第3話 村の現状

 俺が首を刎ねようとしたとき、リリスの家の庭先に老人が現れた。一体誰だ?


「村長‥‥‥‥何しに来やがった!」


 リリスの兄がリリスに支えられ、ゆっくりとこっちに歩いてくる。しかし、リリスの兄の表情は嫌悪感に満ちていた。


「ブレイズ、ここはワシの顔を立てて引いてくれ。其方も頼む」


 村長は頭を下げてくる。俺としてはこの件は部外者の立場だ。こいつらに刃を突き立てているのは、俺に攻撃してきたからだ。俺の命の恩人である、兄妹に手を上げたからだ。様は気に食わないからだ。もし、二人がこの場は村長の顔を立てて引くと言うのなら、俺に否やはない。だが、


「ふざけんじゃね! テメエの所為で俺は‥‥‥‥それに約束までまだ日があるだろ。なのに何でこいつらが来やがった!」


 リリスの兄―――ブレイズは引く気はないようだ。ならば俺は現状維持と取る。それにどうやら、ブレイズは村長との間に何かしらあるらしい。状況が分からない以上、この村長を信じる訳にはいかない。


「すまん‥‥‥‥じゃが、村のためにはガルバ商会の機嫌を損なうわけには‥‥‥‥」

「そのために‥‥‥‥俺に借金を理由にリリスを差し出せ、って言いやがるのかよ!」

「え!?」


 ブレイズの言葉にリリスは驚きを隠せず、ブレイズと村長に視線が行ったり来たりしている。どうやら、リリスは知らなかったようだ。


「‥‥‥‥村のためじゃ」


 村長は顔を伏せ、沈痛な面持ちで言った。だが、そんな表情で言っても、言ってることは人の道に外れているとしか思えない。だから思わず口を挟んだ。


「別に今のご時世、人の売り買いなんておかしいことじゃない。貧しさから、子供を手放す親はいるだろう。戦争の影響で、魔獣の被害で、現状を維持できなくなることも多い。止むに止まれず、と言う事はそれはあるさ。‥‥‥‥だがな、人を騙して、嵌めて、貶めて、誰かから大切な存在を奪うことが、本当に村のためになるのか?」

「‥‥‥‥仕方がないんじゃ。よそ者が口を挟むな!」

「今、こいつらの生殺与奪は俺が握っている。迂闊な事を言えば、ここでこいつら、首が飛ぶぞ。今さっき、あんた言ったよな、ガルバ商会の機嫌を損なうわけには、って。つまりこいつらに死なれたら、関係悪化は必定、なんだろう。だったら‥‥‥‥口に聞き方に気を付けろ」

「ぐっ‥‥」


 交渉事は弱みを先に見せた方が負けだ。村長は俺を甘く見た、だからこの場を俺に支配された。さて、色々聞いてみて、現状を纏めるか。


「リリスの兄貴、ブレイズっていうのか?」

「ああ、そうだが‥‥」

「じゃあ、まずブレイズの口から話してくれ。どうしてこうなったのか、詳細にな」


 俺からの提案が意外だったのか、一瞬キョトンとした表情になった。そして、リリスを見て、村長を見て、そして俺を見て、話しだした。


「始まりは半年前の事だった。漁師をやっている俺は、ある日、船の破損に気付いた。親父が使っていた船で、親父が死んだ後に引き継いでからずっと乗っていた船だ。かれこれ、3年程、ずっと乗っていた。元々新品を引き継いだ訳ではないから、傷だってそこら中にあった。だから破損するのも仕方がない。俺としては大事に乗ってきたつもりだったんだがな‥‥‥‥だから、一度船大工に見せることにしたんだが、思いの外、金がかかることが分かった。当初の想定の倍以上の額だった。だが、そんな額、うちには払う余裕はなかった。だから、だましだまし使うことを考えていた。そんなときに、村長が現れて、俺に言ったんだ。『ガルバ商会に融資をお願いしてみればいい』と、その勧めを受けて、ガルバ商会に融資を頼んだ。融資の説明は口頭でされて、最後に書類に俺は名前を書いた。‥‥‥‥あの時、俺は安心したよ、リリスを一人残して死ぬわけにはいかない、だけど、金がないから、何時沈むとも知れない船で漁をするしか俺達兄妹が生きていくには方法がなかった。だから、村長が勧めてくれたことに本当に感謝していた」


