窮鼠猫噛亭
俺たちが並んで見つめる先で、ぽっかりと口を開けた洞窟。
その入り口には立て看板が。
「
ショコラが嫌そうな顔でその看板を
「この洞窟はレストランだ。この中に入ると、色々と注文が入る。それに答えながら進むと、最後にこのレストランの主がお前を食おうと襲いかかってくるから、それを撃退すると先に進めるようになる」
「あ、それ知ってます。注文が多いレストランのお話ですよね? なんだか、ここのところずっと童話ベースの階層が多くないですかぁ? さっきも三匹の子豚っぽかったし、その前のは赤ずきんちゃんっぽかったです。ネタ切れなんですかね?」
「誰しも、読んだ物語に影響を受ける。そういう時期がある」
この辺りはダンマスが一時期冒険者からぶんどった童話を読みあさっていた頃に作られた階層なのだ。
こういう、その時々での思いつきでダンジョンを作るというのは、言うなれば過去の自分の秘密ノートを
せめて、将来ダンマスの黒歴史にならないようにと気をつかい、ぱっと見、
「でもぉ、これって最後に犬が助けてくれるんじゃなかったでしたっけ? わんわんわん! でも私達、犬なんて連れていませんよ?」
「俺が犬だ」
「ええ……」
俺の犬宣言に、ショコラがちょっと引き気味だ。
「急にどうしちゃったんですか? せっかくの貴重なディーゼルさんの犬発言でしたけど、私そういう趣味はないんです……あ、でもディーゼルさんがせっかく私のために性的嗜好を披露してくれたんですから、私も精一杯、女王様にも挑戦してみてもいいかな。ディーゼルさんを犬に……ちょっと気分良さそう……ふふ……」
ブツブツとそんなことを言い出したショコラの脳天に拳を落とすと、「いたぃ!」と彼女は涙目になって両手で頭をさすった。
「お星さまがくるくる、くるくる……ディーゼルさんの手で殴られると馬鹿になっちゃいそうだから、あんまりぶたないでください! 私がクルクルパーになったら困るでしょう⁉」
「もう馬鹿だから問題ない」
そう言い捨てた俺に、ショコラが「ひどっ……」とショックを受けていた。
「いいか、お前がこの洞窟の最終ステージまでたどり着ければ、外で待つ俺が中に入れるようになる、という意味だ。そうしたら俺が突入してこのレストランの主を始末する」
中に入った冒険者は装備を剥ぎ取られる。外で待つ仲間が助けに行かなくてはならないのだが、よーいどんで突入しても、奥に辿り着くまでに時間が掛かる。だから先に中に入った冒険者は死ぬ。死ねば食い尽くされて死体は残らない。装備ロスト確定だ。
中に入った人数が多いほど救援までの時間を稼げるわけだが、今度は外で待機する突入戦力が少なくなる。そのバランスで頭を悩ませるギミックだ。
「ふむふむ」と頷いたショコラだったが、すぐに「えっ⁉」と顔を上げた。
「ディーゼルさん、一緒に来てくれないんですか⁉」
「ああ、俺は行けない。脱ぐ物が無いからな。向こうの指示を拒否すると、道が閉ざされてしまう。俺たちはこの先の道に用があるから、それは困る」
「コスプレがバレるのが嫌だからって、ズルですよぉ! いい加減に素顔を見せてください、ズルズルズルッ子のディーゼルさん‼」
「コスプレじゃないと何回言えば……ッ! ああーーーもう! 三歩歩けばすぐに忘れおって! お前の脳味噌はニワトリなみか‼ おお⁉」
「きーっ! もっとたっぷり詰まってるもん‼」
洞窟の前で久しぶりの取っ組み合い。
俺の肩に飛び乗って両足でがっちり兜をホールド。ぽかぽかと俺を殴るショコラ。俺がブンブンと身体を振り回しても、尻尾でくるくるとバランスを取って器用なものだ。
いつも通りショコラを土の上に投げ飛ばし、シュコーっと嘆息をつく。
タバコを取り出そうとして、直後がっくりと項垂れた。
「タバコが……くそ……」
スッ……と、ショコラがタバコを差し出してきた。
「――どうぞ。これで仲直りですよ?」
「ああ、お前は時々気が利くな、ショコラ……」
ズボッと兜に突っ込み、指をパチンッ、パチンッ――。
「――ってこれチョコだろうがッ‼」
「あははははっ! ノリツッコミ上手~~~~~ッ!」
腹を抱えて笑うショコラ。そんな彼女の顔にチョコを投げ付けようとして、しかし口が寂しい俺は、それをもう一度乱暴に兜に突っ込んだ。案外悪くない。
「まぁいい。分かったら、さっさと行ってこい」
「お任せあれッ! 化け猫なんかに負ける天下のか……ショコラ様じゃないですよ? 豹獣人代表として、剣のサビにしてあげちゃいます!」
ショコラが、お尻にぶら下げたアイス・ファルシオンをシャキンと抜き払った。
逆手に構えた姿は、なかなか
「天下のか……ショコラを食おうと待ち構えているのは大量の〈ヘルネズミ〉だ」
「ヘルネズミ……」
凄く嫌そうな顔になったショコラ。
「地獄のドブネズミだ。連中、
「何に気をつければ……」
「連中の指示通りに動けばいい。最終的には装備を全部剥がされる。身体に塩を塗れとか、マヨネーズで顔パックしろとか、ソースの風呂に入れとか、そういうのは全部従って問題ない。毒とかはないから安心しろ」
「お塩を塗るくらいはいいですけど、ソースの風呂は嫌ですぅ……」
ショコラは暗然とぼやいた。
「いいか、拒否するなよ。拒否すると『もう我慢できない!』となって集団で襲いかかってくる。そうなったら部屋は開かないから出られないし、この先の道も閉ざされる。ちなみに俺も助けには入れん。生きながらに
プルプルと震えてお腹を押さえたショコラ。
「俺を信じろ。ドアさえ開けば絶対に助けてやる」
この洞窟は平坦な一直線だから、比較的ノロい俺でも“ぶっ飛ばせる”。
「はい――うう……」
眉をハの字に倒して俺を見るショコラ。
「でもやっぱり怖いですぅ……」
珍しく弱気なことを言った。さっきの勢いはどうした。相手がネズミだと判明したから腰が引けたのか。豹の風上にも置けないな。というツッコミは、雰囲気に遠慮して飲み込んだ。
「ディーゼルさぁん……私が死んじゃっても良いんですか……?」
じっと、俺の顔を見る。
「――いや、復活するんだからいいだろう。何も心配は要らん」
「ディーゼルさんも言ってたじゃないですか……死にすぎると魂が痩せ細っていくって。私、これ以上死んだら心が死んじゃいますよぉ……」
ショコラはその可愛らしい顔に鬱っぽい影を落とした。
急にどうしたんだ?
