嫌われ者が人気者に転生したけれど、根が嫌われ者なので不安しかない。

安曇唯

お嬢様

 目を覚ますと、全てが一変していた。


 目の前に可憐な少女が映っている。

 鏡。そう、これはきっと鏡だ。

 何故ならその少女の体は、腰でプツリと途切れていた。

 腰より下は、繊細な装飾が施された透かし彫りのような額縁の一端になっている。そしてそこから垂直にこちら側へ向かって伸びているのは、木の板だ。硝子が中央に嵌め込まれその周りを金縁で囲っていて、ツヤツヤしている木目は赤みがかっている。相当な手入れをされているのではないだろうか。

 そしてその木の板には、化粧瓶のようなものと、種類が様々な櫛、あるいはブラシと言うのだろうか、髪を梳かすのに使うだろうものが、いくつか整然と置かれていた。

 思うにこれは、ドレッサーではないだろうか。三面鏡ではないところをみると、持ち主は、もしかしたら、自分の髪を自分でセットしたりはしない、かなりの資産家のご令嬢か貴婦人、もしくは——ショートカットでセットの必要がない人なのでは?


 考えながら地続きで下を見れば、これまた装飾に目を見張るような、美しい引き出しがいくつかついている。取手は金。取っ手にまで、余すことなくレリーフが。

 更に下を見ると、床には絨毯が敷き詰められていた。

 カーペットというよりは、絨毯というべきだろう。


 そしてそのまま手前に視線を動かせば、靴を履いたままの足が目に入った。

 靴。布でできた靴だ。革ではなく、合皮でもない。そして布といっても綿ではない。いわゆる運動靴ではありえない。華奢な作りの靴は、天鵞絨のような光沢を放って、まるで舞踏会にでも参じようかという有様だ。

 そして、布をたっぷりとったプリーツが、椅子から床へと垂れている。

 萌黄色の、濃淡に染められた綺麗なグラデーションは、胸元まで続いている。

 

 それは、目の前の鏡に映った可憐な少女が着ているものと、全く同じに見える。


 発作的に、手を前に突き出し目の前の少女の頬に触れる。

 冷たい。硬い。

 やはりこれは、鏡らしい。

 目の前の少女も、こちらに向かって手を伸ばしている。

 指先が重なる。

 わずかな間を残して。


「……これって」


 目の前の愛らしい顔が歪む。

 声を出して耳に入ったその声は、全く聞き覚えのない声色。

 しかし、その抑揚、イントネーションは間違いなく自分のものだ。

 ヘリウムガスを吸ったら、こんな感じだろうか。

 吸ったことは一度もないけれど。

 聞こえてきた声そのものは、別段気持ち悪いものではない。声に滲む感情は困惑でも、鈴のような声だ。その声に嫌悪感を抱く人間はいないだろう。自分を除いては。そう、違和感だ。強すぎる違和感が、嫌悪を抱かせた。

 まるで鹿鳴館にでもいそうな出で立ちも、声も顔も、そして鼻につく香気も。


 アンナ=ミリディアナ=ウィル=セイレーンは、自身の何もかもが自分のものと思えずに、幼さく愛らしい顔立ちの金色の柳眉を逆立てた。


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