あなたのためのグランギニョール

神條 月詞

あなたが目にしているのは、スポットに照らされた舞台へ期待に満ちた拍手を送る観衆。


 レディースアンドジェントルマン!ようこそわが劇場へ。

 大変長らくお待たせ致しました。こんな夜更けにも関わらずたくさんの方にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。

 さて、今宵お話し致しますのは、幼い頃に皆々様一度は手に取ったであろう絵本にまつわる物語です。赤い帽子をかぶった可愛い女の子と、森の中に住むいじわるなおおかみ……そう、もうおわかりですね。

 しかし、このおおかみ、本当に悪者だったのでしょうか。いつだって悪役扱いされている彼らは、本当に皆いじわるだったのでしょうか。

 それではしばし、お耳を拝借。しがない道化の語りに、どうぞ最後までお付き合いくださいませ──




 ──むかしむかし、あるところに。親を亡くし、小さな町にふたりきりで暮らす兄妹がいました。兄の名前はルイ、妹の名前はルネ。ふたりはとても仲良しで、町の人たちからも可愛がられています。

 兄妹は、絵本を作って暮らしていました。ルイが物語を紡ぎ、ルネが絵を描いて、ふたりで製本をして。古くから伝わるおとぎ話でしたが、兄の穏やかなことばと妹の優しい絵は、さまざまな人が手に取り、愛されていました。

 ある日、兄妹は新しい絵本を作り始めました。赤い帽子をかぶった小さな女の子が、森に住む病気のおばあさんのもとへおつかいに行く途中で寄り道をしてしまい、その間におばあさんはいじわるおおかみに食べられてしまう、そんなお話です。そのあと女の子まで食べてしまったおおかみは猟師さんにやっつけられて、女の子とおばあさんは無事に助け出されて、めでたしめでたし。そのはずでした。

「どうしたの兄さん、難しい顔をして」

「いやあ、何故かこの続きが書けなくてね」

 珍しく頭を抱えている兄を心配したルネが彼の手元を覗き込むと、文章はおおかみが女の子を待ち伏せするところで止まっています。不思議に思ったルネは、ペンをとって続きの絵を描いてみました。

「……あら?」

 確かに、ルネもなんだか違和感を覚えました。何も間違っていない、誰もが知る物語のはずなのに、まるで別のお話を切り取ってきたかのような。何度書いても、何度描いても、どうにもしっくりこないのです。ふたりにとって、こんなことは初めてでした。

 何日経っても、何十枚と紙を使っても、物語を完成させることが出来ません。兄妹は、諦めてはいけない、途中で投げ出してはいけない、とお互いを鼓舞しながら、物語を紡ごうとしました。けれど、言葉を変えてみても、背景や色を変えてみても、おおかみと女の子が出会う場面へと進めないのです。いえ、終わりまでいっても、何かが、どこかが違う気になってしまうのです。

 ふたりは、これまでにたくさんの素敵な絵本を作ってきました。いつだって彼らは、絵本という世界を司る神様だったのです。しかしいま、筆が止まってしまったふたりにとって、その役割は少しだけ重荷となっていました。

 ある夜、ルイは妹にこんな提案をしました。

「僕たちで、この物語の主人公たちになりきってみるのはどうだろう」

 こんなにも先へ進めないのには、何か理由があるのではないか。ルイはそう考えました。そこで、自分たちならばどんな風に動くか考えてみよう、と思ったのです。

「楽しそうね、やってみましょう!」

 わくわくとした表情で、ルネは女の子のセリフを口にします。森の中でおおかみと出会うところまで来て、彼女は首を傾げました。

(なんだか、寂しいわ。どうしてかしら)

 同じように、女の子を待ち構えて木の影に隠れていたおおかみを思い描いたルイも、首を捻ります。

(どうしてこんなに胸がざわつくんだろう)

 このまま何事もなく顔を合わせて、何事もなく物語は続いていくはずでした。それなのに、何故かふたりはその流れを疑問に思ったのです。このお話は、おおかみと女の子が出会うことで『始まる』もので、それにより『終わり』に向かって進むべきものでした。どの時代でも、道筋はそう決められていました。

(もしかすると、彼らは出会いたくないのだろうか)

(もしかしたら、ふたりは終わりを始めたくないのかしら)

 兄妹は視線を交わすと、紙とペンを持ち寄って顔を突き合わせます。神様として、物語を新しい正解へと導くために。運命を書き換えるために。ルイは、誰も傷つかないあたたかなハッピーエンドを。ルネは、祝福に満ちた明るい世界を。

 こうして紡がれたしあわせは、丁寧に編み込み織られてひとつの絵本になりました。それは小さな町からさまざまな人の手に渡り、たくさんの笑顔が生まれましたとさ──




 ──めでたし、めでたし。

 ご清聴ありがとうございました。今宵の物語は、これにて幕引きと致します。またどこかでお会いできることを楽しみに、皆様へのお別れを申し上げます。眠れぬ夜には、この劇場としがない語り部を思い出してくだされば幸いです。

 夜も深まってまいりました。お帰りの際には、どうか足元にお気を付けて。よい夜を、よい夢を、そしてよい目覚めを。ご機嫌よう!



    *   *   *   *



 やれやれ、道化を演じるのも楽じゃあない。めでたしめでたし、なんて言葉で飾られた綺麗事の寄せ集めを求めて、このようなところへ足を運ぶ輩の気が知れませんよ、まったく……おや?

 こんな時間までおひとり残ってどうされましたか、麗しいお方。今宵はすでに閉場しておりますが、カーテンコールをお望みですか?ああいえ、その顔色を見るに、先ほどの演目について何か思うところがおありなのですね。もしよろしければ、お聞かせ願えますか?

 ふむ、ハッピーエンドの具体的な内容が気になっていた、と。そうですねえ、普段はお聞きになった方のご想像にお任せしているのですが……おおかみと女の子は森の中で出会い、手を取り合って末永くしあわせに暮らしました、というのがお好みでしょうか?

 ふふ、そんな顔をしないでください、麗しいお方。けれどね、望まないまま罪を着せられた哀れな男がヒロインに仕立て上げられた哀れな少女に惹かれたとしても、運命や正義とやらに引き裂かれてジ・エンド。それが現実というものですよ。あの物語の本当の結末を、お忘れになったわけではないでしょう?

 ああ可哀想に、こんなに震えて。怖いのですね?大丈夫、そのまま、座ったままでかまいませんよ。お手を煩わせるまでもなく、一瞬で終わらせてご覧に入れますから……なんて、ふふ、もはやあなたには終焉を見ることも逃げ出すことも叶いません!

 ──やられてばかりの悪役など、なんの面白味もないでしょう?














 おやおや、見られてしまいましたか。道理でいつもと違うはずです。久し振りに美味しいごちそうにありつけたと思いましたが、そんなに上手い話はありませんでしたねえ。

 ここで見たことは、内緒に、してくれますね?もしも誰かに言ってしまったら、その時は──


 あなたも食べてしまいますから、ね。

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