第11話 鉄を斬る

「ハアアアッ!!」


 ガキンッ!! 金属同士の接触した時に発する甲高い音が響き、俺の剣が折れた。


「‥‥‥‥またダメか」


 折れた剣先と根本を見比べ、溜息をついた。

 何度も鉄を熱しては叩き、熱しては叩きを繰り返し、漸く形に成った俺の剣、俺の力。


 魔法適性がなかったことが悔しかった。だから無能力者でも強くなれる方法探し、漸くたどり着いたもの、それが『鋼鉄』だった。

 禁忌とされる『鋼鉄』を使うことに抵抗がなかったわけではなかった。だけど俺にはこれに縋るしかなかった。

 力が無い、魔法適性が無い、後ろ盾が無い、あるのは厄介な血筋だけ。これで生きていくには、禁忌でもなんでも使うしかないと決意するのに、それほど時間は掛からなかった。

 だが、『鋼鉄』を使うと決めたところで、どう作ればいいのか分からなかった。何を用意すればいいのか、道具は何を使えばいいのか、まるで分らなかった。だから、ガレットに頼みこんで教えてもらった、『鋼鉄』を鍛える者の情報を。そしてたどり着き、『鋼鉄』の鍛え方を教えてもらった。

 まあ、そう簡単には教えてくれなかったが、俺が無能力者であること、生きるために力がいる事、生まれの事、全て洗い浚いぶちまけた。その結果、漸くの信用を勝ち取った。


 『鋼鉄』の鍛え方を覚えるのに2年以上かかったが、才能のなかった俺に熱心に教えてくれた親方には感謝に絶えない。

 漸く得たこの力―――『鋼鉄』の剣こそ、俺のよりどころだ。だからこそ、この剣を最も生かせるように俺も自身を鍛えた。

 確かに苦労も沢山あった。落胆したことも多々あった。だけど、そんなのこれまでに比べればなんてことはない。

 何度も試行錯誤をして、斬り方を研究したり、刃を更に鋭くなるように研磨したり、その切れ味を試すために色々な物を斬ってきた。

 最初はすぐに剣を折ってしまったり、研磨し過ぎてすり減り過ぎて脆くなったり、逆に研磨が足りず切れ味が悪かったり、悪戦苦闘した。

 木を斬り、石を斬り、魔獣を斬った。‥‥‥‥だが、斬れないモノがあった。それはこの剣と同じ『鋼鉄』だった。


「‥‥‥‥やっぱり同じ材質のモノだと斬れないのかな」


 剣の材質は『鋼鉄』、斬ろうとしているモノも『鋼鉄』、互いに同じ硬さを持っているから斬ることが出来ない、と何だか腑に落ちない気がするが、こういうものだと思うしかないと思った。だが、


「そりゃ、お前の腕が悪いからだ」

「‥‥‥‥ガレット」


 師であるガレットは俺の未熟を指摘した。


「俺の剣が悪いのか‥‥‥‥」

「いや、剣じゃねえ。問題なのはお前の剣の腕前の方だ。その剣、ちょっと貸してみろ」

「‥‥‥‥でもガレット‥‥この剣は『鋼鉄』だぞ?」

「構いやしねえ。別に魔法を使う訳でもねえし」


 そう言ってガレットは俺の剣を持ち、剣を大きく振りかぶった。


「いいか、斬るってのは、物を切断することだ。それに重要なことは当て方とスピードだ‥‥‥‥ハアッ!!」


 ガレットは剣を勢いよく振り下ろし、『鋼鉄』に斬りかかる。‥‥‥‥すると、


「なっ!?‥‥‥‥斬れてる!」


 俺の剣が『鋼鉄』の塊を二つに斬り裂いた。

 俺はマジマジと二つに斬り裂いた『鋼鉄』の塊を見つめた。断面を見るとえらく滑らかだった。斬られた断面をくっつければ、またつながるのではないかと思うほどだった。


「‥‥‥‥随分とうまく斬れたな、いい剣じゃねえか。リッド、お前、鍛冶師の道を極めた方がいいんじゃねえか?」

「‥‥‥‥スッゲー、一体どうして? 俺がやっても全然うまく行かなかったのに‥‥」

「‥‥‥‥聞いてねえな、コイツ‥‥まあ、あれだ。お前はこの剣の使い方がまるで分ってねえ。お前が作ったこの剣はな、『叩く』もんじゃねえ。『斬る』もんだ」

「『斬る』‥‥‥‥いや、俺も斬ってるぞ」

「お前の『斬る』は『叩き』『斬る』なんだ。最初に勢いよく当てている、これが『叩く』なんだ。その後に『斬る』が来ているから、『斬る』力が分散しているんだ。だから斬れねえ」


