牢獄

 六四階層。


 ここは牢獄。薄暗い通路の左右に格子が並んでいる。


 牢屋の中は、ほとんどが空っぽ。あるいは白骨死体。あるいは宝箱。


 途中で現れるのは、引きつった笑い声を上げる薄気味悪い拷問官。痩せ細った看守。ゾンビ犬。狂人インセイン


 それら全部を手甲で殴り殺し、あるいは蹴り殺し、宝箱に目移りするショコラを引っ張ってズンズンと狭い通路を進む。


 そうして最短経路で牢獄の迷路を突破すると、やがて広い部屋に入った。


 趣味の悪い拷問器具の展覧会のような部屋だ。


「――ディーゼルさん、こんなところに私を連れ込んで、これで私にエッチな拷問をする気なんですかぁ? とんだドスケベさんですねぇ」


 三角木馬をペチペチと叩いてそんなことを言ったショコラ。


「それはお前が考えているほど甘いものではない。かなりキツいやつだ……というかショコラ、お前の方こそ何かといえば、ふた言目にはエッチ、エッチって。ちょっと淫乱な妄想が過ぎるな。根っからのドスケベなのか?」


「え゛――」


 言葉を失った彼女は、頬を朱に染めて「ん……」と口をつぐみ、あせあせとうつむいた。


 恥ずかしいと思うなら、そういう発言するなよ……。


 鋼鉄の処女アイアンメイデンをクローゼットのごとく開く。イガイガの内部。その針に引っかかっていた、この先のエリアに抜けるための鍵を引っ張り出した。


「この先の鍵だ。俺の太い腕では開けにくい場所に鍵穴があるから、お前に預けておく。落すなよ」


「ラジャー!」


 ショコラは元気よく敬礼のポーズで答えた。その指に鍵を引っかけてやる。


 拷問器具の展覧会を抜けると、そこは広い円形ホールとなっていた。


 壁に沿った螺旋通路を上っていく形だが、その壁には等間隔に格子牢が並んでいる。とにかくどこを見ても牢屋。それがこの階層。


「へへっ、へっ……へはっ……」


 男の声がした。見ると、ホール一階の牢のひとつに男が捕らえられていた。


 両手両足をはりつけにされ、身体には手酷く拷問を受けた後があった。


 男が顔を上げ、こちらを見た。ヘラヘラと自嘲気味の笑みを浮かべているが、顔には濃い影がかかっており、今にも死にそうだ。


「――まさか、こんな深い場所に冒険者が来てくれるとはな……神の助けだ。なぁ、あんた……助けてくれ。頼むよ。もう何日もここで捕まって、限界だ……おかしくなっちまう……」


「こ、これは……た、助けてあげましょうよぉ、ディーゼルさん……」


「ふむ……」


 男が捕らえられた牢の前に立ち、男を観察する。


「――おい、助けて欲しければ情報をよこせ」


「……何が知りたいんだ? ここから出られるなら、なんでも教えてやるさ」


 男は、俺の極めて怪しい見た目や気配も気にならないほど憔悴しょうすいしている様子だった。


「スターチェイサーという冒険者チームを知らないか」


「スターチェイサー……ああ、三日前にここより前の階層で会ったチームだ。十人を超えるチームは珍しいからな、覚えてるぜ。俺たちが出発する前に出ていったから、もうだいぶ先に行ってるんじゃないか? ……さぁ、情報は喋ったぜ。開けてくれよ。早くしないと、早くしないと……」


「三日前だと……」


 ドルトンの言葉が脳裏をよぎる。やつの話によると、二日の差だったはずだ。


「――差を、離されてるだと……っ⁉ どういうことだ?」


 俺の甲冑から苦々しい呻き声が漏れた。


 ショコラが恐る恐る俺の後ろから顔を出す。


「急いでるんですかねぇ?」


「――ああ、連中は急いでたぜ。なんでも、幽鬼アブザードが出たから攻略ペースを上げたとかなんとか。俺たちにも気をつけろって、言ってたなぁ……」


幽鬼アブザード? どういう意味だ?」


 幽鬼アブザードは確かにどの階層でも出るが、それと攻略ペースを上げる関連性が見えない。深ければ深いほど、むしろ幽鬼アブザードの出現確率は高くなる。恐ろしいなら引き返すべきだ。


 なんにせよ、連中はペースを上げたらしい。


「……くそッ!」


 こんなことならショコラを海で甘やかすんじゃなかった!


 ショートカットできるからと油断していた。あの半日が惜しい。


「さぁな……なぁあんた、後生ごしょうだ。助けてくれよ……俺を助けに出たメンバーは、きっともうどっかで死んでるんだ。俺が死ぬか、ここから出るかしないと、もう死に戻りもできねぇ……このままだと俺たちは永久にここから出られないんだ……」


「永久にって……どういう意味なんですか?」


 ショコラが怯えた様子で俺を見上げた。


「――こうやって、パーティの一人を生かして拘束し続けると、そのパーティは死に戻りできない。ここの拷問官はそれを分かっていて、この男を殺さないように餌をやり、痛めつけ、おもちゃにしてもてあそんでいるのだ。場合によってはこのまま寿命まで囚われ続ける。ここはそういう階層。見た目だけのゾーンではないということだ」


「――」


 ショコラは白目を剥き、おののいて絶句した。


 なかなか意地悪な仕組みだ。一人でもとっ捕まると、そのメンバーを助けるために仲間は動かざるを得ないのだが、その解放手順にはパーティーの分断性があって、極めて難易度が高く、助けに出た連中はみんな死ぬ。


 そして、こうして一人で取り残される事がよくある。


 こうなると全滅できないため、半永久的に死に戻り出来ない。立ち往生スタックと呼ばれる凶悪な仕組みだ。


 一人を助けるために、全員が餌食になる。絆の深淵の真骨頂のひとつだろう。


 ダンマスは、仲良しこよしは絶対殺すマンなのだ。こじらせすぎている。


 ちなみに、同じパーティ内での故意の殺害は固く禁じられている。このタブーを破ると何が起こるかはお察しだ。次に死に戻った時に、とんでもないところで復活する羽目になる。そういうルールを守らない無法者にふさわしい、懲罰的場所だ。あれは酷い。


「助けてあげましょうよぉ、ディーゼルさぁん……」


「……まぁ、約束通り情報はもらったからな。こちらも約束は守ろう。だが、この牢を開けるための鍵は別の場所にあるのだ。ショコラ、俺が取ってくるからお前はここで大人しく待っていろ」


「はーい。いってらっしゃ~い!」


 ひらひらと手を振り、元気よく返事をしたショコラに不安を覚えつつも、俺はいったん引き返し、離れた場所にあった看守の詰め所に押し入った。


 中の看守を皆殺しにし、壁に掛かっていた鍵束から目当ての牢の鍵を取って円形ホールに戻った。

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