怒濤のショートカット
「きゃあああああああ! あつうううういいいいい! ディーゼルさあああああああん、はやくうううううぅ‼」
ショコラの悲鳴に向かって、ドアを一枚、二枚、三枚とぶち破っていく。
脚甲から瘴気を勢いよく吹き出して、その反動で加速して床を滑走する――〈
「――ショコラ‼」
「ディーゼルさあああああん! ここ、ここッ‼」
六枚目のドアを破ると、そこには下着姿で真っ黒どろどろのショコラが、燃え盛るネズミの大群に囲まれていた。あれがヘルネズミだ。
数十匹まとめて殺したが、まだ部屋の中には大量のヘルネズミが。
「ディーゼルさああああん、大量のネズミさんがボーボー燃えていて、この部屋全体が
「たわけッ‼ あれはお前にとって毒だ! ――ちょっと黙ってろ‼」
飛び掛かってきた燃え盛るネズミどもを、斧の腹でハエ叩きの要領で跳ね返す。
部屋の奥に潜むひと回り大きなヘルネズミを視界に収めた。あれが親玉の〈マグナネズミ〉。延々とヘルネズミを呼び出す怪物で、見分け方を知らないとかなりの難敵となる。コツは口を見ること。涎の代わりにマグマをこぼしていればそれがマグナネズミだ。
「ぬぉおおおおおお‼」
迷わず大戦斧を投擲。
〈
ボトリと床に落ちたマグナネズミの死体は、大戦斧に命を吸い取られ、シワシワのミイラとなって乾き切っていた。
ザザザザ……と、潮が引くように一斉に部屋から退散するヘルネズミの大群。
「ふぅ……これでよし」
「――あ、ちょっと冷たいのが漏れてますね。もうちょっと、こうしてましょう? まだ部屋が熱いので」
手を離してやっても、ショコラは俺の身体から離れない。
甘えているわけではない。彼女の意図はすぐに知れた。
べっちょりとソースが甲冑に付く。
「……早く離れてくれないか。俺は汚れるのが嫌いなんだ」
「
ショコラは口を尖らせ、グッと腕に力を込めて俺に密着してくる。
「しかも……そのソース……なんかどろどろしすぎじゃないか? いったい何を被ったんだ……? 匂いも凄いぞ。ただのソースとは思えん」
俺は味覚がない分、嗅覚が敏感なのだ。
「ディーゼルさんの言う通り最後はソースのお風呂。しかもそれは凝縮されたオイスターソースでした。その前にしっかりナンプラーで下味がついています」
「それは、なんというか……頑張ったな……」
「――はいっ! ちゃんと助けてくれたディーゼルさんにもご褒美あげますね!」
猫めいて俺の鎧に身体をなすり付け、ニコッと屈託なく笑いかけてきたショコラ。
シュコーッ。
殴りつけたい衝動を抑え込み、〈
外に出ると、そこは森だった。見上げるほど高い針葉樹の森。
その中の開けた場所に
一抹の良心で近くに川が流れている。そこに濃い味ショコラを放り込み、万謝の燭に手をかざしながら川の上流に視線を投げる。
これから行く予定のショートカットルートだ。本来は目の前の川に掛かった橋を渡り、渓谷を登って行くのだが、この川は浅く、ずっと川を歩いて
「――ぷはぁ! ディーゼルさんも水浴びしましょうよー、さっぱりしますよ!」
「いや、俺はいい」
すると怪訝な顔つきになったショコラが川から上がってきた。
「え、綺麗好きなんですよね? 鎧、汚れちゃってますよ?」
「これからその川の中で大暴れするからな。どうせ落ちる」
「ああ、なーんだ。そういうことですか。じゃあ身体乾かしても無駄ってことなんですね。すぐに出発ですか?」
ショコラがプルプルと猫っぽく身体を震わせ、水滴を飛ばした。
「そう、だな……。ショコラ、服と装備はどれくらい残っている?」
「え? そうですねぇ――」
俺の問いかけに、ショコラが濡れた服と装備を並べてみせる。
「ホットパンツ、チューブトップ、靴、剣、髪飾り、指環……あ、あとディーゼルさんにもらったこのアミュレット。全部で七つです」
呪われた装備は没収対象にならないから、つまるところ……。
「よしよし。じゃあ今から八回死ねるな」
「え゛」
ショコラが表情を凍り付かせた。
「ここからは、ちと戦闘が多い。武力で強引に突破することになる。お前はその装備を全部装着して、風邪を引かないようにここで火に当たっていろ」