 スタイナーはリリスの頭を撫でながら、穏やかな表情でそう言った。リリスも兄の手を嬉しそうに受け入れている。だが、ブレイズの表情はドンドン曇っていく。


「‥‥‥‥だが、それは嘘だった。融資の内容が口頭で説明された内容とは、かけ離れていたんだ。俺は最初の返済でおかしいことを伝えた。だが誰も取り合ってくれなかった。『俺がちゃんと聞いていなかっただけだ』と、『書類に明記してある、それが全てだ』と、アンタは、アンタらは俺に言ったよな。村長も俺の聞き間違いだと、書類を読まなかった俺のミスだとを叱責するだけだった。‥‥‥‥ああ、そうだよ。俺がちゃんと確認しなかったから、そんな事になったんだと、思うしかなかった。‥‥‥‥あの日までは!」


 スタイナーはリリスの頭から手を放し、怒りに満ちた眼で村長を睨みつける。歯を食いしばって、怒りを堪えているが、手には血が滴り落ちている。悔しさを必死で耐えていると一目でわかった。


「一月前、村長が俺に言ったよな。妹を、リリスをガルバ商会に差し出せば借金をチャラにしてくれる、って、‥‥‥‥それを聞いてやっと分かったよ。俺が嵌められたって‥‥‥‥船の修理費が何故不自然に高かったのか、それに関しては当初は俺の見立てが甘かったと思っただけだった。だが、村長が俺にガルバ商会に融資を頼めばいいと勧めたのは、俺にガルバ商会から金を借りさせることが目的だったんだと。ガルバ商会は俺に融資を態々口頭で説明したのは、書類を読ませたくなかったんだと、その上でサインを俺に書かせれば、合法的に取り立てが出来るからな。そして、俺が金に困れば、リリスを手放すだろう、と、全部仕組んでたんだな。なあ、村長‥‥‥‥答えてくれよ」


 スタイナーの目にはもう怒りはない。怒りを通り越して、虚無感が漂っている。

 しかし、俺にはまだ引っかかっていることがある。それに先程から、取り立てに来た男たちがブレイズの話に所々、反応している。

 とりあえず、ブレイズの話が終わった後に、確かめてみるか。


「い、言いがかりじゃ。儂はそんな事は知らん。ブレイズの思い込みじゃ!」

「言えよ、本当のことを‥‥‥‥」

「知らん!」


 村長はブレイズの言葉を否定した。まあ、こんな状況で態々認める訳が無いからな。それにこのままだとキリがないな。決め手がないからな。


「ブレイズ、とりあえず現状は分かった。このままだと村長は認めない、それは分かっているだろう?」

「っ‥‥‥‥ああ」


 ブレイズは唇を噛みしめ、絞り出すように答えた。


「そもそも証拠がないだよ、現状ブレイズを嵌めた、という確固たる証拠がな。‥‥‥‥だから違う人間から話を聞いてみよう」

「だが、村長から聞いたとしても‥‥‥‥」

「いや、村長からじゃない。聞くのは‥‥‥‥こいつらだ」


 俺はブレイズを視線で誘導した、話を聞くべき相手―――取り立てに来た男たちに。

 男たちも察したのか、俺から視線を逸らした。この反応‥‥‥‥何か知っているようだな。


「あんた達、何か知っているんだな。‥‥‥‥話せ」

「っ! し、知らねえ。お、俺はそんな事、知らねえぞ!」

「お、俺もだ! お、俺も何も知らねえ!」


 首元に刃を突き付けられても知らないと言い張る二人。口では何とでも言えるが本当に何も知らないのだろうか‥‥‥‥いや、そんな事はないだろうな。何も知らないではなく、何かは知っているはずだ。ここに借金の取り立てに来たのに、何も聞いていないなどあり得ないだろう。

