鋼鉄の王様

あさまえいじ

第1話 リッド・メタルカ

A.M.284年(アフター・マジック284年)


 ネイティア皇国の宮殿にて、一人の子供の魔法適性を調べた際にある事実が判明した。


「なんと言う事だ!? 無能力者とは‥‥‥‥」

「なんと!」

「いや、まさか‥‥‥‥」

「皇帝陛下は偉大な大魔法師であるでいうのに、あの皇妃は不貞を犯したのではないのか!?」

「おい、口が過ぎるぞ!」

「皇帝陛下も皇族の皆様方も黒髪だというのに、あの無能者は灰色だぞ。そうでなければ説明がつかんぞ!」


 小さな子供を取り囲む大人達が口々に落胆と非難の声を上げる。子供には何が起こっているのか理解が出来ない。キョロキョロと周囲を見渡して、居心地が悪い。

 だがそれは致し方が無い。この世界、ネイチャーに置いて無能力者というのは差別の対象になる。世界最大の魔法大国ネイティアにおいて、それは顕著だ。それも皇族―――第一皇子が無能力者などとは、とても表には出せない、隠さなければならない事実だ。


「事ここに至っては‥‥‥‥」


 大人たちは子供を見る。その眼は子供を見る眼ではない。外的を排除する冷たい眼だ。子供はその眼に本能的に恐怖した。


「静まれ」


 広間がシーン、と静まった。先程までの喧騒が嘘のようだ。

 だがそれも当然である。声を発したのはネイチャー随一の超大国ネイティア皇国皇帝リチャード13世―――第一皇子の父―――の声であるからだ。その意に反することが出来る者など、この場どころか世界全土を見渡してもいない。至高の絶対権力者である。

 少年は安堵した。父なら助けてくれる、生物としての本能的な刷り込みで、そう確信していた。だが‥‥‥‥


「我が子、リチャード14世の魔法適性が判明した。‥‥‥‥残念なことだが、適正は無い。無能力者だ」

「‥‥‥‥」

「皆も分かっているだろうが、我がネイティア皇国において、魔法の資質は何においても優先されるものである。例え、どれほど優れた知恵者であっても、どれほど勇猛な戦士であっても、どれほど高位の貴族であっても、魔法の資質無き者に居場所などない。それが皇族の一員で我が子であったとしても、それは変わりはない」


 父の言葉が少年には理解できなかった。言葉が難しく、まだ6歳の子供には意味を正しく理解することは出来ない。だが、たった一つ分かったことがあった。


「今この場において、皇帝リチャード13世の名の下に宣言する。リチャード14世を廃嫡し、第二皇子レオンにリチャード14世の名を与える。‥‥‥‥そこの無能者は名を捨てよ」


 少年は実の父に‥‥‥‥見捨てられた、と言う事が。



A.M.294年(アフター・マジック294年)

 

 青い空が広々と何処までも広がっている。空には海鳥が沢山、優雅に飛んでいる。実に良い天気だ。

 それを船の上でのんびりと眺めている男―――リッド・メタルカは、そこそこの身長に細身の体躯で灰色の髪をした少年から青年への成長途中の男である。背中に刃渡り90㎝程のロングソードを背負っていて、両手には黒いフィンガーグローブ、両足には黒い革のブーツ、全身を革の軽鎧を身に纏っている。

 所々見える少年の体付きは細身に見えて、筋肉が引き締まっている。


 現在、西の大陸から海を渡って東の大陸に向かっている。冒険者ガレットの下で10年、冒険者見習いとして様々な事を学んできた。

 だがつい先日、ガレットの冒険者引退に伴い、今後は冒険者として独り立ちすることにした。ガレットから餞別に貰った魔法の袋を腰に下げ、目的地への旅路を進めていた。

 目的地は東大陸のベイオグラードという都市だ。そこには冒険者ギルドというものがあるらしく、そこで冒険者登録を行うことで冒険者と名乗ることが出来る。

 今乗っている船が到着する港から、街道を多少進めばベイオグラードにたどり着ける、もうすぐで念願の冒険者デビューか、胸が躍るな。だが、


「ああ、暇だ」


 船に乗って数分、すっかり船旅に飽きてしまった。更に天候は実によく、波は穏やかで、頬撫でる風はとてもやさしい。昼寝するには絶好の天気だな。

 ガレットも『休めるときには休んでおけ、冒険者の鉄則だ』と言っていたしな。

 俺は船の甲板の上で昼寝をしてしまった。


□□□


「なんでだよ――――!」


 グオオオオオオ、という、うなり声の様な暴風雨が俺が乗った船を襲う。船体は波と風で大揺れで立っていることなど、とてもできない。

 俺が乗っているのは短距離輸送程度しか想定していない大して大きくない船だ。その上、船の船室は物資に圧迫されているから人の入るスペースなどない。乗組員は数人、乗客も数人、そんな小規模の移動だった。