「いや、だいぶ死に慣れてきて、むしろ最近は余裕すら出てきたようにも見えるのだが――」
「私の心が死んだら、もう一緒に楽しくダンジョンアタックできないんですよ? いいんですか?」
俺の指摘を華麗に無視したショコラが続ける。
「ディーゼルさんのイタい妄想トークに、こんなにも
そう言って、ショコラはうずくまって動かなくなった。
こうなると、本当に、不思議なくらい動かない。
この状態を解除できる手段は多くない。
考えてみれば、確かに。ショコラは死に過ぎている。
おおよそ、A級冒険者でも一〇〇回は死ぬと、魂が痩せ細って廃人の
ショコラの心は、気丈に明るく振る舞っているだけで、実は相当弱っているのかも知れない――。
「やむを得んか……」
シュコーっと嘆息を漏らし、片手を前に出した。
まるで上から落ちてくる水をすくうかのように、手のひらを上に向ける。
少し気合いを入れて集中すると、ズズズズズ……という不気味な音を立てて鎧からドロッと染み出した瘴気が、シュォシュォと手に集まっていく。
これは〈
ちなみに、こうして俺が出した
やがて瘴気は親指ほどの大きさの柱状結晶を形取り、首飾りとなった。
チャラリ……と、うずくまったショコラの前にそれをぶら下げる。
「――ディーゼルさん?」
「ほら。〈
「ええ……なんですかそれ。ちょっと不吉な名前ですけど凄く格好いい」
キラキラと、猫めいた好奇心に目を輝かせ始めたショコラ。
「これを身に付けていれば、命の危機を感知すると強力な障壁を一度だけ作り出してくれる。あらゆる脅威からお前を守ってくれるから、その中でじっとしていればいい。かなり強力な障壁だ。ヘルネズミなんぞに破れるものではない。しばらくすればネズミどもは勝手に引いていく」
「す、すごーいっ‼ もらってもいいんですか⁉」
「ああ、やる。ここまで頑張ったご褒美だ」
「やたぁ~~~~ッ‼」
ガバッと立ち上がり、俺の手の上のアミュレットをゲットした。
「ありがとうございます、ディーゼルさん! 私まだまだ頑張りますねッ‼」
先ほどまでの雰囲気は演技だった、とでも言わんばかりの豹変ぶり。たぶん演技だ。まぁ見事な演技だ。感心した。だから文句は言うまい。見破られなければ演技でも真実となる。
「現金な奴め」
でもそれ、名前の通り、悪名高い呪いの装備なんだけどな。
確かに、ひとたび障壁が発動すれば、あらゆる物理攻撃や魔法攻撃を遮断する。そのかわりに、普段身に付けているだけで回復魔法に代表される光魔法を全て弾いてしまうし、神々の与える
もちろん外せない。首から外そうとすると全身に激痛が走って動けなくなるし、それでも無理に取り外そうとすれば首が飛ぶ。
とはいえ、死に肉薄するシチュエーションに飛び込めば障壁が発動してアミュレットは壊れるから、度胸さえあればそこまで深刻な呪いでもない。どちらかというと、効果を知らずにうっかり身に付けた間抜けな挑戦者が、オロオロするのを見てダンマスが楽しむ罠的ジョークグッズに近い。
ただし、特定のモンスターが身に付けると凶悪な効果を発揮すること
まぁ、障壁の効果自体はお墨付きだ。
俺は回復魔法や付与魔法なんて使えないし、ショコラが神の恩寵――勇者だとか、聖女だとか、そういった大層な称号を持っているはずもないから、いいだろ。おそらく俺と一緒にいる間は、デメリットに関してノープロブレムなはずだ。
そんなことを考えながら見守る俺の前で、ショコラはニマニマしながらアミュレットを首にかけ、
「うっ……なんか重いですね、これ……でも重厚感があって逆に良いです!」
と元気にくるくると回ってみせた。それを見て、呪いがかかった事を確信したのだが、俺は何も言わず、彼女を洞窟へと送り出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます