第29話 細田由奈の夏祭り

「いけない、もうこんな時間になってる」

 私はゼミの課題に没頭していて、世中君達と遊びに行く時間ギリギリになってしまっていた。今日は久しぶりに一美ちゃんに会えるから楽しみだな。それに世中君に聞きたい事もあるし、もう出掛けなくっちゃ。浴衣に着替え家を出ると、夏らしい温風が髪を撫でる。

「まずは先回りね」

 お祭りの会場にほど近いビルの横で、私は待ち構えた。世中君が今日料理教室の先生をやっているのは、みとちゃん情報により確認済み。後は世中君が出てくるのを待つばかり。あ、出てきた! 私は後ろから目隠しをした。

「だーれだ?」

「その声、細田か?」

「じゃーん、当たりー」

「お前、こんなとこ美徳実に見られたらどうすんだよ」

「もう、君はみとちゃんの事分かってないなぁ。こんな事で仲を疑うような子じゃないよ」

「そりゃそうだけど。ずっと待ってたのか?」

「うん、ちょっと聞きたい事があって」

 私は世中君と一緒にお祭り会場まで歩いた。夕暮れ時に歩く二人は、カップルに見られたらするのかな。なんか、みとちゃんが羨ましい。

「で、話って?」

「そうだったね。ちょっと歩きながらだとあれだから。あ、あそこ」

 私達は薄暗い路地裏に入った。人目はない。確認すると私は世中君に抱きついた。

「お前、本当に何やってんだ!?」

「動かないで、ずっとこうしたかったんだ」

 私は上目遣いに世中君の首筋に腕を通して引き寄せた。唇と唇が触れそうになったその時、口を手で塞がれた。

「だから、お前は何してんだよ!」

 はは、やっぱり無理だよね。分かっていたけど二人の間に私の入る隙間なんてないか。

「あはは、冗談冗談。ここで誘惑に負けてキスするような男じゃ、私の可愛いみとちゃんは渡せないと思ったのだよ!」

「だとしたら冗談キツイぜ。目が本気だと思ったからマジでビビった」

 あちゃあ、バレてたか。ま、誤魔化せたから良いか。もしもと思ってみたけど、やっぱこんな酷い事しちゃ駄目だよね。

「ねぇ、世中君。君はみとちゃんの事、どう思ってるの?」

「どうって、好きだよ」

「そうじゃなくて、もっとこう、どんだけ想いが強いのかっていう絆的な?」

「何なんだよ。…まぁあれだ。あいつとは本当に出会えて良かったと思ってる。細田にも山下にも凄ぇ助けてもらった。だからこそ自分がどれだけ好きだったのかに気付けた。ありがとな」

「お熱いですねー。でも良かった。みとちゃんの事真剣に想ってくれてて」

 ここで話を終わらせれば良かったのかも知れない。でも私の口は言う事を聞かず喋ってしまう。

「じゃあ、私の事はどう思ってる?」

 世中君は少し考えてからこう答えた。

「お前は俺の、憧れだ」

 ちょうどその時、打ち上げ花火が上がった。花火の音で小さくしか聞こえなかったけど、私はそれで満足だった。


 私達はお祭りの会場に着いたが、ちょうどみとちゃんが私達を探している様子だった。

「マズイね、このまま二人で見つかったから気不味いと思うよ。そうだ。公園の裏口なら木が生えてるからこっそり入れるかも」

 私達は裏口から木の影に隠れた。

「よし、今なら行ける。まず私から行くから、しばらくしたら跡を追ってきて。くれぐれもオロオロしちゃだめだよ」

 そう言って私はみとちゃんの元に向かった。

「ごめん、遅れちゃった」

「あ、細田先輩、探したんですよー。一美ちゃんもどっか行っちゃって、強志君も来ないし、一人で寂しかったです」

 ぷくっと膨れるみとちゃんは可愛いかった。はは、こりゃ私じゃ敵わないな。

「んじゃ探そうか?」

「んー、多分一美ちゃんはそろそろカキ氷食べると思うから、カキ氷屋さんで集合しましょう。強志君にも連絡入れときます」

 そう話した途端に世中君が現れた。

「悪い、料理教室の片付けに時間かかっちゃって」

 しばらくすると一美ちゃんも来た。何だかスッキリして、一段と凛々しい面持ちだった。

「一美ちゃん久しぶり! 元気にしてた?」

「あ、由奈も来てたんだ。私はいつでも元気よ」

「じゃあみんな集まったから、向こうで花火見ましょう!」


 私達四人は空を見上げていた。咲いては散る火の花は、まるで恋心のように儚く綺麗だった。

 私の横には世中君が、その横にはみとちゃんが、その横には一美ちゃんが、横一列で首が痛くなるのも忘れて花火を見上げる。

「何だか色々あったけど、人生って大変よね」

 私は小さく声を漏らした。

「本当ね。何がどう繋がるか分かったもんじゃないわ」

「そうですよね。私も色々経験して、自分が救われて、誰かを救えるって知って。人と人が繋がる意味が少しずつ分かってきた気がします」

「そうね。少しずつだけど着実に、日々の積み重ねが私達を大人にしてくれるのかもね」

「俺たちももう成人したんだな。あ、山下はまだだっけ?」

「馬鹿、もうとっくに成人したわよ。由奈と美徳実からはお祝いしてもらったけどね」

「マジか! すまん、知らなかった」

「良いわよ。あんたには色々助けてもらったから、今年分はチャラにしてあげる。だけど来年は二倍貰う予定だから」

「それじゃ今年分チャラになってねぇじゃねぇか!」

「あはは、本当だね。一美ちゃんちゃっかりしてるわ」

「あ、私は当然の事を言ったまでよ。その、こいつの友達としてね」

「一美ちゃんが友達って直接言ってくれるなんて、強志君良かったね」

「そんなに山下と友達になるのってハードなのか」

「はは、本当だね。でも良かったじゃない。友達って大切よ」

「あぁ、分かってる。だから俺は、これからもずっと大切にしたい。また四人で花火見に来ような」

「何格好付けてるのよ。風邪引くわよ」

「何でそうなるんだよ!」

 ふと、私は世中君の肩に首を置いた。

「な、どうした細田」

「首、疲れちゃった。ちょっとだけ肩貸してよ」

「そうか。ならちょっとだけだぞ」

「良いの美徳実、この状況?!」

「大丈夫だよ。細田先輩のこと信頼してるもん」

 私達は花火を見ながら、何でもない話に花を咲かせた。空も大地も花で咲き乱れたこの空間が、私の心を優しくする。いつまでもとは言わないけど、今だけはまだ隣にいて欲しい。だから…。

 神様、ごめんね。もう少しだけ、このままでいさせて。

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