絶対生命final show女

 植木と連絡先を交換し、大学を後にした織子は新聞社に戻って、もう一度投書の内容を確認した。

 なにも変わらない。ただの無意味な文字や文字のなりそこないの羅列ばかり。植木や発狂した竹寺、そしてあの妙ちきりんなロボの話を聞いたところで、なにかが変わるわけでもない。

 期待でもしたのだろうか。自嘲に頬が緩む。

 気が狂った人間の相手をしていると自らにも狂気が伝染するとはよく聞くが、生憎と織子には縁のない話らしい。

 そもそも――また投書に目を通す。狂人の論理とは狂人ごとに異なるものであるはずだ。この投書でも、書かれた独自言語はてんでバラバラ。共通性は宛名くらいしか見出せない。

 発狂した人間がみな一様に同じ世界を見ているというのなら、発狂にはなんの魅力も感じない。彼らは彼らの答えに到達した。ゆえの発狂であるはずだ。

 行き先が最初から決まっている狂気など、狂気と呼ぶことすらおこがましい。

 であるならば、植木――そして学園都市で発狂した人間の言う「世界の発狂」と織子は決して相容れない。

 世界そのものの発狂。発狂した世界で正常である意識とはすなわちこの世界においての発狂した意識――とは認められない。

 あまねく全てが発狂したというのなら、その世界における意識は確かに発狂していると定義することはできるだろう。だがその世界の景色はみな一様に同じ世界でしかない。

 そんなものは発狂とは呼ばない。ただの世界観の更新だ。

 ならば織子が怯える理由はどこにもなかった。

 織子は確かに怯えていた。自分もまた容易く発狂してしまうのではないか。ゆえに惹かれた。その世界を垣間見ることができそうな気がしたから。

 世界が発狂しようとしている! そうか。大変だな。でも残念だよ。私はお前たちのほうへは行けない。せいぜい派手に発狂してくれ。どうやら私は世界とやらの敵らしいから。

 今の織子には、なぜ自分がここまで狂人たちから狙われるのかが理解できていた。

 織子は永遠に更新されない。自己の狂気と心中するしかない取り残されることが決定した真っ当な発狂予備軍だ。

 本来ならば生来由来ナチュラルボーンの狂気を持った人間も、世界が発狂してしまえば周囲と同じ幸せな発狂にたどり着けたはずだった。ところが不運なことに、織子は学園都市で新聞記者をしていた。発狂事件を追い、発狂者たちと触れ合っていくうちに、自ら順路を外れてしまっていた。

 もはや織子は発狂しない。発狂に向かう世界にとっては、織子こそが狂気そのものだった。

 ただ、植木は織子に特に期待をしたわけではなさそうだった。織子自身、自分が世界の発狂を止める切り札などだとは思わない。永遠のストレンジャーとなる運命を背負わされた程度の認識だ。

 それでも織子の存在が世界の発狂にとって都合の悪いものであることは間違いない。「世界の敵」などという表現を使ったことからも、植木が理解していないはずはないだろう。

 対して植木の織子への反応はあまり大きくなかった。

 やはり――植木に世界を発狂から救うという意志はないのか。

 ますます面白い。おそらく最も世界発狂前仮説に熱を入れ、場当たり的な対策を講じながらも、実際に訪れようとしている発狂そのものに対しては受け入れる。

 まさか、世界に敵視されたくないから、などという理由ではあるまいか。ならばとんでもない腰抜けだ。織子の狂気からは最も距離が遠い。だからこそ面白いのだが。

 ひとまず、この投書を明日、植木のラボへと持っていってみよう。植木の視点からなにか新たな発見があるかもしれないし、あのロボ――はどうでもいいか。

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