Don't wanna be

 なに一つ説明になっていない。

 植木は苦笑し、自ら口を開いた。

「すみません。このロボの言ったことは確かにその通りで、間違ったことは言っていないんですが。これは僕――とあちこちの協力で開発したAIです。僕たちの集団の総称が『発狂倶楽部』。そこで生まれたロボットだから、発狂倶楽部くんロボというわけですね。こちらの説明については追々するとして、ロボ」

「コレダモンナ。竹寺乃音は以前に一度発狂し、博士の処置を受けています。これが二回目の帰還ということだな」

「帰還って――発狂した人間を正気に戻すことですか?」

「正確には違いますね。帰還は帰還。ニュアンスの差異を細かく説明することはぼくには無理ですね。博士」

「僕にも難しいですね。そうですね、和泉さん、発狂した人間が揃って口にする言葉はご存知ですか?」

「『世界が発狂しようとしている』だとか」

「そうです」

 植木は別段なんの感情も見せることなく、ただ事実を告げた。

「世界は発狂に向かっています」

 この男もまた、発狂しているのか。いや――自ら「発狂倶楽部」などと名乗るような手合いがおいそれと発狂するとは思いにくい。狂気から最も遠いのは異な狂気である。下手をすると発狂した人間よりも厄介な相手の可能性も出てきた。

「狂人の言うことを信じるんですか」

 なので織子はあえて挑発する。

「世界が発狂したとすれば、その世界の住人は我々からどう見えるでしょう。間違いなく発狂している、と言えるのではないでしょうか」

「あなたの話はおかしい。世界が発狂すると言うのなら、なぜ学園都市の人々が発狂していくんですか。事実としては世界ではなく人間が発狂している」

「彼ら彼女らは、我々より先にんですよ。そして警句を発するメッセンジャーとなった。残念ながら我々の目からは狂人にしか見えませんが」

「触れた? 気がですか」

「世界にです。発狂しつつある世界との接触。それこそがこの連続発狂事件の発端です」

 織子は胡乱な目で周囲を見渡した。

 世界。ざっと見回したこんなものが、発狂するほど大層なものなのか。

「僕の専門はAIの深層学習ですが、個人的に汎心論というものを掲げています。信仰と言ってもいいかもしれません。この世界のあらゆる万物には心が存在する。心があるのなら、また発狂することも可能ではないのか? 僕がいち早く世界の発狂に気付けたのは、日々こんな問いかけを繰り返していたせいかもしれませんね」

「――では、竹寺さんはその発狂した世界とやらに接触した、ということですか」

 急に名前を呼ばれ、所在なさげに担架の上に座っていた竹寺がびくりと身を竦める。

「あの、私はなにも覚えてませんので……難しい話は遠慮させていただければ……」

 シラを切っているわけではなさそうだが、植木の話の信憑性はさらに薄まる。植木が竹寺に施した処置で、確かに竹寺は正気に返った。

 帰還と植木は言った。発狂した世界から戻ってきた、という意味合いなのだろうか。

「ぼくはそのために稼働しているロボットです。発狂した竹寺乃音を帰還させるためにはぼくの手助けがなくてはならんわけじゃ」

 織子が疑っていると、タイミングを見計らったようにロボが説明を始めた。

「ぼくは発狂倶楽部のロボットなので、発狂した世界の認知がまあまあ可能なんだね。そこで発狂したヒトの脳とぼくの回路を擬似接続して、こちら側に引き戻すことができるんですね。成功率はあんまり高くないけどね」

「そ、そうなんだ。ありがとう、ロボ」

「どういたしまして」

 竹寺は素直にロボへ感謝を告げている。

「竹寺さん。あなた以前から私のことを知ってましたか?」

 織子の質問に、竹寺は首を傾げた。

「いいえ? 今日が初対面だと思いますけど……」

「なにか気になることでも?」

 言い淀んでいる織子に植木が訊ねてくる。

「さっき、発狂した竹寺さんに襲われた時」

 えっと竹寺が驚愕の声を上げるが、無視する。

「竹寺さん、私の名前を叫んでたんですよね」

「ほう。ほうほうほう」

 植木は腕組みをして唸り始めた。

「和泉さん。非常に申し上げにくいのですが」

 やっと口を開いた植木は、しかしたっぷりの笑顔だった。

「あなたはどうやら、世界の敵になったようです」

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