 俺は刃を突き付けていない方の男の首を左手で掴んだ。


「うっ‥‥‥‥」

「ベック!」

「安心しろ、殺しはしない。まだ、な」


 俺は左手に力を込めていない。首を絞める訳ではない、少し確認したいことがあるから、掴んだだけだ。

 俺がやるのは、事実確認だ。昔、ガレットから習った方法だが、人は嘘をつくとき、心臓の鼓動が早くなるらしい。心臓の鼓動が早くなると、血管の動きが早くなるらしい。俺も良くは知らないがそういうものらしい。だから、首に手を当て、血管の上に指を乗せ、動きを調べてみることにした。


「さて、俺の質問に答えてもらおうか。まずは‥‥‥‥お前の名前は?」

「へ? 名前?‥‥‥‥ベックだ」


 拍子抜けしたような顔をしたが、直ぐに答えた。ベックの血管の動きは早くはならなかった。さてドンドン質問を続けていくか。


「ブレイズが借金をしていることをベックは知っていたか?」

「あ、ああ‥‥」

「‥‥‥‥次だ、取り立てに関してガルバ商会は知っているんだな?」

「ああ。そうだ」

「‥‥‥‥では、ブレイズが融資を願い出たから、ガルバ商会は融資した、そう言う事だな?」

「ああ」


 俺の質問にベックは肯定と答え続ける。質問に対して、簡単に答えらえることだからか、鼓動が落ち着いてきた。先程に比べて大分落ち着いたのか、答えるまでのスピードが上がってきた。ここまでは問題ない。さて、ドンドン吐いてもらおうか‥‥‥‥


「では、ブレイズが借金を返せなかったとき、ブレイズの妹のリリスの身柄で借金をチャラにする、それは本当か?」

「ああ、本当だ」


 ベックの血管の動きは早くならない。どうやら、真実のようだな。


「では、リリスの身柄を差し出せば借金をチャラにする、という話を村長に話したのか?」

「ああ、したぜ」


 これも変わらない。なるほど、では次は‥‥‥‥村長がどう反応するかな。


「船の修理費が高騰したのは‥‥‥‥村長の差し金か?」

「あ、あ―――ああ、そうだ」


 ベックは一度村長の方を見て、ニヤッと笑ってから答えた。


「! し、知らんぞ。儂は知らん!」


 村長は必死で否定をするが、先程のやりとりから見て、村長もベック達の側、と言う事なんだろうな。


「村長は否定しているが、本当なのか?」

「ああ、本当だぜ。船を直せる店はこの村だと一つしかねえ。だから、村長は船が壊れれば、必ずその店に行くから、その船大工を脅して、値を強制的に上げることを提案したんだぜ。なあ‥‥‥‥村長さんよ」


 ‥‥‥‥真実かどうかは分からないが、血管に動きは早くなっていない。だから、これも本当の事のようだ。


「‥‥‥‥やっぱり、か。‥‥‥‥っ!」

「っ!‥‥‥‥し、知らん‥‥‥‥」


 ブレイズは一瞬虚空を見つめ、そして怒りに満ちた形相で村長を睨みつけた。村長はそれでも尚、否定の言葉を吐いたが、声に力はない。


「おいおい、言い逃れはよせよ。お前が提案してきたんだぜ、あの娘を手に入れるにはどうすればいいか、俺達が聞いたら、村長が態々教えてくれたんだぜ」

「おい、ベック!」

「! いけね‥‥」


 ベックは調子に乗って喋り過ぎたようでもう一人の男に止められた。狙いはリリスなのはわかっているからいいとして‥‥‥‥最後に一つだけ答えてもらおうか。


「最後の質問だ、これに答えられたら終わりだ」

「へへ、いいぜ。なんだって答えてやるよ」

「最後の質問は‥‥‥‥ブレイズの船を壊したのはベック達か?」

「へ?‥‥い、いや、俺達じゃねえ!! ち、ちげえぞ! 違うからな! ほ、ほんとだぞ! な、なあ、ここだけの話、俺達じゃねえんだぞ‥‥」


 俺が質問した後、理解するまで時間が掛かったのか、少しの間は平静だったが、一気に血管の動きが活発になった。いやそれ以前に、慌て過ぎてあからさまに誤魔化している感じしかしない、目が物凄い勢いであっちこっちに動く。態々血管の動きを感じ取るまでもないな。首元に刃を当てている方は、ベックの様子を見て、溜息を吐いている。


