第5話 下剋上

 冒険者とは国に所属せずに各国の古代遺跡―――ダンジョンを調査する者達だ。‥‥‥‥今から、数百年前は、だが。最近では魔獣の討伐や、日常生活での困り事を金銭を受けて解決する何でも屋まがいの者たちを言うそうだ。

 冒険者ギルドはダンジョンから入手できる希少魔晶の一括管理をしている。それ故、各国やネイチャー教、商業ギルドに対して優位に立ち、冒険者の権利を尊重させている。

 冒険者の権利とは『冒険者は自由であり、何人も縛られない』というモノである。その自由は国境を超える事や不当な強制を受ける事はないという。

 だが、冒険者ギルドにはいくつか掟がある。当然だな、自由には責任が伴う。その責任とは、冒険者ギルドに貢献すること。この場合は冒険者ギルドからの依頼をこなすことだ。定期的に依頼をこなす、もしくはランクを上げることで、冒険者の資格の有効期限を延長することが出来る。最高位の冒険者ともなれば、更新等不要で一生涯働かなくても冒険者ギルドが身分を保証してくれる。

 まあ、そんな冒険者はそうはいない。現在だと10人もいないそうだ、ガレットが辞めたことで更に減ったらしいが‥‥‥‥それにほとんどの冒険者は自身の力量を弁えず、魔獣に挑んで殺されたりするそうで、一年冒険者を続けられるのは、その年の冒険者の半分にも満たないそうだ。更にもう一年でそれが更に減り、5年後には1パーセントを切っているそうだ。だから冒険者はなることは簡単だが、維持するのは難しいそうだ。

 だから冒険者ギルドは加入するのは簡単だが、問題がある冒険者や実力がない冒険者は勝手に減っていくため、冒険者が増えていかない事情だそうだ。

 まあ、それはともかく、今回のリリスの様なケースは冒険者ギルドに加入することで、ネイチャー教から逃げることが出来る。

 

「冒険者‥‥‥‥でも、冒険者になるとか、どうすればいいの?」

「冒険者になること自体は簡単だ。冒険者ギルドで申請すればなれる。この近くの冒険者ギルドはベイオグラードにある。だからそこまで行けば、冒険者の資格を得られる」

「そうか、なら俺達は冒険者になるぜ」

「うん、行こう。お兄ちゃん」


 二人は冒険者になることを決めた。だが‥‥‥‥


「ならん! それはならんぞ、ブレイズ、リリス」


 村長が口を挟んできた。‥‥‥‥まだいたのか。


「村長‥‥‥‥俺は、俺達はこの村を出て行く。それをあんたに邪魔させない」

「考え直せ、ブレイズ。確かに今回の事は悪かったと思っておる。じゃが、しょうがないんじゃ。この村がガルバ商会のおかげで成り立っておる。もしガルバ商会の機嫌を損なえばこの村は終わりじゃ。だからこそ‥‥‥‥」

「だからこそ、リリスを犠牲に、ブレイズを犠牲に、それでみんなが幸せに暮らしましょう、って言うのか?」


 村長の言葉の先を読んで口を挟んだ。これ以上は聞くに堪えない。


「だ、黙れ! この村の現状も知らん、よそ者は黙っておれ!」

「ああ、よそ者だ。俺はこの村に来るつもりもなかった、ただの漂流者だ。だからこの村の現状なんか知ったことじゃない。俺にとって大切なのは俺を助けてくれた、リリスとブレイズの二人だけだ。命を救われたなら命を救う、受けた恩義は必ず返す、だからこそ俺は二人の味方になるさ。俺にとっては村の現状より、二人の方がよほど大きいんだ。大のために小を切り捨てると言うのが正しいと言うのなら、俺は二人を助け、村人全員を切り捨てる」


 村長の言葉は弱者を切り捨てることで自身が生き残ろうとしている。それを俺は悪いとは思わない。この世は弱肉強食、弱い奴が死んで、強い奴が生き残る、そうやって世界は成り立ち、今に至っている。だけどさ‥‥‥‥それは上の立場だから言えることだ。下の立場からしたら、ふざけるな! って言いたくなる理屈だ。切り捨てられる側にも意志も感情もある。リリスとブレイズに味方がいないのであれば、俺がなる。俺が‥‥‥‥かつては切り捨てられた弱い俺が、二人を助ける。助らることでしか生きられなかった俺が、今度は誰かを助ける。弱くても、何もなくても、変えられると信じてるんだ。二人も変われるんだ。


