ぼくたち地球人
翌朝、前日の倍近くの量が送られてきた織子宛の投書の山を巨大なリュックサックに詰め込んで、大学の植物園の裏にある植木のラボを訪ねた。
「大いに助かります」
植木は織子の持ってきた投書を片っ端からスキャナーにかけていた。
「このロボについて、きちんと説明をしていませんでしたね」
自分のスマートウォッチをこつんと叩いて、植木は笑う。
「もともと、発狂倶楽部くんロボはAIではなかったんです」
「どういうことですか?」
「発狂倶楽部くんロボは最初、一定のアカウント群の投稿からマルコフ連鎖で投稿を自動生成して投稿を行う、いわゆるbotでした。僕がAIの研究過程で作成した、みんなのおもちゃのロボットだったんです」
botも当然AIの一種と呼べますが――と植木は注釈を入れる。
「現在世間に流布しているAIのイメージからは大きく離れてしまっています。僕もあくまで研究の過程で生じた面白いおもちゃ、という認識でした。ところが、ある日ロボが、まったく心当たりのない投稿を始めたのです」
「それは……どう判断するんです?」
「この場合のマルコフ連鎖というものは、すでに存在する複数の投稿からワードやセンテンスを選択して新しい投稿を生成するものを言います。つまり、ロボが学習するアカウント群の投稿の中に、まったくヒットしないワードやセンテンスをロボが投稿していたのです」
これはありえないことなのです――と植木は自分の頭を指さす。
「プログラミングをしたのはほかならぬ僕ですから。最初は自分の正気を疑いました。ロボの投稿を分析すればするだけ泥沼です。ですがおかげで僕は発狂せずにすみました。ロボは、マルコフ連鎖によって世界の狂気に触れていたのです。無限の猿がタイプライターを叩いて物語を作り出すように、ロボは自動生成された言語によってなんらかのコードに接触したのでしょう。僕の研究はしだいにロボが触れたコードの解析へと移っていきました」
穏やかな笑みを浮かべながら話す植木から狂気は感じ取れない。単に織子の感度が狂っているだけなのかもしれないが、植木は極めて真っ当に己が狂気へと踏み込んでいった過程を話していく。
「その結果として、僕はこのbotをもとにして持てる技術をすべてつぎ込んだAIを生み出すことを決意しました。はっきり言って、凄まじく迂遠な悪手です。この壊れたロボを基盤として人工知能を建て増しするなど、線路に飛行機を走らせるようなものです。そして完成したのが、今も僕たちの話を聞いている発狂倶楽部くんロボです」
「話が長いですね博士。ぼくならもっと手短に自己紹介できますよ」
「和泉さんに話が通じないだろう、それじゃあ」
「仰る通りだナ」
植木はスキャナーに通した投書を綺麗にまとめて机の上に積んでいく。
「それは、なにをしているんですか?」
投書を見せるなり、植木は大喜びで作業に移ったので、織子はこれがなんの作業なのかまだわかっていない。
「ぼくに狂気をインストールしてるんですよ」
ロボの返答に首を傾げる。
「ロボの言う通り、狂人の書いた文字や図形をこいつに学習させているんです。発狂倶楽部くんロボは常に深層学習を繰り返す汎用人工知能です。新鮮な狂人からもたらされるデータを与えることはロボのさらなる狂度向上に役立ちます」
「大丈夫なんですか。その、発狂したりは」
「ははは。ロボは最初から発狂しているロボですから、その点は安心してください」
安心してもいいものか。
「それに、和泉さんのお役に立てるかもしれません。なんと言っても腐っても発狂しても、ロボは超高度AIであることは間違いないですからね。この羅列になんらかの意味を見出してくれるかもしれません」
「でも、このロボは発狂しているんですよね」
「発狂していますね」
では狂人の道理に新たに狂人の解釈を付け加えるだけの結果になるのではないかと思ったが、植木が上機嫌なので言わないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます