第8話 自分の気持ちとの出会い
「ちょっと美徳実!どこまで買いに行ってたのよ!もう授業始まるわよ」
教室に戻ると、イヤホンでガンガンに音楽を聴く一美ちゃんが、ちょっとだけ不貞腐れて待っていた。
「ごめんね。ちょっと先生に頼まれ事しちゃって。何聴いてるの?」
一美ちゃんが片方のイヤホンを外すと、大音量のロックが流れてきた。どんだけ大音量で聴いているんだろうか。
「これは、ええっと、ブルエ・イセ・アメリカ・ソロツ、よ」
うーん、多分ローマ字読みしてるのかな? スマホを受け取り、画面を見せてもらう。
「ブルー・アイス・アメリカ・ソルツ、だね。有名なロックバンドだ」
「はいはい、学年一位の優等生ちゃんは流石ですね。どうせ私は英語読めませんーだ」
どうやらお昼をほったらかしにしたのを根に持ってるみたいだ。あちゃー。
「にしても美徳実。何かスッキリした顔になってるわね。何かあったの?」
「ううん、何でもないよ」
私はこの秘密が心を洗ってくれたこと。今だけはもう少し、一人で味わいたかった。いずれ言う日がくるのかも知れないけど、その時はもっと大きな自分でいれる気がするから。
「なんか大人の顔してない? 何があったか話しなさい」
「何もないってばー」
二人して戯れていると、席につけー、と数学の先生がドアを開ける。一美ちゃんの猛攻を何とか逃れながら席に着く。席に着くと一美ちゃんは、すでに腕を枕の態勢にしていた。もう寝る気だ。
授業が終わり、帰り支度をしていると、スマホがブルブル。母から電話が来た。
『みと、ごめんね。学校終わった? 今日は話したい事があるから、まっすぐ帰って来てちょうだい』
「うん、分かった。何かあったの?」
『あのね、ウチの実家のおばあちゃんが倒れたみたいで、明日奈良に帰らなきゃ行けなくなったの』
「そっか、分かった。とりあえず今から帰るね」
心配だな。おばあちゃん大丈夫かな。
「どうしたの、浮かない顔して?」
「お母さんの実家のおばあちゃんが倒れたんだって。その事で今日はすぐ帰ってきてって」
「嘘、それヤバイじゃん。今日はもう早く帰ろ」
家に着くとお母さんが不安の様子で居間に座っていた。
「おばあちゃんの様子、酷いの?」
「さっき電話があってね。一命はとりとめたそうなの。だけど歳も歳だから、安静に、って今は入院しているそうよ。だから明日から家族で奈良に行くことにしたわ。学校の先生には伝えてあるから大丈夫。急で悪いけど、お泊まりの準備してきてちょうだい」
「うん。分かった」
そして翌日。私達家族三人は朝一の飛行機で奈良へと向かった。最後におばあちゃんの家に行ったのは小学生の時だから、実に六年ぶりくらいになる。病院に行くまでのタクシーの中、世中先輩からLIMEメッセージが届いた。
『明日から修学旅行!向こうでもブログ、楽しみにしてるから!』
そうか、三年生は明日から修学旅行なんだ。でもこんな状況じゃブログは書けないかな。
『ありがとうございます! でもちょっとここ何日かはブログはお休みするかも知れません』
返信を終えるとちょうど病院の前に着いた。
病室には思ったより元気なおばあちゃんがベットに座っていた。
「あら美徳子に和夫さん。ありがとう。迷惑かけてごめんね。こっち座って」
弱々しく見えるのは、病院だからだろうか。それでも昔と変わらず、優しい声に私は安心した。
「あら、美徳実ちゃん、大きくなったわねぇ。こっちおいで。まぁ立派になって。もう大人になってきたわね」
「おばあちゃん久しぶり。体調は大丈夫?」
「もうすっかり良くなってきたわ。リンゴ、剥いてあるから一緒に食べましょう」
私達はベッドを囲み、昔話に花を咲かせた。私が小学生の時に習字の字を間違えてコンクールに出したこと、お母さんの若い時の武勇伝、お父さんとの出会い。何でもない思い出話だ。でも普通の会話って、やっぱり一番優しい気持ちになれる。こんな小さな幸せの積み重ねが、人生の支えになるのかも知れない。だからきっと、大切な人との思い出は、どんなに些細でも凄く大事なんだよね。
ひとしきり話し終えた後、お父さんは泊まるホテルに連絡を、お母さんは飲み物を買いに部屋から出て行き、私とおばあちゃんの二人になった。
「美徳実ちゃんは、最近どうしているの? 学校は楽しいかい?」
「うん。最近は何だか凄く忙しい感じがする。そういえば一昨日ね」
私はおばあちゃんに映画に行った事や、一美ちゃんが事故になりそうになった事、プレゼントをもらった事などを話した。おばあちゃんは微笑みながら、うんうん、と聞いてくれた。しばらくすると、おばあちゃんはゆっくりと話し出した。
「そうかい。元気そうで何よりだね。私はあなたが元気でいてくれるだけで、何よりも幸せだよ。良かったね、好きな人が出来て」
ん、ちょっと待って。
「おばあちゃん、私好きな人がいるなんて言ってないよ?」
「あらあら、そんなに楽しそうに話すもんだから、その人に惚れてしまったんだと思っていたわ」
「んもぉ、おばあちゃんったら」
確かに、少しドキドキしてる? でもこれは話すのに夢中になってたら。でも夢中になるほど話すって、あれ。私、やっぱりドキドキしてる。その時、お父さんとお母さんが同時に帰ってきた。するとおばあちゃんがこっそり耳元で囁いた。
「大丈夫よ。このことは誰にも言わないから。二人だけの秘密ね」
「もぉおばあちゃん、そんなんじゃないってば」
おばあちゃんの言い切りに押し負け、何故かまた一つ、秘密が増えてしまった。
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