第6話 無能力者
「俺に魔法適性はない。‥‥‥‥無能力者だ」
リリスは俺のその言葉を段々と理解出来てきたんだろう。またも顔を曇らせてしまった。
嘘だ、なんて言えない。事実だから、俺には適性が無い、というのは代えられない事実だから‥‥‥‥
「今から10年前にさ、魔法適性を調べたんだ。結構良い家の子供だったからさ、皆、期待してたんだ、俺がどんな魔法適性を持っているか。でも見事に期待を裏切っての無能力者。周囲は驚いていたし、父上には見捨てられて、母上には謝られて、弟との約束も果たせなかった。周囲は俺が無能力者だと知られるのを恐れて、家に閉じ込めて、外に出さない様にしようとしてたそうだ。‥‥‥‥だけど、そうならなかった。俺を外に出してくれたんだ、母上が‥‥‥‥そして、伯父上が俺を外に出してくれた。伯父上の下に身を寄せ、冒険者をしていた師匠―――ガレットに出会って、弟子入りして、様々な事を学んだ。そしてこれから、冒険者になって、色々な国に行って、ダンジョンを攻略して、世界中に名を広める。それが俺の野望だ」
リリスは俺の話を聞いて、優しく笑った。
「ふふふ‥‥そっか、リッドにはそんな夢があるんだね」
「夢じゃないさ、野望さ」
夢は見るもの、野望は成し遂げるものだ。この違いは大きい。夢を見ない、理想は追わない、男だったらデッカイ野望を抱け、昔ガレットに言われて、俺なりに見つけた野望だ。誰に笑われようと、そんなの関係ない。俺だけが信じていればそれでいい。でも、夢と野望を間違われるのは我慢ならん。俺はそんな気持ちを込めて、リリスに抗議した。
「ふふふ‥‥そっか、野望か。‥‥‥‥ごめんね」
「何が?」
「リッドの聞いてほしくない事、聞いちゃったね」
「ふん、聞いてほしくない事を聞いてきたから、聞いてほしいことを聞かせた、だからチャラでいいよ」
いつか誰かに聞いてほしかった、俺の野望。冒険者に憧れ、必死で目指した。居場所がない俺が作る居場所、それを世界に知らしめる。でも、どんな偉大な足跡でも最初の一歩が肝心だ。そのための第一歩をリリスに決めた。
「だから、ちゃんと覚えておいてくれよ。リリス、俺の野望を、さ」
「うん、約束するよ。私は必ず覚えてる。今日の出来事全部、君に会えて良かったことも全部含めて‥‥‥‥ずっと覚えてる」
リリスの眼が俺の眼を捕らえて放さない。真摯に真っ直ぐに、嘘偽りなど微塵も感じられない、澄んだ瞳が俺を見続けている。
「‥‥‥‥ありがとう」
「‥‥‥‥うん」
彼女が俺を信じてくれた。無能力者だと明かしても、俺を信じてくれた。俺の野望を笑わないでくれた。
‥‥‥‥ガレット、アンタの言った通りだったよ。俺は世界を知らなかった、まだ俺を信じてくれる人がいたよ。
俺の眼のまえにいる美少女の笑顔を見ているのに、俺の脳裏に浮かんだのは、中年オヤジの勝ち誇ったような顔だった。
□□□
「持ってきたぞ」
ブレイズが家の中から木の箱を携えて出てきた。そして木の箱を俺とリリスの前に置いた。随分と豪勢なシロモノだな。
「開けるぞ」
その中に入っていたのは、真っ赤な剣身を持つ、一般的な大きさの剣だった。だが、
「真っ赤な剣身‥‥‥‥マジか、純魔晶の剣だ、コレ‥‥」
一目見て分かった。炎の魔晶、それを剣身の大きさ、およそ90㎝に至るまで集め、固め、形作った一品だ。こんなシロモノ、売れば‥‥‥‥
「‥‥‥‥たぶん100万ゴルの値が付くぞ」
「ひゃ、100万ゴル!?」
「え、そんなに!?」
思わず口からこぼれた言葉に二人は大いに驚いた。
いや、実は最低でも100万ゴルという値が付くだけで、オークションだとかに出せば更に高値が付くかもしれない。一体どうしてこんなものが出てくるんだ?
