第9話 鋼鉄

 俺はガルバ商会の中を奥に向かって歩いていく。だが‥‥‥‥誰も見かけない。おかしいな、入り口であれだけの騒ぎを起こしたというのに、増員が出て来ない。全員であれだけ、という可能性は無くはないが、ちょっと楽観的に考え過ぎだな。‥‥‥‥と言う事は、何処かで待ち伏せをしている可能性が高いな。用心が必要だ。


 こちらが騒ぎを起こしても相手が行動を起こさない場合、いくつか理由は考えられる。俺の考える中で一番最悪なのが、こちらが向かう道中に罠を仕掛けて、疲弊させたところを残り戦力で一気に攻撃してくることだ。

 だが、それをするには全員を統率、纏め上げるリーダーシップを持つ者が必要だ。

 ブレイズから聞いた限りでは、ジャック・ガルバにそれほどの器量があるとは思えない。金で雇われているから、それをうまく使い、従わせたのか‥‥‥‥それとも、それ相応の人物を雇っているのか、どちらかだな。


 相手の戦力が未知数であれば、本来なら仕掛けるべきではなく、情報収集を行い、作戦を立て、しかるべき準備を行うべきなんだ。

 だが、俺には分からないからと言って帰る訳には行かない、引けない事情があるんだから。

 ブレイズに託された‥‥‥‥リリスを助けることを。ならば俺はそれを完遂する。助けられた恩義があり、まだそれを返せていない。助けると誓っておきながら、肝心なところにいなかったからリリスは攫われた。

 ‥‥‥‥これが最後のチャンスだ。ここを逃せばリリスはネイチャー教に連れて行かれる。そうなれば、俺に救い出す術は無い、だから、絶対にリリスを助けるんだ。


 俺は細心の注意を払いつつ、奥に向かった。すると大きな扉に行き当たった。ここまで、罠はなかったし、誰にも会わなかった。この奥に何があるかは分からないが、誰かはいるだろう。

 リリスがいるかも知れないし、ジャック・ガルバがいるかも知れない、あちらのリーダー格がいるかも知れない。‥‥‥‥分からないことだらけだが、進まないと何も分からないままだ。

 だが扉を開けたら、いきなり魔法が飛んでくることも考えられる。用心するに越したことはない。

 俺は両手の手袋の感触を確かめ、防御の姿勢を取りつつ、一気に扉を蹴破り、中に入った。


「リッド、危ない!!」

「!?」


 リリスの声が俺に危険を知らせた。俺の眼前に大きな石の塊が迫ってきていた。最早避けることは敵わない、だが防御の構えを取っておいたことが幸いして、両腕をクロスさせ、石の塊を防いだ。石の塊が俺の両手の手袋にぶつかり、ガツン、という音と共に魔法がかき消され、石の塊は消え去った。そして俺は後ろに飛んで、石の塊の衝撃を殺した。うまく防げたな。


 俺は安心する間もなく、状況を確認するため、周囲に目を向けた。すると、リリスと数人の男たちに守られるようにしている身なりのいい男―――おそらくはジャック・ガルバがそこにいた。

 そしてその中央に顔が傷だらけの屈強な男が俺の動きを見ていた。その男は右手に持つ石斧を俺に向け、魔法を放った。


『地の魔晶よ、その力によりて、我が眼前の敵を圧し潰せ。《ロックバレット》』

「はあっ!」


 右の拳で魔法をぶん殴り、かき消した。

 今度は発動する前から見えていたので余裕だった。だが、男は防がれたというのに、しきりに頷いていた。どうやら様子見が目的だったようだ。しまったな、余計な情報など与えないように、避けるべきだったか。


「ふむ‥‥‥‥なるほど、魔法をかき消した、か。ベックとスティーブがそんな事を言っていたから、まさか、と思っていたが、本当だったか。ということは‥‥‥‥小僧、その手袋、『鋼鉄』が仕込まれているな‥‥そんなもの何処で見つけてきた?」


 男は見かけによらず、頭を使うようで、現状の分析を行った。そして、その分析はほぼ合っている。だが、一つだけ違うことがある。


「‥‥‥‥見つけたんじゃねえ。俺が‥‥‥‥作ったのさ!」


 俺が自慢気に言ってのけた。

 ‥‥‥‥冷静に考えてみれば、別に拾っただの、貰っただの、言えばよかった。態々言う必要など、全くない。だが、制作者たるもの自分の作品を偽るなど出来るわけがない。

 この手袋を作ったのは紛れもなく俺なんだから。


「! ほう‥‥‥‥なるほど、つまりお前は‥‥‥‥無能力者、と言う事だな」

「!? へえ、良く分かったな」

「当然だ。無能力者だからこそ、ネイチャー教が禁忌の物質と定めた『鋼鉄』を扱っても問題ないんだからな」

「そうだな」


 禁忌の物質『鋼鉄』とは鉄を高温で熱し、高純度な鉄のみを抽出した物質だ。元は同じ鉄だが、『鋼鉄』は禁忌に指定されている。

 ネイチャー教は自然物以外は存在を認めていない。とりわけ金属の加工は様々な指定があり、材質を変質させたものは破棄しなければならず、所持使用は厳罰に処される。なぜなら、


