荒れた日々にデカフェのコーヒーを。

「もういやだぁ〜。仕事行きたくない〜」

 玄関の扉を開けて、真っ先に出てきた言葉は「ただいま」ではなく、女々しい弱音だった。

「おかえり、どうしたの? なんかあった?」

 先に家に帰っていたテツヤはテレビに映っているバラエティ番組から、私のいる玄関の方に目を移し、聞いてきた。

「もう最悪、あのクソ上司。あんな会社辞めてやる!」

 自分でもテツヤの質問の回答になっていないことには気がついていた。しかし、ぐちを言うことが止められない。

「とりあえず、座りなよ。あ、コーヒー淹れようか?」

 テツヤの気遣いが荒れた心にしみてくる。

「うん、ありがと。ちょっと興奮気味なので普通のじゃなくてデカフェの方でお願い」

「仰せのままに」

 テツヤはニッコリと微笑み、キッチンに向かった。

 私はジャケットをハンガーにかけて、ダイニングのソファに疲れ果てたおっさんのようにどっかりと腰を落とした。ああ、こんな姿、テツヤ以外の人には絶対見せられない。

 テツヤがコーヒーを淹れている間に少しでも気持ちを落ち着けようと目を閉じて深呼吸してみるが、ダメだ、ちっとも落ち着かない。


5分もすると、両手にマグカップを持ってテツヤがダイニングに戻ってきた。左手にはピンクのマグカップ、右手には水色のマグカップ。ユウコの結婚式の引き出物で貰ったものだ。

「お待たせ」

「ありがと」

 私がピンクのマグカップに手を伸ばすと、「おっと」と言って、テツヤは私に取られないように左手を引いた。代わりに右手の水色のマグカップを差し出した。

「それは何かのジョーク?」

「ごめん、間違えて、ナナセのマグカップに普通のコーヒー入れちゃった。デカフェはこっち」

 私が水色のマグカップを受け取ると、私の隣にそっと腰を降ろした。

 ペロッと舌を出して謝るテツヤの仕草が妙に芝居がかった感じで、ちょっと笑ってしまった。テツヤがイケメンではなかったら、きっと私のイライラに拍車をかけていただろう。

「テツヤってしっかり者なのにおっちょこちょいよね」

「なんだそれ。まあ、否定はできないね」

 テツヤが淹れてくれたデカフェのコーヒーを一口飲む。コーヒーのいい香りが鼻を通り抜ける。

「ああ、落ち着く〜」

 テツヤが私の様子を横目から見て、微笑んでいるのがわかる。見えていないけど、そんな気がする。

「それで、なんかあったの?」

 明日の天気は雨かな、なんて言うくらい軽い感じで、気にしているようで気にしていないような絶妙な聞き方をするテツヤは、聞き上手だ。

「実はね、......」

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