護衛

「これをジェーニャ様に」

 二人で当たる護衛の任務中に、選ばれなかった。それに落胆しなかったといえば嘘になる。

 やはり、護衛という任務の性質上、男性の方が重宝される。

 女ながら、高給取りの貴人警護にありつけたのは、ありがたいことだった。表立った男女差別もなく、同僚も女と侮ることなく接してくれる。恵まれた職場だ。

 ただ、こういう些細なことで、劣等感を刺激されるのは、心が狭いからだろうか。

 令嬢の警護。護衛とはいえ、男性と二人にしたくない。過保護なほどの気の回しようを、滑稽に思うことはない。貴族には貴族の大変さがあると思う。ましてあんなに可憐な少女ならば。

 口下手で、頭の出来もそれほどでもなく、身分も低い自分が、こんな立派な屋敷で勤められるのだから、いちいち落ち込むのもどうかと思う。

「お嬢様が何もお話しにならないの。もしかしたら、喉の調子が思わしくないのかも。喉に良いものを用意するけれど、それよりも可能性として高いのは、何かお怒りなのではないかということよ。ジェーニャ様の判断を仰ぐ必要があるわ。あなたたち、何か心当たりはないかしら」

 同僚が首を振りながらメアリーの花押で封をされた手紙を受け取る。

「自分も何も存じません」

「そう……」

 こちらを見て目に浮かぶのは落胆だ。単純に知らないことに対する落胆なのか、やはり女の護衛は当てにならないという落胆なのだろうか。

 お嬢様付きの侍女である彼女が、騎士団員を招いて護身術を学び始めたというのも、女の護衛なんかあてにならないという意思表示ではないかと疑ってしまう。

 疑ってしまうからこそ、彼女にあらぬ疑い——騎士団員と逢瀬を重ねている——がかけられた時、女である自分が教えましょうかと、提案することさえできなかった。もっとも、自分のスキルはどちらかというと能力任せだ。能力を持たない人に有効で効率的な教育ができるかは——

 

 同僚は一礼して駆け出した。本来、貴人の前で走るのはあまり良くないことだが、この屋敷は広い。

 心配そうに視線をドアの向こうへと向ける。

 声をかけようとして、足音に気づいて振り向く。

 リネンの交換に来るメイドだ。侍女が気付き、ホットミルクと果物をすり下ろしたジュースを頼み、代わりにリネンを受け取った。

「お嬢様、お風邪を召されたのですか?」

 蜂蜜たっぷりのホットミルクがお嬢様の大好物というのは、この屋敷に勤める人間なら誰でも知っている。けれど、ジュースをご所望というのは珍しい。

 侍女は曖昧に笑って返事を濁したけれど、あまり騒ぎ立てないようにとくぎを刺すのも忘れなかった。

「はい。でも、お可哀想に。すぐ伝えて参ります」

 お嬢様の部屋まで物を運ぶメイドは、上級メイドだ。それなりの教育をされているはずなのに、彼女もまた駆け足で戻って行った。


 お嬢様は本当に、愛されてるんだなぁ……


 天使のように見目麗しく、明るくて、良くも悪くも裏表のない性格のお嬢様は、文字通りこの家の天使だ。

 何かと厳しい執事まで、お嬢様を叱ることはないというのだから。

「代わりに周りが叱られるんだ」とは、この屋敷の護衛以下、家庭教師や乳母に到るまでの定番の愚痴である。


 かく言う自分も、お嬢様の前でだけは、劣等感を刺激されない。

 自分の持つ能力は、お嬢様の気を引いた。

 目を輝かせて「もっと見たい」とせがまれると、羽でも生えたように気分が高揚した。

 そのお嬢様がお怒りだと言う。

 お嬢様は良くも悪くも裏表のない性格なので、それはもう年相応に癇癪を起こされる。

 そして、ご令嬢にしてはかなり活発なご性分なので、いわゆる憂さ晴らしもスケールが大きい。

 心配するのももっともだった。

 あの好奇心に満ちた愛らしい表情が曇るのは、悲しいことだ。

 笑顔にさせるためにはなんだってしてあげたい。

 自分に子供はいないが、母性とはこういうものだろうか。

 いや、父性もそういうものかもしれない。

 なぜなら、この屋敷にいる男性は、主を筆頭に従者に至るまで、お嬢様のわがままを叶えようと精一杯奮闘しては、執事の雷を喰らっているのだから。

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