでしかないが、やや風化したレンガの味や、大学時代から引き続き使われている時計の意匠など建物全体の雰囲気が、権威あるように見せている。


「こうしてみると、建物だけは立派なんですよねぇ」

「師匠、言葉を選んでください」


建物を見上げつつ言われた身も蓋もない感想に、弟子としては思うところはありつつも釘をさす。対して、師匠は無邪気な、それこそ天然な村娘の印象そのままの笑みを浮かべると口を開く。


「“言葉を選べ”って言うことは、レガロ君も同感ってことですよね?」

「……」


 悪意なさそうな表情に反して、意地の悪い指摘に俺は黙秘権を行使する。

 最近贈与士ギルドの役割は拡大傾向だ。贈り物を依頼人の要望を聞き紹介するという贈与士本来の役割以外にも、商会とコネを作って手広く販売したり、贈与士という仕事を拡大解釈して独自に国営ではない運送業、郵便業を始めるなど、請け負う仕事は多岐にわたっている。

 良し悪しもあるが、その商売の広げ方は他のギルドから、節操がない、と白い目で見られていた。


「ギルド長の手腕がいいのは認めますよ、商会とコネを作るのも、互いに相乗効果になりますから。ただ、行き過ぎて商会の思惑どおりに無理に流行を作って広めようとするのは、ギルド自体の信頼度を損ねてしまうと思うんですよね」


 言葉だけ聞いていたら、まっとうなように聞こえただろう。だが。


「あれ? 先日、私的な思惑からコネを利用して料理関係の流行を広めてしまった人がいたような……」


俺が指摘をすると、ぎくり、とミアが気まずい表情を浮かべて視線をそらした。


「そ、それは……そう、異文化交流と発展、それによる未知の発見のためには仕方がなかったんです!」


 普段、言い訳するにももっと流暢なのだが、その言葉は珍しく歯切れが悪い。

 先日、ある依頼を請け負う傍らで、ミア自身の伝手を利用して料理に関する流行を広めたのだが、その勢いはそのあともとどまるところを知らず、最近では弁当といって、保存のきく手作りの食べ物を持ち歩く新たなブームが生まれつつあった。

 ミア自身にも制御不能となったその流れは、もちろんギルド長の知るところとなり、当然のことながらお説教をもらうことになった。さらにはミアの師匠であるルチアさんからも手紙でお小言を言われてしまったそうだ。


「いや、まさかここまで広まるとは思わなかったんですよ……」

「その辺フォローしろって言ってましたよね。知識の浅い人が危険な食物に手を出そうとしたり、今後食中毒にならないよう危険を呼びかけろって」

「はい、なのでその辺陛下にも頼み込んで大臣に動いてもらってます。今度お詫びの挨拶に行かないと……」


 気が重そうなミアの言葉であるが、自業自得である。

 いつもはふわふわと揺れる亜麻色の髪が、うなだれる頭とともに心なしかしょんぼりとした気持ちを表すように揺れた。


 ◇



 ギルド本部1階ホールに入ると、いつものように多くの人で賑わっていた。

 入ってすぐの基本的な依頼受付窓口。

 その隣にあるのは贈与物の配達受付窓口に、ラッピング受付。

 贈与に適した様々な品の目録がおかれたラックに、季節の行事にまつわる品物や、冠婚葬祭など年中通して行われる行事に適した品物を紹介するブース。

 そして、奥のスペースには、ギルド直営のギフトショップが設置されていた。

 ここに来れば、贈与物に関する悩みは一通り解決できる。

 各ブースへとつながる中央通路を歩いていると、ミアが配達受付のところで順番を待つ、モスグリーンのコートを着た壮年の男性に目を留めた。


「エルンさん?」

「ん? おお、ミア嬢じゃないか。レガロ君も今日は一緒か」


 やや暗めのベージュの髪を撫でつけ、ひげを口元で短く整えた紳士が朗らかにミアと俺に微笑みかけた。


「珍しいですね、こちらまで来られるなんて」

「なに、ちょっと特殊な配達を頼みたくてね」

「もしかして、新しい曲を作られて、贈られるのですか?」

「い、いやそういうわけじゃないんだが」


 ミアが目を輝かせて問いかけるとエルン氏が微妙な表情で否定した。

 エルン氏は音楽家で、貴族の依頼で曲を作ることもあるが、市民向けに売り出すこともある幅広い作曲家として有名だった。最愛の女性に、贈与ギルドの配達部を通して数回に分けて曲を贈ったエピソードは有名で、そのバラードは貴族から市民まで幅広く愛されている。……その恋愛が成就したかどうかはまた別の話であるが。

 ふと、俺はエルン氏が腕に抱えている小包の存在に気づいた。


「もしかして、それが贈られるものですか?」

「ん? まあ、そんなところだ」


 小包は30センチメルテルほどの大きさで、エルン氏の持ち方から見るに、ずっしりとした重さがありそうな様子だ。ただ、さっきから話があまりはずまない。ここに来た目的についてあまり語りたくなさそうな様子に訝しさを感じた。エルン氏はいつもはもっと饒舌だからでこそ、なおのこと不思議に映る。


「お次の方、どうぞー」

「どうやら順番がきてしまったみたいだ。これにて失敬」


 予想にたがわず、エルン氏は受付から呼ばれるとそそくさと行ってしまった。


「どうしたんでしょうか?」

「ええ」


 いつもだったら、このようなことがあって、それでこれを贈るつもりで云々と長々と近況を話してくれる人なのだが、歯切れの悪さに首をかしげると、ミアも同じように感じたのか、眉根を寄せて考え込む。


「あれ、レガロじゃないか?」


 別方向から声をかけられて振り向くと、気弱そうな笑みを浮かべた20代半ばぐらいの細身の青年、ティムがいた。きちんとした格好をしていれば、モテそうなのに、革製のオーバーオールにはこびりついた機械油で黒ずみ、そばかすの浮かんだ鼻頭にも機械油がついてしまっている。


「ティム、もしかして仕事途中か?」

「そう、この建物の時計塔の調子が悪くてね、それで修理依頼が来たんだ」

「またですか……古い建物ですからね」

「あとついでにこのホールの柱時計の修理も頼まれてね。時計塔の方が終わったからこっちに来たんだ」


 人の好さそうな笑みをティムが浮かべると、あはは、と力なく笑った。


「ちゃんと、お代もらっていってくださいね。ギルド長、本当に甘えてしまうので」

「おまけみたいに頼まれたかもしれないけど、柱時計の修理分はまた別だからな」

「いいよ、別に。このぐらい軽くできるし、、お代もらうの申し訳ないくらいだよ」


 やっぱりもらう気のなかった善人すぎる青年によくない、よくありません、と俺とミアが念を押す。

 このギルドの時計塔は足場が少ない上に、機構も複雑であまり修理工はやりたがらない。請け負ってくれるだけでもありがたいのに、お人よしすぎるにも程がある。


「ところで、レガロ、体の具合は大丈夫?」


 気遣うようにティムが俺に声をかける。ティムは俺の背景知っている数少ない友人だ。

 この辺の気遣いをうれしく思う。


「大丈夫だよ。安定してる」

「そっか。よかった」


 朗らかに微笑む。それはどこか、安心しつつも、自分の誤りを許してもらえた時のような安堵を浮かべているようにも見えた。


「じゃあ、僕は修理してくるよ。今度お昼でも一緒に食べに行こう」

「ああ、楽しみにしてる」


 手を振ると、ティムも軽く手を振り返し、ホールの柱時計へと向かっていった。

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