「‥‥‥‥嘘だな。やっぱり、ブレイズは最初から最後まで罠にかかってたんだな」


 俺は左手をベックの首から放した。

 さて、原因と状況はよく分かった。ブレイズは船を傷つけられ、多額の修理費が必要になり、融資をしてくれる方法を教えられ、多額の借金を背負う羽目になった、と、やっぱりブレイズに非はないな。


「おい、どういうことだ?」

「ブレイズ‥‥いいか、今回お前に非はない。船の破損はコイツらが原因だ。その上で船大工を村長とコイツが手を回し、修理費を通常の金額よりも上げた。その上でガルバ商会に融資させ、その上で書類を見せず、返済額を偽った。それによってブレイズが返済不能に追い込み、リリスを手放せさせる、というのがガルバ商会と村長の思惑だ」


 俺がブレイズに次げると、ブレイズはその場にへたり込んだ。リリスも口元を抑え唖然としている。


「な‥‥‥‥何だよ、それ‥‥」

「うっ‥‥どうして‥‥」


 ブレイズとリリスは涙を流している。俺には慰めることは出来ない。だから代わりに、事の真相を突き止めてやろう。

 俺はベックの首に再び左手で掴み、右手の剣でもう一人の首筋に薄く当てた。多少強く当て過ぎたのが、若干血が出てきた。


「お前たちに聞きたい‥‥‥‥どうしてリリスを狙う? 知っていることを全て吐け‥‥‥‥さもないと‥‥分かるな?」

「うっ‥‥‥‥俺達も良くは知らねえ。これは本当だ! うぅぅぅ‥‥、あっ、あっ、あっ‥‥」


 俺は左手に力を込めて、ベックの首をギュッと締め上げた。ベックの顔は赤くなり、苦しそうに俺の左手を放そうと藻掻く。あまり締めすぎると、情報を引き出せなくなると思い、少し緩めた。


「もう一度聞く、どうしてリリスを狙う?」

「ほ、ほんとうに、し、ら、ない‥‥えぇっ、ゲェ、ゲェ‥‥」


 多少力を緩めて、呼吸をさせて、再度同じ質問をした。だが、望んだ答えが返ってこなかった。うーん‥‥本当に知らないのだろうか? それを確認するために、もう一度左手に力を込めて、首を絞めた。これを何度か繰り返して、全て知らないと答えれたら、解放してやるか、とそう考えていたが、思いの外早く、終わりを迎えた。


「‥‥‥‥俺が知っていることを全て話す、だからベックを放してやってくれ」

「ほう、そうか。なら教えてもらおうか」


 俺は左手を放し、剣を突き付けている男に向き合った。そう言えば、まだ名前聞いてなかったな。


「あんた、名前は?」

「スティーブだ」

「では、スティーブ、何故リリスを狙う?」


 スティーブは一度、大きく息を吐いた。そして話し出した。


「‥‥‥‥あの子の魔法適性が極めて稀だったからだ。俺達のボス、ジャック・ガルバ様はそれを知り、ネイチャー教に取引を持ち掛けた。ブレイズが思いの外、粘るもんだから時間が掛かってしまっている。それにもうすぐネイチャー教から引き取り人が来るから、それまでにあの子を連れて行くのを急ぐ必要があった」

「リリスの魔法適性? それにネイチャー教が引き取りに来る、か‥‥‥‥嫌な予感がするが、一体それはなんだ?」

「‥‥‥‥光だ」

「!?」


 俺はスティーブの話を聞き、思わずリリスを見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る