「なあ、コレ、一体どうしたんだ?」
「言っただろ、リュックさんに貰ったんだ」
「貰ったって‥‥‥‥」
「‥‥‥‥親父が死んだときに、リュックさんが俺に渡してくれた。‥‥‥‥これから先、リリスを守れるのは俺だけだから、って言ってさ‥‥‥‥親父もリュックさんもリリスの魔法適性を知ってたから‥‥‥‥俺に守れ、って意味も込めてだろうな」
ブレイズは剣を持って、空に掲げる。剣は赤い剣身に太陽の光が反射し、幻想的な光を発している。
「言われなくても俺が守るさ。妹一人守れないで兄貴が名乗れるか」
力強い言葉と共に、その体に炎を纏ったような、熱と圧を感じた。
「いい覚悟だ。だけど、言葉だけじゃ意味がない。力を示せなければ価値はない。だから‥‥‥‥」
俺は剣を引き抜き、ブレイズに突き付けた。
「試させてもらうぜ、ブレイズ」
俺の言葉を受け、ブレイズは戸惑いもせず、剣を俺に突き付け、応じた。
「ああ、コイツの試しには丁度いいぜ」
ブレイズの剣、魔法、戦闘力、色々計らないと今後の行動に影響が出てくる。
剣は一級品だ。だが魔法に関してはどうだろうか、戦闘力はどれ程あるだろうか。それ次第では、戦力として当てにしていいかも知れない。
俺はそんな期待をしつつ、距離を離した。
「さあ、来い」
俺は剣を正眼に構え、ブレイズの行動を待った。
「行くぞ!」
ブレイズは剣に意識をさせ、詠唱を始めた。
『炎の魔晶よ、その力によりて、我が眼前の敵を焼き尽くせ。《ファイアショット》』
ブレイズの剣が輝き、炎の魔法が放たれた。
スティーブが使ってきた炎とは規模も威力も段違いだ。炎が強烈な熱気を伴って、俺に迫ってくる。
「おっと!」
迫りくる炎を横に飛んで躱した。
「やあぁぁぁ!」
今度はブレイズが飛び掛かってきた。炎を目くらましに使い、俺に接近していた。
どうやら戦闘センスは悪くないみたいだ。更にブレイズは剣に炎を纏わせる。
『炎の魔晶よ、その力によりて、我が武具に宿り共に戦う刃となれ。《フレイムエッジ》』
「はあっ!」
炎を纏った剣を勢いよく振り下ろし、攻撃してくるブレイズ。俺はその攻撃を見極め、躱し続ける。
攻撃を躱す最中、ブレイズの動きを観察していた。剣の扱いには慣れているようだ。あと、攻撃を躱された後に相手の攻撃に備えるように、防御を意識している。攻撃と防御の意識が半々に保っているようだ。相手を倒すよりも生き残ることを意識した戦い方だ。
「随分と戦い慣れているな。驚いたぞ」
「はあっ!‥‥‥‥親父が生きていた時には毎日戦い方を仕込まれた。親父が死んでからもリリスを守らないと、って思って自己流で戦い方を磨いてきた」
「なるほど、なら戦力として当てにさせてもらうぞ」
「ああ、冒険者になって、俺がリリスを守ってやるさ」
よし、大体ブレイズの力量は分かった。十分戦力として当てに出来ると分かった。だからここからは‥‥‥‥
「俺の力を教えてやる。行くぞ、ブレイズ!」
「! グフッ!?」
ブレイズの腹部に左手の掌底を叩き込んだ。
「グフッ‥‥‥‥テメエ、手加減、してやがったな」
「フフン、当然だ。これでも実戦経験豊富なんだぜ」
ブレイズが膝を付いて息を整えている。
よし、これで戦力の確認は問題ない。後は‥‥‥‥
「ブレイズ、村の関所はどこだ。ちょっとどんなものか見てくる」
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