第7話 敵情視察

「関所か、村の南側にある。南に向かっていけばデカイからすぐにわかるはずだ」

「そうか、じゃあちょっと見てくる。関所がどれ程のものなのか、実物を見ない事には作戦が建てられないからな」

「ああ、俺達は家にいる。待ってるぞ」

「気を付けてね、リッド」

「ああ‥‥」


 俺は二人に背を向け、南の方に足を進めた。


□□□


 ラオン村の道中を南に向かって歩いて行く。その最中、周囲に目をやると、村の現状が目についた。

 村の中は閑散としていて活気がない。出歩いている村人たちも暗い顔をしている。どうやらこれが村の現状のようだ。ガルバ商会の代替わり、ジャック・ガルバが村の経済を支配した結果だ。残念だが、俺にはどうすることも出来ない。リリスとブレイズをこの村から出して、冒険者にすることまでは出来るが、この村の現状を変えることは出来ないし、する気もない。特に恩が無いからな。

 俺はそれを尻目に、足早に村の中を通り抜ける。


 少し行くと、村の出入り口に大きな関所が見えてきた。‥‥‥‥ああ、あれなら確かにすぐにわかるわ。

 この村の出入り口には両脇にそびえる岩山があって、それが天然の要害になって魔獣の侵入を制限していたんだろう。そこに関所を設けることで、魔獣からの侵入を完全に防ぐことが出来るようになった。確かに魔獣によって生活が脅かされることはなくなっただろう。だが、代わりに人間によって生活が脅かされる結果になってしまうとは思ってもみなかっただろうな。


 周囲の様子を調べてみたが、この関所を抜けないと村の外には出られないと良く分かった。関所の両脇にそびえ立つ岩山は登るには専門的な装備と経験が必要だ。ブレイズなら何とかなるかも知れないが、リリスには無理だろう。となると、陸路は現状では無理か‥‥‥‥

 後、考えられる手は船を使って、関所を回避することだが、これも難しい。船で他所の海岸に乗りつけるられる場所が、この辺りにはない。村は海面に近い高さのため、船の出入りが出来、漁が出来る環境なんだろうが、其処から南に向かっていくと、海面から高い土地が続く。船が出入りできる一番近い場所がベイオグラードの北の港だ。だが其処に乗りつけるには許可書が必要だ。事前に連絡なく、乗り付けることが出来る程のコネも権力も俺達には無い。

 改めて状況を確認して見ると、八方塞がりだな。一番確率が高いのが、無理矢理関所を破ることだが、それは最終手段だな。


 周囲の状況を調べるのに、思いの外、時間が経ってしまった。およそ二時間が経って、日が暮れて、周囲が暗くなりつつある。

 今日のところはこの辺りでリリス達のところに戻ろう。

 村の中を歩いて行くと、煙が見えた。俺はその煙を見て、嫌な予感がした。


「まさか!?」


 俺は足を速め、煙が上がる方に急いだ。

 俺は走りながら、嫌な予感が確信に変わって行った。あの煙が上がっているのは‥‥‥‥リリス達の家だ。


□□□


 俺がリリス達の家にたどり着いた時、家は燃えていた。周囲には倒れ伏した男たちと‥‥‥‥


「ブレイズ!」

「ハァ、ハァ‥‥‥‥チッ、おせえ、ぞ‥‥ハァ、ハァ‥‥」


 息も絶え絶えなブレイズがいた。


「ブレイズ、大丈夫か! 一体何があった? リリスは?」


 俺は急ぎブレイズを助け起こした。ブレイズは怪我を負いつつ、息も絶え絶えながら俺に話してくれた。


「ハァ、ハァ‥‥ガルバ商会の、奴らが、一斉に、押し寄せて、きやがった。リリスは、奴らに、連れて行かれ、ちまった‥‥」

「! くっ‥‥そうか。すまない、俺が離れたばっかりに‥‥」


 目の前に燃えるリリスとブレイズの家を見て、改めて思ってしまった。

 俺は無力だった‥‥‥‥いや今も無力だ。多少強くなっても、たった二人の兄妹すら満足に救えない。己の情けなさに苛立ち、思わず手を力強く握り込み、その手から血が流れた。だが今はそんな事を考えている暇はない。急ぎブレイズの状態を見ないと‥‥‥‥


