第10話 駆け引き

『地の魔晶よ、その力によりて、我が眼前の敵を圧し潰せ。《ロックバレット》』


 『石斧』のアックが魔法を放つ。

 その威力は先程の魔法とは威力がまるで違う。だが、


「はっ!」


 剣と石が衝突し、『カキンッ!』という甲高い音が響いた瞬間、石は剣の一振りでかき消えた。

 結果として、俺の剣の勝ちとなった。

 剣には刃こぼれ一つない、俺の鍛え上げた『鋼鉄』の剣はこの程度の攻撃でビクともしない。


 アックはそれを見て、眉間にしわを寄せた。


「チッ、言うだけはあるようだな‥‥‥‥ならば、攻め方を変えるか」


 そう言って、アックは再び詠唱を始めた。だが、それは先程とは違う詠唱だった。


『地の魔晶よ、その力によりて、我が武具に宿り共に戦う槌となれ。《ロックハンマー》』

「!」


 アックの持つ武器―――石斧に石を纏って槌に変わった。

 その大きさは巨体のアックとほぼ同じ全長と幅を持った、巨大な得物に様変わりしていた。

 それをアックは肩に担ぎ、構えた。


「行くぞ、小僧!!」


 アックは見かけによらない俊敏な動きで俺に近づき、その槌を振り上げ、振り下ろした。


「ハアアアッ!!」

「あぶなっ!!」


 俺は咄嗟にその攻撃を後ろに下がって躱した。

 ドガァァァンッ!!! という大きな音が響き渡る。床が陥没してしまっている。これを受け止めるのはまずいな、見た目通りのパワーだな。これは注意が必要だ。


「オイ! この部屋を壊すなよ、キサマに渡している報奨金とは桁が違うんだぞ!」

「‥‥‥‥ああ、可能な限り善処しよう」


 ジャック・ガルバが部屋の心配をしている。今そんな事を気にするべきなのか、まあ、このままだと部屋がボロボロになりそうだし、致し方ないな、当人にとっては。


 しかし、アックは見かけ通りのパワータイプだな。だが今の動きは結構速かった。瞬発力は高いようだな、それに攻撃の種類も豊富そうだ。D級冒険者というのは伊達じゃないな。


 アックは槌を肩に担ぎ、次段の攻撃に移った。


「ウオオオオオオオオオ!!」


 またも、俺に接近し、槌を振り下ろす。

 この程度の動きなら、対応するのに問題はない。スピードは俺の方が上だ。


 今度は余裕をもって、攻撃を見極め回避した。

 アックはまたも攻撃を空振り、床に槌が振り下ろされ、床がバキバキに割れていく。まさか、わざとやっているのか?

 まあいい、アックは思いっ切り槌を振り下ろした影響で、スキだらけだ。あの槌の大きさ、破砕音からして、相当な重量なはずだ。先程も持ち上げるのに重心がブレて、スキが出来ていた。ならば、


「さあ、こっちの攻撃だ!!」


 今を逃すべきじゃない、チャンスならばとことん攻める!

 俺は左手を前にして、右手を引き絞った状態で、体勢を低くして、一気に距離を詰める。必殺の突きだ。


「ハアアアッ!!」


 スピードが十分に乗った一撃はアック捉える‥‥‥‥はずだった。


「‥‥‥‥甘いな、小僧‥‥」


 アックはニヤァ、と笑って、


『解除』


 その声と共に、アックの武器から石が剥がれ落ち、元の石斧に戻った。

 そして、その石斧を水平に振るって、俺の側面から攻撃が襲ってきた。

 このままだと、先に攻撃が当たるのは‥‥‥‥俺の方だ。


「クッ!?」


 俺は攻撃を急遽取りやめ、咄嗟に剣を盾代わりに攻撃を防いだ。

 だが、不完全な体勢で受け止めたため、踏ん張りが効かず、弾き飛ばされた。


「っ!」


 弾き飛ばされた先に壁があり、体を叩きつけられた。

 しまったな、勝機と見て、焦りが出たな。いかんな、『スキを見つけたら攻めろ、だが、それが罠であることも考慮しなくてはならない』、ガレットにそう言われていたのに‥‥‥‥何をやっているんだ、俺は!

