嫌われ者

 私を好きになる人なんてどこにもいない。


 昔からそうだった。


 長子は、多かれ少なかれ、「どうせ俺/私は選ばれない」そう思うことがあるのではないだろうか。

 親の愛情を弟か妹に、奪われるから。


 物語の中では、「あなたのことだって愛してる。ごめんなさい。お母さんもいっぱいいっぱいだったの」と、涙ながらに語られて誤解が解けたりする。

 だけど運命が私に意地悪だったのは、私へのネタバレが、母親からの直接の謝罪ではなく、「全然可愛くない。生むんじゃなかった」という何ページにもわたる呪詛のような本音を綴った日記だったことだ。

 もしくは、母と同じように一姫二太郎を育てている職場の人が「上の子全然可愛いと思えない」と愚痴っているのを小耳に挟んだことだ。


 子供の頃から孤立しがちで、当然のように物語に逃げた。

 なんだって読んだ。童話もファンタジーも恋物語もSFも推理物も冒険活劇もセミフィクションも。

 表紙が気に入ったものは手当たり次第。

 物語の中の登場人物には相棒がいて、恋人がいて、親友がいて、家族がいる。

 心酔できる上司も、信頼のおける部下も。

 全部とはいかなくても、どれか一人はいる。最初はいなくても最後にはできる。

 悪役にだって、いるじゃないか。

 それがその人物の本質に対してではなく、地位に対してであろうと、たとえ取り巻きと言われるようなものであっても羨ましかった。


 別に一人でいることは苦痛ではなかった。慣れた、だけだったのかもしれないけれど。

 誰に会わなくても、本さえあれば別段寂しさを感じることもなくなってはいた。


 いわゆる「恋に恋するお年頃」になっても、恋人がいないことに対しては割とどうでもよかった。家族からの愛情に飢えていたからかもしれない。

 かっこいいな、可愛いな、と思う人がいても、その視線を自分に向けたいと思ったことはなかった。

 誰に対しても、自分は鑑賞者だった。

 その人と直接話すよりも、眺めている方が好きだった。

 自分ではない誰かと楽しそうにしているのを見るのが好きだった。


 だから、転生モノと言われるジャンルが流行った時に、ふと思った。


 もし生まれ変われるのなら、今度は一人娘か、一人息子として生まれて、恋愛に熱を上げるような人生を経験してみたい。

 自分は一度も誰かを思って胸を焦がすことはなかったけれど、親に愛されたくて拗ねたままの子供ではなく、ちゃんと心も成長してみたい、と。


 推理物の動機が恋愛のいざこざである度に、改革を志すヒーローを突き動かすものがヒロインである度に、自分の夢と恋人とを秤にかけて主人公が悩む度に、たった一人を守りたいという願いが才能を開花させる契機となる度に。


 それほど重く大切なものである「恋」という感情を、「愛」というものを、経験してみたいと思った。


 物語を読んでいて大抵の想いには感情移入できるのに、そこだけが、いつも不思議で、曖昧で、理解できず、納得できなくて、腑に落ちなかったから。


 素晴らしいだけではなく苦しいものでもあるという恋愛に、踏み出すのは面倒で、踏み込む勇気もなかった。幸か不幸か、恋に落ちることもなかった傍観者の自分だが、来世というものがもしあるのならば。


 親に溺愛された自信をもって、誰かを愛してみたいものだ。

 願わくは、それが一方的なものではなく——

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