 俺はブレイズを近くの木陰に寝かせ、傷の具合を確認した。

 ブレイズは大きな怪我はしていない、だが、打撲や擦過傷が目立つ。だが、それ以上に疲労が目立つ。

 俺は魔法の袋から、水を取り出し、ブレイズに飲ませた。

 ブレイズは少しずつ、水を飲んでいく。最初はゆっくりだったが、体が水分を欲したのか、俺から水を奪い取るように取ると、勢いよく水を飲みほしていく。

 若干咳き込み、こぼしながら、水を飲むと、漸く満足したのか、水を飲むのをやめた。


「ハァ、ハァ‥‥フゥー‥‥生き返った。サンキューな」

「‥‥‥‥いや、すまなかった」

「いや、守れなかったのは俺が不甲斐ないからだ。わりぃがちょっと出てくるわ。リリスを助けに行かねえと‥‥‥‥」


 ブレイズはフラフラな体で立ち上がろうとしている。俺はそれを肩を貸して立ち上がらせ、


「リリスは何処に連れていかれたのか分かるなら場所を案内しろ。今度は俺も行くぞ」

「‥‥‥‥へ、わりぃな。村の出入り口から西へ行ったところに、ガルバ商会がある。そこにリリスはいるはずだ」

「分かった。行くぞ」


 俺はブレイズに肩を貸しながら、共にガルバ商会に向かった。


□□□


 俺とブレイズが村の中を歩いて行く最中、見知った顔が道を塞いだ。村長だ。


「なんのようだ、村長? 俺はこれから行かねえとならねえ場所があるんだが‥‥‥‥」

「‥‥‥‥ブレイズ、すまん!」


 俺とブレイズを囲むように、男たちが周囲を取り囲んだ。


「これは何の真似だ、村長?」

「すまん、じゃが、こうするしか村を存続させる方法が無いんじゃ‥‥‥‥」

「すまねえ、俺達の事、恨んでくれていい。ブレイズもリリスも小さい時から知ってる。‥‥‥‥だから、こんなことしたくねえ。‥‥だけど、俺にも女房、子供がいるんだ。俺にとって、守らなきゃならないもんがあるんだ。だから‥‥‥‥」


 男たちは泣きながら、農具を振りかぶり、懸命に威圧する。その眼にはこんなことをしたくない、だけどしなくてはならない、という風に二律背反の感情が混じっている。

 ブレイズは周囲を見渡し、小さく呟いた。


「わりぃ、頼んでいいか?」

「ああ、任せろ」


 俺はブレイズをその場に座らせ、一人で歩き始めた。

 ブレイズはここに留まることを選んだ。それが同じ村の、共に暮らした隣人たちへのせめてもの報いとして‥‥‥‥本当ならブレイズ自身でリリスを助けたいのだろう、だが、それをすれば、彼らの生活を奪うことも分かっている。だから、少しでも言い訳が立つように、ブレイズは残る。だから、後の事はよそ者の俺が勝手にリリスを助けに行く。村の人には悪いが、俺はリリスを助けたいんだ。あんたらがどうなっても気にしない。

 だが、そんな俺に周囲の男が立ちはだかった。


「すまねえがアンタもここにいてくれ。頼む」

「‥‥‥‥」


 俺はそんなの気にせず、ガルバ商会を目指し、歩を進める。だが、


「頼む!」


 頭を下げて頼んでくる。


「‥‥‥‥」


 俺はそれに気にも留めず、男の横を通り抜けていく。


「こんなに言ってもダメなのか‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥‥‥仕方がねえ。お前ら、あのガキを止めろ!」


 男たちが俺を通せまいと、眼前に壁を作り、背後から大きな男が飛び掛かってくる。


「はっ!」

 

 俺は振り返り、飛び掛かってくる男を掴み、その勢いを殺さない様に素早く眼前の男に投げつける。


「怯むな、行くぞ!」


 どうやらそれで諦められないようだ。仕方がない。

 俺は拳を緩め、襲い掛かる男たちの攻撃を躱し、鳩尾を狙い、掌底を放ち、倒していく。

 多少痛くて苦しいだろうが俺に出来るのはこのくらいのダメージで倒してやることくらいだ。‥‥‥‥もう少し強ければ剣を使い、命を奪うしか手が無いところだが、それは俺の本意ではないし、ブレイズもリリスも望まないだろう。


 俺は男たちを倒した後、先を進むと、この村では立派な建物に行きついた。どうやらあれが、ガルバ商会のようだな。

 待っていろ、リリス。今行くぞ!

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