 己の油断、慢心が招いた結果だ。この痛みも今後の糧にしていくしかない。

 俺は素早く立ち上がり、体勢を整えようとした。だが相手はこちらの都合など考えてはくれない。 


『地の魔晶よ、その力によりて、我が眼前の敵を圧し潰せ。《ロックバレット》』

「チッ!?」


 アックは追い打ちを掛けるように魔法を放つ。

 俺は咄嗟に剣を盾にして魔法を防ぐ。魔法は『鋼鉄』の剣に当たり、かき消された。


「ほう、存外しぶといな」

「‥‥‥‥当たり前だ。この程度でやられるほど、柔な人生を歩んじゃいない」


 俺はその場で立ち上がり、笑って言ってのけた。

 これまでの人生、苦難しかなかった。今もずっとそうだ。誰かに頼らなければ生きられなかった。誰かに頼って、守ってもらわなければ、生きる事すら出来なかった。

 だけど、そんな俺が漸く誰かの助けに成れるんだ。‥‥‥‥だからさ、リリス、そんな顔しないでくれよ。


「逃げて!! リッド―――!」


 リリスは目に涙を溜め、必死に俺に逃げろと叫んだ。

 情けないな、助けに来たのに心配されて、挙句の果てには逃げろ、とまで言われるなんて‥‥‥‥だけど、悪い気はしないな。誰かに心配されるのは、全然悪い気はしないな。

 俺はリリスを見て、笑った。


「大丈夫さ、リリス。これくらいでへこたれる程、俺は弱くはない。だから、安心して見ていてくれ」

「リッド‥‥‥‥うん」


 リリスは笑って頷いた。

 ふぅー、これであとには引けなくなったな。約束した以上、ここから先はヘタな事は出来ないし、してはいけない。

 『女に涙を流させる男はクズだが、女の涙に答えれない男はもっとクズだ』、昔ガレットがそう言っていた意味が漸く分かった気がするな。


 俺は剣を正眼に構え、一度大きく深呼吸をする。精神を集中させる、次の一振りは己の渾身の一撃、これをしくじれば俺の敗北は必至。だからこそ、覚悟を決める必要がある。

 そして、剣を大きく上段に振りかぶり、動きを止めた。


「ほう、大技を出すか」

「ああ、俺の渾身の一撃だ。‥‥‥‥次は無い」

「フフフフ‥‥‥‥いいだろう、俺も渾身の一撃で相手をしてやる」


 アックは石斧を前面に押し出し、詠唱を始めた。


『地の魔晶よ、その大いなる力によりて、我が眼前の敵を堅牢なる巨岩にて圧し潰せ。《ビッグロックインパクト》』


「‥‥‥‥中級魔法か」


 中級魔法、初級魔法を遥かに上回る威力と規模を誇る。

 アックが放とうとしている地の中級魔法ビッグロックインパクトは、地の初級魔法ロックバレットの上位に当たる。

 魔法の階級が上がればその威力は、およそ4倍に至ると言われている。

 当然、その魔法の威力が上がれば、規模も大きくなる。その魔法の大きさは、直径4メートルほどにも至っている。

 そんなものが放たれれば、部屋へのダメージは深刻なのは火を見るよりも明らかだ。だから、それに講義する声も上がる。


「おい、アック!! キサマ、それほどデカイ岩をこの部屋に叩き落とす気か!! 先程言っただろうがこの部屋は‥‥‥‥」


 ジャック・ガルバの怒声が部屋に響く。


「いいですか、ジャックさん。ここでこのガキを仕留めておかないと後で厄介なことになりますぜ。向こう見ずなガキの事だ。ネイチャー教にそこの娘を売り渡した直後に、襲撃して救いに行くかも知れねえ。そうなったら、ジャックさんにも責が及ぶ可能性が出るかも知れませんぜ」

「待て、何故俺にも責が及ぶ?」

「引き渡した直後にそこのガキが救い出したら、ネイチャー教は金だけ渡して丸損だ。そのガキとジャックさんがグルなんじゃないか、と考える可能性もありますぜ。今後のためにも、ここでこのガキを始末しておいた方が後々のためですぜ」

「‥‥‥‥チッ、仕方がない。必ず、そのガキを仕留めろ!」

「ええ、お任せ下さい」


 ニヤリとジャック・ガルバに見えない様に、アックは笑った。

 ジャック・ガルバとアックでは役者が違うと思った。

 出まかせを言っているわけじゃない、常に最悪を想定するのは冒険者として当たり前だ。だが、俺がネイチャー教に襲撃することを考えている、何て多少の常識を持っていれば決して考えない、それくらいアックくらいの冒険者、いや年長者なら分かる。


 ネイチャー教が光の魔法適性者を移送するのに、並みの教会騎士が来るわけがない。それこそ、ネイチャー教の最高戦力である5大騎士の誰かは確実に来るだろう。

 5大騎士は冒険者のランクで換算すればA級に至る、それこそ目の前にいるアック程度じゃ物の数にならない程、圧倒的に強いはずだ。

 俺がアックに苦戦しているのに、そんなの敵に回せるわけがない。

 そんな事を知らない、ジャック・ガルバには十分に効いた脅しになったようだ。


「行くぞ、小僧。お前の全力、俺の全力で叩き潰してやるぞ!」


 アックは作りだした大岩を俺目掛けて放った。

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