TREE CLIMBERS
どういうわけか植木と二人で担架を担いで大学構内を足早に進む。植木は植物の生い茂る温室を指さすと、そこで止まるようにと指示を出す。
「僕のラボはこの奥でして。植物園を突っ切るのが近道なんです」
了解して、温室の中を突き進む。手入れがあまりなされていないのか、伸び放題の葉っぱや枝をかわし、毒々しい色彩の花々を横目に研究室を目指す。
温室を出ると、目の前がドアだった。網入り型板ガラスはひび割れ、金属のノブは緑色に変色し、植木が手をかけると丸座ががたんと揺れる。
ノブごと外れてしまうのではないかと心配していると、耳障りな音を立てて開いたドアの隙間に植木が素早く足を挟み入れた。足を振り回してドアを大きく開け放つと、どうぞと言って担架を運んでいく。当然片棒を担いでいる織子もあとに続かなければならない。
中は想像していたよりは清潔な部屋だった。窓はあるが、温室の木々の陰になって暗い。担架を中央のテーブルに下ろすと、すぐに電灯が点けられた。
織子は素早く部屋の中を観察する。デスクトップパソコンに、複数のモニター。床を這い回るケーブルの量からして、あちこちに置かれた機材は実際に使われているらしい。混沌とはしていないが、乱雑とはしている。その割には担架を置いたテーブルの上に何も物が置かれていなかったのが気にかかる。
植木はてきぱきと機材を整理しながら、目当てのものを見つけだして担架のほうへと持ってくる。
「いけるか? ロボ」
「赤方偏移はまだ収まる範囲ですよ」
よしと頷くと、植木は手に持ったAEDの電極パッドのようなものを担架の上の女性――竹寺乃音の顔面に貼り付けた。
「頼むぞ」
植木は腕に着けたスマートウォッチらしきものを何度かタップし、キーボードの繋がったモニターへと向き合った。
織子は急に寒気を覚えた。不気味に思うようなことはない。だが身体が凍えている。
「少し冷えます。すみません、暖房器具はないんです」
植木が織子の顔色を見て謝る。
なるほど、実際に室温が下がっているということか。しかし妙ではある。普通に考えて機械を駆動させれば排熱によって室温は上がるはず。それを見越して強力な冷却装置を使っているのだろうか。
「マドン検出。現世理論強制適用。マドン未検出状態への移行まで残り五秒。四秒。七秒。四秒。二秒。一秒。〇秒――完了しました」
「お疲れ、ロボ」
植木は竹寺乃音の顔から電極パッドを剥がし、ほっと息を吐いた。
「痛っい!」
同時に担架の上の人物が跳ね起きる。
「おはよう、竹寺くん。気分はどうですか?」
「なんか、眉毛がだいぶ持ってかれた気がするんですが」
電極パッドの接着面が剥がれた時に、結構な音がした。彼女が飛び起きたのも剥離時の痛みによるものだろう。
というより――。
「彼女、正気に……?」
織子はおそるおそる竹寺の表情を窺い見る。
つい先刻、織子の名前を叫んで掴みかかってきた相手と同一人物とはとても思えない。なんだかつまらなさそうに眉を顰めているが、明らかに確かな意思と思考ができている。
「えっ、ドクトル、私ひょっとして、また――?」
「『また』?」
織子と竹寺から揃って視線を投げられた植木は、困ったように笑って、スマートウォッチに向かって頭を下げた。
「ごめんロボ。あとは頼める?」
「任されてもいいですが、ぼくの言語野はまだあんまりなので博士も話してくださいね」
「わかったよ……」
植木はまたスマートウォッチを繰り返しタップし、部屋の中で一番大きいモニターを点ける。
モニターに表示されたのは、真っ赤なブリキのおもちゃのようなアイコンだった。
「こんにちは。ぼくの名前は発狂倶楽部くんロボ。発狂倶楽部のロボットです」
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