 この規模の船だと暴風雨が発生すれば運休になる。

 事前にその兆候が確認されれば、危険を避けようとする。

 だが、残念なことに出発直前までは快晴だった。船が出向して、5分は快晴だった。更に5分経ったら、暴風雨が発生した。

 なんてこった、何処までツイてないんだ。これからの前途を祝福するような青空が一転して暴風雨、こんなもんかよ、俺の人生‥‥‥‥

 俺は船にしがみつき、必死に暴風雨が過ぎ去るのを耐えて待った。


「だ、誰か―――!」

「ん!?」


 野太い声が聞こえ、そっちに顔を向けた。そこには年配の身なりのいい男が、船から体半分、外に飛び出している状態で必死に船の手すりにしがみついている。

 俺もこのままだとまずいが、あの男はもっとまずい。あの様子だと、そう長くは持たない。‥‥‥‥しょうがないかな、『困っている人がいたら助けなさい』、母上もそう言ってたもんな。


「おーい、大丈夫か?」

「あ、ああ」

「今行くから、もう少し頑張れよ」

「あ、ああ。すまん」


 俺は腹を括った。暴風雨の中、男に声を掛け、希望を持たせた。ここで諦められたら、俺が助けに行くのも無駄になる。俺は荒れ狂う船の上、這いつくばって移動した。風と波の影響で船は大揺れ、とても立って移動するなんて出来るような状況ではない。だが、急がなくては男は船から落ちる。そうなったら俺には助ける術はない。だから、可能な限り急いで移動した。目には雨が入り込み、視界が悪くなる。だが先程の声の方向をイメージして進む。


「おーい、今、向かってるぞ!」

「あ、ああ、さっきより声が近くに聞こえるよ」


 方向性はあっている。それに男の言う様に、声が近くに聞こえる。さっきから暴風の音がけたたましく聞こえている中で、男の声が聞き取れた。大分近づけたと感じた。そのまま、這いつくばり、少しずつ移動していく。視界が悪いので、勢いよく移動した場合、今度は俺が海に落ちかねない。だから、男には悪いが、慎重を期して、移動を続けた。そして、漸く、男の手が見えた。俺はその手の手首を思いっ切り掴んだ。


「おい、今俺の手がたどり着いたぞ。分かるか?」

「あ、ああ‥‥ありがとう、何とお礼を言っていいか‥‥」

「まだ助け切ってないぞ。礼なら、後でしてくれや」

「ああ、このエドガー・マーキス、受けた恩義は忘れんぞ」

「そうかよ。じゃあ、楽しみにしてるぜ‥‥‥‥行くぞ!」


 グッ、と歯を食いしばり、腕に力を込める。体は低い体勢を維持しているため、全身の力で引き上げるのは無理だ。そのため、男の手首を掴んでいる右腕一本で引き上げるしかない。だが、この程度なら何とかなるだろうと考えていた。


「すぅー‥‥くっ‥‥ううううっ‥‥‥‥セイヤっ!!!」

「うわっ!?」


 掛け声と共に一気に男を引き上げる。男は引き上げられたが、思いの外、力強く引き上げられたため、驚きの声を上げた。

 よし、何とかなっ‥‥『ザッパァァァァァァァァン!!』

 男を引き上げ、安堵しようとしたその瞬間、これまで以上の大きな揺れが起こった。その時、強烈な暴風に体を押された。このままだと、引き上げた男まで一緒に落ちてしまう。俺は咄嗟に男の手を離した。


「! うわああ!?」


 男は引っ張り上げられた。途中で投げ飛ばす様な形に成ったが、しっかりと船の中央に飛んで行った。


「うわああああああっ!!」


 だが、俺は体が船の上から跳ね上がり、船から投げ飛ばされた。必死で手を伸ばしたが、船に手は届かず、海に落ちた。


「! き、君!? 誰か、彼を助けてやってくれ!!」


 助けた男の声が聞こえた。助けようとしてくれるのは有難いが、こんな暴風雨の中だと、助けれないだろう。そんな事を思いながら、波にさらわれ、流されていった。必死にもがいたが、息が続かず、その内、意識が遠くなっていった。

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