第7話 ファンとの出会い
「えええーー?」
「この画面見てくれ。【ワクワクドキドキ映画好き】これって田中のブログだろ?」
私は驚きの後から押し寄せる恥ずかしさを隠しきれなかった。しかも告白かもとちょっと期待した自分の顔を肌色のペンキで塗りたい。
「な、何で先輩がその事知ってるんですか!?」
わたわたしながら、たどたどしく聞いてみる。誰にも言ってないし、知名度も底辺な私の微かな趣味。いくら何でもバレるはずはない。
「実はさ、四年くらい前に出たジブンヨリの〈思い切ってマカロニ〉あっただろ。あれを調べてたら偶然見つけたんだ。その頃から毎日のように見てるんだ」
あ、それって。私がブログ書き始めた頃だ。一瞬だけ、強い風が吹いた。
「このスマホケースもさ、ブログで紹介されてて欲しくなって。小遣い貯めて買ったんだ」
そうだったんだ。私の拙い文章、本当にずっと見ててくれたんだ。
「何で、私のブログって分かったんですか?名前も出してないし」
「あぁ、昨日もいつも通りブログチェックしたらさ、この画像」
そう言って先輩はスマホの画面を見せた。
「このキーホルダーが付いてるカバン、田中のだろ?」
どうしよう、恥ずかしいんだけど、それよりも、嬉しいが勝ってる。
「初めは、まさかなって、思ったんだけどさ。タイミングと良い、感想も田中が電車で言ってたのとそっくりだし」
嬉しい。私の事を認めてくれてる人が、気付いてくれてる人が目の前にいる。
「まさかこんな感じのブログ書くタイプには見えないじゃん。なんかこう、イメージと違うというかさ」
あぁ、どうしよう。目元と心の中が暖かい。ずっと我慢してきたものが溶けてく感じだ。誰にも受け入れられないと思っていた私の密かな趣味。勝手かも知れないけど、ブログじゃなくて、私自身を褒めてくれてる気がしたんだ。そう思っていると、頬が濡れる感覚を覚えた。
あれ、私、泣いてるの?
「おい、田中どうして泣いてるんだ!?」
「あ、ごめんなさい。違うんです。自分でも何でだろうって」
嘘。本当は分かってる。どうせ色んな事から逃げてるだけだろって、現実逃避だろって、言われると思ってた。だから誰にも言えなかった。また酷い事言われたどうしようとか、起きてもいない事に怯えて、小さい自分の心の中に閉じこもってたんだ。
自信がなかった私に、自分を認められなかった私に、大丈夫だよ、って言ってくれた気がしたから。嬉しかったんだ。
しばらく涙は止まらなかった。世中先輩は私が泣いた理由なんてきっと分からない。なのに何も言わず、ただ待っていてくれた。しばらくしくしくと、涙は流れ続けた。
「もう大丈夫か?」
頭にポンっと、乗せてくれた手は、とても暖かかった。
「はい。すいませんでした。急に取り乱しちゃって」
「俺もその、ビックリした。でも、何があったのか分からないけど、泣くなよって言えなかった」
ほら、と言ってビニール袋を拾ってくれた。私は自分だけに分かるくらいの深呼吸をして、涙を拭き前を向いた。
「ありがとうございます。私、映画大好きで、というかマニアで、ウチにグッズとかもたくさんあるんです。オタクって思われたらどうしよう、って思ってたんですけど、何だかスッキリしました」
そうなんだ、スッキリしたんだ。目の前の視界が開けたというか、目が覚めたというか。とても気持ち良かった。
「いや、それはもう普通にオタクでしょ」
「へっ?」
一瞬青ざめた。私は何てことを言っているんだ。いままで秘密にしてきた事をボロっと言うんじゃなかったのだろうか。引かれた。完全に引かれた。
「いやさ、別に良いんじゃないか。映画オタクが悪いんじゃなくて、映画オタクを隠そうとした事の後ろめたさが悪いんじゃないかな。良く分かんないけど。逆に俺はさ、その熱い思いに惹かれたんだよ」
良かった、違う意味で惹かれてた。はは、また勝手に良くない方向に決めつけちゃうところだった。今日は感情が行ったり来たりする。寝不足だからかな。
「って事は、もしかして、誰にも言わずやってたの?」
「はい。一美ちゃんも、家族ですら知らないですよ。だから、この事は内密にお願いしますね」
「そうか? 俺は色んな人に知ってもらいたいけど」
「良いんです。あまり知られたくないのはやっぱり変わらないし、先輩だけで私のキャパオーバーですから。二人だけの秘密です!」
「まぁそう言うなら誰にも言わないよ。これまで一人で良く頑張ったな。これからも更新、楽しみにしてるよ」
はい!と私は力強く返事をした。また一つ隠し事が増えたけど、後ろめたい気持ちは無かった。きっと後ろめたい隠し事が嘘で、正直な隠し事が秘密なんだと思う。こうして今日、私の中にあった嘘が消えた。二人っきりの秘密と共に。
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