第2話 先輩との出会い

「んー、なんだか緊張するなぁ。未開の地に来た!って感じだ」

 昼休み。私は三年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。窓から見える桜は、もうすぐ散り終えそう。心地良い風が窓の外から柔らかに挨拶してくれる。昨日の落し物を届けるために持ち主のクラスまで届ける、簡単な事だが、なんだか緊張する。


「世中強志、よのなか?せなか?せちゅう?珍しい苗字だなぁぁあ痛!」

 学生手帳を見ながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。あちゃー、やってしまった。私ドシだもんなぁ。身体の大きい男子生徒が睨みつけている。

「どこ見て歩いてんだよ!」

「ひぃぃや!ご、ごめんなさい」

 思わず変な声をあげてしまった。早く着かなくては。未開の地では私はただの雑草のように、意識されないようにしなくちゃ。そそくさと足早に、かつ誰にもぶつからないよう慎重に歩いた。目的地はどうやら私のクラスから一番遠くの教室のようだ。三年三組。やっと着いた。


「すいませーん、よのなかさんいらっしゃいますか?落し物を届けに来ました」

 教室のドアを開けて、大きい声で尋ねた。するとクスクスと笑い声が聞こえる。あれ?私何か変?どうしよう、場違い感が半端ない。うぅ、帰りたい。顔が徐々に赤くなる。モジモジしていると、一人のクラスメイトが近づいてきた。

「それね、よなか、って読むの。私も最初間違えたわ。お届けありがとう。でも世中君は今いないんだ。たぶん屋上じゃないかな?」

 なんと後輩思いなんだろうか。優しい笑顔に自然と緊張がほぐれた。髪は私と同じくらいのセミロング。でも茶色と金色の間のような明るい色は、私の地味な真っ黒髪と全然違う。


「あ、ありがとうございます!」

 耳がまだ赤いままの私は、お礼を言って屋上に向かった。

 さっきの人優しかったなぁ。あんな先輩みたいになりたい。後輩を包んであげるような笑顔。キラキラ輝いてみえた。素敵だった。可愛かったし、モテるんだろうな。でも私なんか。と思いつつも、なんだか綺麗な人を見て気分が良くなってきた。上がる階段も、少し足早になる。


 屋上に着くと友達と一緒に世中先輩がいた。

「あ、世中先輩」

 彼らは急な呼びかけに驚きと謎、不信も交えた顔でこちらを見ている。うぅ。怖い人なのかな? 地べたに座り菓子パンを頬張る姿はなんとも高校生らしかった。怖い人だったらどうしようとドキドキしながらも真っ直ぐと腕を伸ばし、あまり近づかないよう距離を取りながら渡す。

「あの、これ。落し物です」

 先輩の顔が明るくなった。良かった、優しい人そうだ。

「これ! 失くしてたやつ! サンキュー。どこで見つけたの?」

「昨日プリクラに間違えて入った時、落として行かれました。あの時はびっくりしましたよ!」

 思い出した強志は急に顔を赤くしながら慌てる。


「あ、あの時の。その、すまん」

 うつむく彼を押しのけ、ニヤニヤしながら友達が横から割って話に入ってきた。

「こいつさぁ、女子高生がいるって言ったらすぐ飛び込んでいったんだぜ。まったく、少しは加減しろよって話」

「健二お前、それはお前が押したからだろうが。あの時はこいつが無理矢理。だからあれは、そう!事故。事故だから」

 隣にいる健二を指して苦笑いしながら弁解する様子は、なんだかとても初々しく感じる。楽しそうだ。仲良しなんだな。

「急にその、一美ちゃんの胸を触ったのはびっくりでしたが、全然気にしてないから大丈夫ですよ! 事故ならしょうがないですもんね!」

 横にいた友達がまたもニヤニヤしながら割り込む。


「おっとそれは聞き捨てならないな。お嬢さん、その話詳しく」

「良いから!ごめん、生徒手帳ありがとな」

 今度は世中先輩が割り込む。

「いえ! それでは失礼します」

 私は振り返り屋上から去ろうとしたが、昨日のプリクラがポケットに入っていることを思い出した。

「あの、これ良かったらどうぞ。お金払ってくれたのに何もないのもなと思ってて。せめてもの気持ちです」

 私が言い終わる前に、昨日のプリクラを見せた瞬間、世中先輩はバッと取り上げた。その速さといったら鷹が獲物を狙うスピードだった。

「いただきます、そして、捨てさせていただきます!」


「あの、一箇所だけ切り取られているんだけど、何故だか聞いてもよろしいでしょうか」

 恐る恐る聞く世中先輩の顔は、サーっと音を立てて青くなっていた。

「はい! それは一美ちゃんが『もしあの変態野郎に文句言われた時のために、脅し用としてもらっておくわ』と言っていました!」


 あれ? 先輩の顔、ますます青くなってる。私変な事言ったかな? 謝った方が良いかな?

「なんてこった。あぁ、弱みを握られたぜ」

「そんな肩落とすなって、青春って感じすんじゃんか」

 先輩の友達がヘラヘラと笑いながら楽しんでいると、チャイムが鳴った。


「もうそんな時間か」

 時間を確認する先輩のスマホケースに目がいった。あれ? それって。

「そのスマホケースってジブンヨリの名作〈もののけ王子〉のやつですか!?」

 私はついつい反応してしまった。映画好きな私にはたまらない。なんたって映画研究部の部長だもん。しかも私一押しのスマホケース。趣味が合うのかも知れない。

「おぉ、そうそう。ジブンヨリは毎回映画館で観るんだよ」

 急にアクセル全開になった私は、テンション任せにしゃべり始める。

「良いですよね! ほっこりするし、ドキドキするし、ちょっと霊的というかスピリチュアルなこともあって、感動の作品が多いんです」

「それな! 俺もスピリチュアルとかよくわからんが、何か不思議と惹かれるものがあるんだよ」

「そうなんです!〈美魔女の配達員〉も大好きで、あっ知ってます?〈百と百恵の神頼み〉には裏設定が」

「あんたずいぶん詳しいな」


「はい、実は映画研究部の部長をしていまして。と言っても部員は私以外幽霊部員ですが。あっ、そうだ」

 私はパンっと手を叩く。勢いに任せて喋りすぎたかもしれない。でもすぐ止まらないのは、趣味の世界の凄いとこなんだな。

「今度のジブンヨリの新作、三人で観に行きませんか?! 私まだ観てないので」

 言ったあと、私は徐々に言った言葉を理解してきた。初めて出会う先輩に映画のお誘いしてる。あれ? 何でこんなことになったんだっけ?

「すいません、初対面の人にずうずうしく、やっぱりなしで! 忘れてください」

「良いじゃん、行こうよ映画」

 横にいた友達が切り出す。

「実は強志とその映画観に行く予定立ててたんだよ。だから一緒に来なよ」

「そんな約束してな、わっ」

 世中先輩は口をふさがれて、ウプウプしてる。

「どう? 今週の日曜日にでも、えっと、お名前聞いて良い?」

「すいません、名乗っていませんでした。私は田中美徳実と言います」

「みとみちゃんね。みとちゃんで良い? 俺は丸山健二。じゃあLIME交換しようよ。ほら強志も」

 半ば強引に話を進める丸山先輩に場は押されていた。

「え、でも」

 私は自分言った事を後々後悔するタイプの人間だ。自信がないのもそうだけど、友達が言うにはちょっと『抜けてる』らしい。でも。ここまで自分から言っておいて断ることも出来ず、私は結局三人で映画を観に行く事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る