「くっ‥‥‥‥だが、お前達がこの村を出て、ベイオグラードに行くことなど出来ん。この村の出入りはガルバ商会に管理されておる。あの関所を超える事は出来ぬ」


 村長は顔を真っ赤にして、怒鳴る様に言い放ち、踵を返し、帰っていった。


「そうなのか?」


 俺は二人に確認のために聞いてみると、二人は頷いた。


「ああ、ガルバ商会が関所を作ったんだ。今から半年ほど前にな」

「そうか‥‥‥‥ん、半年前?」


 俺はブレイズが言った半年前、という言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。なぜなら‥‥‥‥


「ブレイズに借金を背負わせたのも半年前だったな?」

「ああ‥‥‥‥半年前から色々と変わったんだ」

「詳しく話せ」


 今回の一件、もしかしたら半年に端を発しているのかもしれない。

 物事には原因があって結果がある。だから現在の結果は半年前の何かに原因があるのかもしれない、と俺は思った。


「今から1年前、ガルバ商会の前会頭リュックさんが亡くなったんだ。リュックさんはとても大らかな人で、俺達の暮らしを良くするために色々な事をしてくれた。船を安く売ってくれて、漁を盛んにしたり、魚を干物にする方法を教えてくれて、それをベイオグラードや周辺の村々に売れるように手配してくれて、この村を発展させてくれた‥‥‥‥らしい。村長たち、昔からの大人達はみんなそう言ってた、俺は発展する前を良く知らないから、どう変わったのかは知らねえんだ。だがな、一つ言えることは、リュックさんが死んで、後を息子のジャックが継いでから、村の雰囲気は悪くなった。関所なんて作ったのはジャックだったし、税の取り立ても厳しくなった」

「そうか、代替わりがあったのか‥‥‥‥となると、自分のやり方を推し進めたい、と言う事か‥‥‥‥無理な徴税で金の溜め込みたいとか村人が出られないようにして、労働力として確保し続けるとか‥‥」

「いや‥‥‥‥ジャックは‥‥‥‥あのバカは‥‥父親の―――リュックさんのやり方を否定したいだけなんだと思うんだ」

「知っているのか、ジャック・ガルバの事を」


 ブレイズが一つ溜息を吐き、小さく頷いた。


「ああ、アイツとは昔馴染みだ。俺の親父は元はリュックさんと共に旅をしていた護衛役だったらしいんだ。リュックさんがこの村に拠点を置いた頃に護衛役を辞めて、この村で暮らしだしたそうだ。お袋はこの村の人間で、結婚してこの村の人間として生きて、俺とリリスが生まれた。ジャックも俺と同時期に生まれて、年の近い子供は俺達だけだったから、何時も一緒に遊んでたんだ。ガキの頃からアイツは負けず嫌いで、ちょっとしたことでも負けると勝つまで止めないような奴だった。でもガキの頃はそれでもまだ素直なところがあったんだが、成長するにつれドンドン酷くなっていった。数年前には村の外からゴロツキどもを引っ張ってきて、村の改革をする、とか、このままじゃだめだ、とか色々やろうとして、そのたびにリュックさんがアイツをぶっ叩いて、大人しくさせてた。だけど、今じゃ誰も止めれない。この村の奴はみんな、アイツの顔色を伺って生きている。だから、村長の様に、この村に縋って生きるしかない奴は、アイツの機嫌を取って生きるしかないんだ」


 ブレイズは話しきった後、悲しそうな顔をしていた。昔馴染み、いやきっと年の近い二人は友だったんだろう。だけど裏切られ、大切な者を奪っていく‥‥‥‥敵に変わってしまったことにやりきれないものを抱えているんだろう。

 だったらその思い吐き出して、きれいさっぱり忘れて、この村を出て行くのがいいだろうな。


「そうか‥‥とりあえず大体は分かった。だけどこれからどうするか考えるにあたって重要なことがある。ブレイズ、リリス、一つ聞いておくことがある。二人は魔晶を持っているか?」


 これから先、冒険者になるにしても、この村から出るにしても力は必要だ。もし持っていない場合はそれを考慮する必要があるしな。


「魔晶か‥‥‥‥俺は持っているが、リリスは持っていない。流石に光の魔法適性を備えた魔晶なんて手に入るわけがないからな」

「まあ、そうだろうな。そんなものを入手しているだなんて知られれば、確実にネイチャー教に知られている。だが、ブレイズは持っているんだな、魔晶」

「昔、リュックさんに貰ったのがある。勿体なさ過ぎて、使えなかったが‥‥‥‥事ここに至っては仕方がないな、ちょっと取ってくる」


 そう言って、ブレイズは家に入っていった。俺とリリスを残して‥‥‥‥


「‥‥‥‥リッド、ごめんね」

「一体どうしたんだ?」


 リリスが急に謝ってきたので、俺は戸惑った。リリスは理由を話し出した。


「私が‥‥‥‥光の魔法適性を持っていたから、皆不幸になっちゃうな、て思ったらさ‥‥‥‥何だか、謝りたくなってきちゃって‥‥‥‥どうして、魔法適性なんて、あるんだろうね」

「っ‥‥‥‥ああ、俺もそう思うよ‥‥‥‥本当に何でだろうな」


 俺はその場に座り込み、天を仰いだ。リリスも俺と同じ様に、その場に座り込み、同じ様に天を仰いだ。


「別に魔法適性があることが悪い訳じゃない‥‥‥‥と思う。少なくとも、そんな生まれ持った資質に影響されるもので、人の生き方を決められるべきじゃない‥‥‥‥と信じたい」

「ふふふ‥‥そうだよね。私もそう思う。‥‥‥‥ねえ、リッドの魔法適性は何なの?」

「‥‥‥‥無いよ」

「え?」


 俺は天を仰ぐのを止め、リリスに向き合って、告げた。


「俺に魔法適性はない。‥‥‥‥無能力者だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る