「え? え……? いいんですか? 私は死ぬのでは?」
混乱したショコラ。頭の上に「?」を幾つも浮かべていた。
「ああ。これから俺が一人でこの川を遡って走る。すると、俺に置いていかれたお前は、やがて俺との距離が開いて死ぬ」
「?????」
ショコラは、わけが分からなそう。
「このパーティーのリーダーは俺だからな。俺とお前の距離が開いた時、死ぬのはお前の方だ。でも安心しろ。次のアンカーポイントで、もちろん生き返らせてやる。こうして装備をひとつ失うことになる。次にお前と一緒に次のショートカットルートを開く。そしてそこもお前を置いて、俺が力で単独突破する。するとまた、お前は死ぬ。次のアンカーポイントで生き返る。ルートを開く。死ぬ。それを繰り返す」
「こ、こりゃひでぇ!」
「毎回死体がない状態で復活させることになるから、装備をひとつずつ失うが、この連続ショートカットを八回繰り返せば目的地に着く。ギリギリだが、いける」
「いけませんって‼ どうして私を置いていくんですか⁉ 一緒に行けばいいじゃないですか⁉」
もっともそうに聞こえるショコラの指摘に、うんざりと
「俺はダンジョンを知り尽くしている。戦闘力も、自分で言うのもアレだが、ずば抜けている。そんな絶大なアドバンテージを打ち消しているのは、お前の莫大なディス・アドバンテージ。すなわち、ドジっ子属性。トラブルメイカー。そういった類いのかまってちゃん根性」
「ぐぬぬ……」
悔しそうなショコラ。その胸元に浮いたハートマークに、指の腹をトントンと押し当てて念を入れる。
「――いいか。全滅の回数が半分程度だったなら、もうとっくの昔にスターチェイサーに追いついているんだよ。幸い、ここからの怒濤の連続ショートカットは、道が開いてしまえば、後はすべて物量で
「わ、私っ! 足手まといになんてなりませんから‼」
「ナスにワンパンで沈められたポンコツE級冒険者のセリフか」
「きーっ!」
素早いショコラの飛びかかりを、さっと半身をひねって
彼女は土の上に着地。四つん這いになって遠いところを見た。
「……あのナスは、ミドル級チャンプでした……」
「――まぁ、強いのは強いな。並のモンスターよりは、強い」
俺のフォローに、
「……でも、七回ですよ? 装備は七回分しかありません。何か新しい装備をくれるんですか? 何をくれるんですかぁ? 私、次は
「アミュレットは没収対象外だが、それを含めても八回はいけるだろう」
「え、このネックレスは対象外なら、やっぱり六回ですって」
眉をひそめるショコラ。
睨み合う俺たち。
すっと腕を上げ、指を指す。
その先にはびしょ濡れで下着姿のショコラが。
「まだあるだろう」
俺の指摘に、首をかしげたショコラ。
「? ――――ブラと、パンツ⁉」
ショコラの悲鳴が渓谷に木霊した。
「お、鬼ですか⁉ 鬼なんですかッ⁉」
「鬼なんだよ」
有無を言わさぬ肯定。それにショコラが首をいやいやと振って叫ぶ。
「嫌ですって‼ すっぽんぽんじゃないですかそれ‼ パンツ一丁も残らない状態‼ どんな罰ゲームですか⁉」
「だが、別の装備を探しに戻る時間も惜しい」
「ブラとパンツは私の女としての最終防衛ラインなんですって‼」
「落ち着け――」
両手でなだめるポーズをする。どうどう。
「目的地まで行けば、新しい装備がある。俺がちゃんと取ってきてやる」
あそこ寒いからな。どっちにしろ今の装備では無理だ。
「だから嫌ですって! ディーゼルさんが帰ってくるまで素っ裸でダンジョンの中にいろと⁉ 私にだって女のプライドがあります‼」
シュコーッと、兜から嘆息が漏れた。
天を仰ぐ。
女心か……。
「――で、あれば」
〈
ガゴンッと音を立て、巨大な刀身が大地に突き刺さり、瘴気が地面を舐めた。
「急いで服を着ろ。俺はお前を助けるために足を緩めないからな。遅れないように死に物
「――
ショコラは鼻息荒く装備を調えた。
川をザブザブと歩く俺。腕まくりをしてついてくるショコラ。
絆の深淵を、さまよえる鬼と脳天気な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます