ロックオン
「ディーゼルさん、私この人嫌いです」
フーッと威嚇し始めたショコラ。
彼女の頭をぐりぐりと撫でてから、大事な質問を投げる。
「まぁ、俺の立ち振る舞いが、お前の迷走を食い止められたのならば良かった。それで? 魔女はどうした? ここには魔女がいたはずだろう?」
「ははぁ……魔女でしたら一足先に窯で焼いて始末しております。……はっ! 師匠は鍵が必要なのですね? ここにしかと、ございまする。どうぞお納めくださいませ――」
そう言って両手で差し出してきたのはこの階層の鍵だ。
それを受け取り、ダンジョン管理者として、もうひとつ確認をする。
「――魔女は
「ははぁ……およそ丸二日。リポップのたびに、こんがり窯焼きにしておりまする。ちなみに小生の連れがずっと中で捕まっております。さもないと、お菓子の家の鍵が閉まってしまい、冒険者が家に入って来られなくなりますゆえ」
やっぱり攻略方法を知っていると、この階層のギミックはちょっと問題があるな。
ここの魔女はごくたまに、貴重な〈神煌石〉を落とす。知られると乱獲される恐れがあるか……。長時間滞在する冒険者を強制排除するトラップが必要だな……。
そういえば昔、似たような問題があって、同じ階層に長時間留まると
「……そうか。ドルトン、俺もお前に教えられたことが、あったようだ」
「な――なんとッッッ⁉」
神を見た、とでも言わんばかりの顔になって俺を仰ぎ見るドルトン。その顔に指を突きつける。
「だから、お前にひとつアドバイスをしよう」
「こ、この小生に更なるお恵みをッ⁉」
「ああ。簡単な話だが、ファッキーはお前に似合っていない。正直ドン引きだ」
「――ッ‼」
俺のひと言に、ドルトンが驚愕の色を顔に浮かべた。
「ファッキーは小さな人形で、お前みたいにでかくないし、デブでもない。本来、小さくて可愛い人形が闇を渡って、あらゆる隙間からこそこそと襲ってくるから怖いのであって、今のお前に襲われて感じる恐怖は、ファッキーがもたらす恐怖とは別種のものにすぎない」
それはパワー系変態に襲われるという恐怖だ。
神から天界追放を言い渡された人間、といった顔になったドルトン。
「だから、お前にこの言葉を授けよう。……九二階層に、お前にお似合いの奴がいる。後は……分かるな?」
含みを持たせた俺の言葉に、一瞬眉をひそめたドルトンだったが、すぐにガバッと立ち上がった。
近い。あまりの勢いに後じさる俺とショコラ。
「九二階層……それは小生にとっても命がけの領域。しかし、その生と死の狭間に小生の生きる道を見たりッ‼ いざ、九二階層へ‼」
「あ、ちょっとまてドルトン」
駆け出したドルトンのオーバーオールを掴み、引き留める。ズズッと足が滑った。俺の重量が少し引きずられるほどの加速がついていた。
「ところでスターチェイサーを見なかったか?」
「おお、もちろん師匠に申しつけられておりましたゆえに、気に留めておりましたぞ!
「二日前か……」
一日距離を詰めたが、ここは既に七〇階層。このペースだと追いつくのが九〇階層以降になるが、できれば先回りしたい。やはり、ショートカットを駆使するしかないな。ちょっと酷いことになるが、ショコラには我慢してもらおう。
「む……そういえば連中、チームを分断されておるやも知れませぬぞ」
「……なんだと?」
思いがけないドルトンの言葉に唸った。
「小生が
悪夢レイヤー・ネットワークってなんだよ……。
どんだけ悪夢教団とやらはこのダンジョンに潜り込んでいるんだ……?
やっぱり、これが終わったらデンハムと一緒に大掃除だな。増えてからだと大変だから、早めにやらないと。害虫駆除みたいなものだ。
「――その時、スターチェイサーは何人だった?」
「確か……六人でしたな」
牢獄で聞いたのは十二人のチーム。半数が分断された可能性がある。連中は手練れだから、並のトラップじゃない。階層に
六四階層からここ七〇階層に至るまで、強制転送があったのは二カ所。その中でも、六人を一度に飛ばせるのはひとつだけだ。
それは六八階層にある。その転送先は七四階層――。
しかも俺が通ろうとしていたショートカットルートの先で合流する位置だ。
ちょうど良いな……。
狩るか。
「――見事な働きだった、ドルトン。褒めてやる」
「ははぁ……」
俺の尊大な物言いに、ドルトンが床に頭をこすり付けてひれ伏した。
「ねぇねぇ、ディーゼルさん。まるで悪の
俺の外套をグイグイと引いてあきれ顔のショコラ。
「ふむ……実はその解釈は正しいぞ。ショコラ」
そう。俺は悪の総帥で、ドルトンは人間を裏切った変態なのだった。本人に自覚があるのかは不明だが。
「他にも、小生にお手伝いできることはございましょうか……ディーゼル総帥」
顔に影を落として悪そうに聞いてくる辺りに、奴の自覚が垣間見えた。俺への敬称も総帥に変わっている。気に入ったのだろうか。
「――いや、助かった。もう行っていい。気をつけてな」
気をつけても九〇階層より先は死ぬだろ。
いくらスィルなんちゃらの筆頭騎士とやらでも、さすがに。
「ははぁ……。ありがたきお言葉。必ずや、師匠に小生の完璧なコスプレをご覧に入れて見せまする‼」
お菓子の家のドアを肩からぶち破ったドルトンは、森に消えていった。
その背中を見送った俺の兜からシュコーッと嘆息が漏れた。
「ディーゼルさん、ディーゼルさん」
なにやらニマニマしながら俺の顔を覗き込んでくるショコラ。
「なんだ?」
「――じゃじゃーん!」
と言って、俺に見せてきたのは光る石。強い
「
「ふっふーん、凄いでしょう! またまたやってやりましたよ、この天下のか……ショコラ様が! 褒めてください!」
ドルトンの持ち物だな。あいつ、魔女を窯で狩りまくって手に入れていたのか。
「――お前、手癖が悪すぎじゃないか?」
シュコー。そんな俺のぼやきを無視するショコラ。
「これ、なんなんですか? じんこうせきってなんですか? 凄いお宝なんですか? ピカピカで綺麗です! いくらで売れるんですかねぇ~~楽しみです!」
テンション激上げ。彼女の猫目はキラキラお星様祭りだ。
「それは、神煌石という最上級の魔石だ。神煌……
「高価なんですか?」
「ああ。めちゃくちゃ高価だ。並の街なら、これひとつで丸ごと一個買えるな」
「は?」
目を丸くして絶句したショコラに、改めて言い直す。
「街を、ひとつ、丸ごと、買える」
「い――いぇええええい‼ 富豪だあああああ‼ 遊んで暮らすぞーーーーッ‼」
目を金貨にして、ぴょんぴょん。待ってましたとばかりに、そこに冷や水を浴びせかける。
「神煌石はダンジョンの外には持ち出せん」
「――は⁇」
俺のひと言にピタリと動きを止め、眉根にグッと深いシワを寄せ、凄みのある目つきで俺を睨み付けてきたショコラ。
「神煌石は力が強すぎて、同時に不安定すぎる。ダンジョンの外で持ち運ぶには専用の容器が要る。容器無しで外に出すと暴発する。ちょっとしたクレーターが出来上がるんじゃないか?」
「そ、その容器はどこに行けば⁉」
「超一級の鍛冶師が作る入れ物で、エルフか、神族にしか作れなかったはずだ。確か、〈セブンス・セーフ〉とか言ったはずだ。他にも幻獣の卵を入れたりとか、色々役に立つものだったはずだが、少なくとも絆の深淵のドロップにはない」
「そんなああああああああぁぁ……」
「あとな」
泣きっ面になってへたり込んだショコラに、蜂をくれる。
「お前にその神煌石は扱えない。もし使えれば一発逆転の奥の手になるが、お前の実力だと発動させられん。完全に宝の持ち腐れだ。そして
「い、嫌です……これは私がゲットしたものなので捨てません!」
神煌石を抱き込んで俺に背を向けたショコラ。
「盗んだもののくせに」
シュコーッと嘆息をついて周囲を見渡した。お菓子の部屋が完全に人形の部屋に改造されていた。
「――それにしてもドルトンめ、いったい何匹の魔女を狩ったんだ……? そもそもあいつ、なんでこんなに絆の深淵のギミックに詳しい?」
忌々しく漏れた俺の呻き声。そこにショコラが近づいてくる。
「――悪夢教団はぁ、教団内でダンジョンの情報を共有しているそうですよ。悪夢レイヤー・ネットワークって言って、ダンジョンの中でもリアルタイムに情報共有したりする枠組みがあるそうです」
天を仰ぐ。
掃除する時は、一網打尽にする必要がありそうだ。ちまちまやってると、その悪夢レイヤー・ネットワークとやらで鬼ごっこ状態になるだろう。そんな未来がはっきり見えた。
「――ところでショコラ」
「はいはい、なんですかディーゼルさん?」
「お前、やけに悪夢蝶関連に詳しいな。知り合いに悪夢崇拝者がいるのか?」
「え、それは……まぁ、いませんけど……」
歯切れ悪く視線を泳がせたショコラ。
怪しい……まさか、こいつも悪夢崇拝者なんじゃないだろうな……。
疑惑の視線を送っていると、ふと、後ろから声が聞こえてきた。
「――おや、あなたたち。お腹はすいていないかい? 寒くないかい? お菓子もベッドもあるよ。この家で休んでいくとい――」
むしゃくしゃした俺は、タイミング良くリポップした憐れな魔女〈リッチー・オブ・ザ・ディープ〉を
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