 ガレットの話に思い当たる節がある。

 勢いよく、強く叩きつける事こそ、物を斬ることに適していると思っていた。だから力―――腕力を強くして、勢いよく叩くことで斬れると思っていた。

 でも違った。俺の剣には叩くことは合っていない。


「お前の剣は『鋼鉄』だ。硬さなら他のどんなものにも負けやしない。魔法ですら効きゃしねえ。本来ならデメリットがあって使えねえ『鋼鉄』はお前には関係ねえ。誇れ‥‥‥‥お前の生まれを、生きてきた道を、お前が諦めないからこそつかみ取ったお前の力を―――」


□□□


 眼前に迫りくる大岩を前に昔の事を思い出していた。

 随分と余裕だな、我ながら驚いている。

 だけど、慌てる必要はない。

 これくらいの状況は慣れている。


 ガレットに放り込まれた戦場も、師匠のおつかいも、姐さんの頼み事も潜り抜けた。生き地獄だったが何とか生き残った。

 なら目の前の大岩くらい何だと言うんだ。


「スゥ―――」


 大きく息を吸い込み、気を集中させる。

 集中しろ、次の一振りが俺の運命を決める。

 しくじれば俺の命はない。中級魔法の破壊力は俺には耐えきれない。斬れなければ、圧し潰されて死ぬ。


 だけど‥‥‥‥‥‥‥‥今更だな。

 俺は無能力者だ。無能力者が16歳になるまで生きれたのは、非常に稀だ。

 大抵は殺されるか、のたれ死ぬか、そのどちらかだ。

 俺は殺されても仕方がない身分だった。王族の‥‥王の嫡男が‥‥無能力者だった。そんな醜聞を外に出すわけにはいかないはずだ。だから存在を抹消するために消すことだって、今では十分に理解できる。

 だが、俺は生きている‥‥‥‥生き残っている。

 叔父のクラウスが、冒険者の師であるガレットが‥‥‥‥なにより母が、俺を生かしてくれた。

 生き残った命は大事だ。だが、俺はまだ何もしていない。俺はまだ‥‥生きていない。

 俺は冒険者になる、それが俺の最初の一歩だ。俺が生きた証の第一歩だ。


「ハアアアッ―――『斬鉄剣!!』」


 全力の一歩を踏み込むと同時に剣を振り下ろす。

 大岩に刃が触れた。そして、一気に刃は加速する。斬る、ただそのことを突き詰めた振り下ろしは確かに大岩を両断した。


「な!?」


 眼前のアックの驚愕の表情が見えた。

 大岩は俺を避けるように二手に分かれ、その先に道が出来た。ならば、この道を突き進むのみだ。

 俺は剣を振り下ろした態勢のまま、一気に距離を詰める。


「っ!? ち、地の魔晶よ、その力によりて、我が眼前の敵を圧し潰せ。《ロックバレット》」


 アックは正気を取り戻し、急ぎ魔法を俺に向かって放ってくる。だが、その攻撃は焦りがあり、あまりに直線的過ぎた。

 ただ、真っ直ぐに俺に迫る《ロックバレット》を俺は一歩横にステップすることで射線から外れた。


「!? チッ!!」


 アックが舌打ちをしたのが聞こえた。最早それほどまでに距離が近づいていた。

 アックは魔法を放つよりも、直接攻撃した方が早いとみて、石斧を振り上げる。

 俺はそんなアックに対し、自身の間合いに入るまで、足を止めず、只管に距離を詰める。俺は剣が届く範囲でしか戦えない。だからこそ、危険でも、待ち受けていても、進むしかない、俺の剣が届く場所に。


「くらえやぁぁぁぁ!!!」


 アックの石斧の振り下ろしが俺に迫る。

 今度は避けることは出来ない。だが、問題ない。アックの攻撃が俺に迫る、と言う事は、俺の攻撃もアックに届くと言う事だ。


「『斬鉄剣・切り上げ!!』」


 振り下ろしたままの剣をこの距離で一気に切り上げる。全身の筋力を足に込め、腰、腕、と全身に勢いよく伝えた切り上げは、アックの石斧とぶつかる。だが、


「なに!?」


 アックの石斧が砕け散った。それに対し、俺の剣は全くの刃こぼれもない。


「終わりだ!!」


 切り上げた俺の刃は一度振り切った後、もう一度振り下ろされる。

 俺の刃が石斧を失ったアックに向かって振り下ろされる。


「っガハァ!?」


 俺の放った刃はアックの肩口から大きな斬撃を与えた。


「‥‥ハァ、ハァ‥‥グッ‥‥」


 アックの膝が折れ、その場に倒れ伏した。


「‥‥俺の‥‥勝ちだ!」



 

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鋼鉄の王様 あさまえいじ @asama-eiji

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