「『鋼鉄』は魔法に嫌われる。だからこそ、無能力者だけが扱える」


 そう、『鋼鉄』は魔法に嫌われる。

 厳密に言えば、自然な力を起源とする魔法は、人工的に作られた『鋼鉄』と最悪の相性だ。

 石や木などの自然物は魔力との親和性が良く、魔晶との相性も良い。だから、魔法を主にして戦う冒険者や魔法師は石のナイフや木の杖に魔晶を取りつけ、魔法を放つ。それが現状で考えられる魔法の最高効率での発動だ。

 それに比べ、金属は石や木に比べて魔力との親和性が悪いが、魔晶との相性は悪い。だが、金属の頑丈さはその不利な点を補えるだけの価値がある。だから、武器を主にして戦う冒険者は鉄や銅の剣などを使い、魔法は補助的な役割として使っている。自然物を使うことに比べて魔法は著しく減衰するが、それでも魔法は発動できる。

 そして、『鋼鉄』は魔力との親和性は全くない。魔晶は反応しない。故に魔法は発動しない。

 冒険者とはほぼ全員が何かしらの魔法適性を有している。魔法適性者が『鋼鉄』なんて持てば、自身の長所を殺してしまう。だから、誰も使わない。‥‥‥‥俺の様な無能力者以外は‥‥‥‥

 だからこそ、ネイチャー教は『鋼鉄』を禁忌とした。魔法を広めたロウの功績に真っ向から歯向かう『鋼鉄』はネイチャー教としては看過できないからだ。それ故に取り締まられ、精製方法も秘匿されている。


「タネが分かってしまえば、どうと言う事は無い。お前が『鋼鉄』で防ごうが、俺の魔法の衝撃が『鋼鉄』で身を護るお前を倒す」


 『鋼鉄』は魔力の結合が阻害する。放たれた魔法は魔力の塊だ。故に、放たれた魔法は解除され、魔力は霧散する。だが、魔法の発生によって引き起こされる現象までは解除されない。

 例えば、熱や衝撃だ。熱は『鋼鉄』を熱し、所有者の体を焼き、衝撃は『鋼鉄』では消せないため、所有者の体に響く。

 だが、男も良く知っている、中々の知識量だ。

 無能力者、いや『鋼鉄』の事をここまで詳しく知っているとは、よほどの経験を持っているんだろう。あの顔の傷も見掛け倒しではない、と言う事か。


 だが、このままだとまずいな。手袋に仕込んである『鋼鉄』はそれほど強くない。さっきの魔法で結構衝撃を受けた、だからこれ以上使い続けると、壊れる恐れがある。折角作ったのに、壊れてしまうのはなんかヤダな‥‥‥‥しまっておこう。

 俺は両手から手袋を外し、魔法の袋にしまい込んだ。


「ん、何だ。もうあきらめたか?」


 男はつまらん、という表情をしながら、俺にそう言った。


「諦める?‥‥‥‥そんなわけがないだろう」


 ああ、諦めるなんて選択肢があれば、俺はここにはいない。

 リリスを助けに来ようなどしていない。いや、そもそもこの村にも来ていないし、何より‥‥‥‥今、生きていない。

 諦めたら、全てが終わりだ。魔法適性を持たず、これまで生きてこれたのは多くの人の出会いと助けによるものだ。だがな、何よりも‥‥‥‥俺はあきらめるのを止めたんだ。


 魔法適性が無いと知った10年前、俺は全てを諦めた。

 父上に見捨てられ、周囲の貴族たちの誹謗中傷、存在すら認められず、名すら失った。

 苦しかったさ。悲しかったさ。誰にも認められず、誰にも受け入れられない、苦痛をお前は知っているか、絶望を知っているか、‥‥‥‥俺は良く知っているさ。

 だからこそ俺は自分を欲した。『リチャード』を失い、『リッド』として生まれ変わった。後はこれを認めさせる、世界中に俺―――『リッド』を認めさせる。

 そして、俺を受け入れてくれた二人の兄妹―――リリスとブレイズを俺は守ろう。俺を信じてくれている二人のためにも‥‥‥‥


「リッド‥‥‥‥」

「リリス‥‥‥‥少し、待っていてくれ。俺がお前を助けるから‥‥」


 リリスは心配気な表情を浮かべを俺を見ていた。

 ダメだな、リリスを不安にさせていては‥‥‥‥


「この程度の相手、俺の相手にならないさ」


 俺は背中の剣を引き抜き、自信たっぷりに言ってのけた。


「‥‥‥‥この程度、言ってくれるな‥‥‥‥小僧!!」


 男は俺の発言を聞いて、眉を潜め、怒りに満ちた表情を露わにする。


「Dランク冒険者『石斧』のアックと呼ばれたこの俺が、小僧如きになめられては立つ瀬がない。小僧、お前は運がいい。‥‥‥‥俺が特別に世界の厳しさを教えてやるんだからな!」


 空気が変わった。覇気がビリビリと伝わってくる。‥‥‥‥どうやら男のプライドを酷く傷つけたみたいだ。だが、この程度の軽口で気を散らしてくれるなら、安いものだ。

 それに‥‥‥‥その程度の殺気で俺が怯むわけがないだろう。

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