立ち往生寸前

 戻ると、ショコラが牢に囚われていた。


 がっくりと膝を突く。


「ごめんなさい! 宝箱が見えたので、時短じたんで先に開けておこうと思って――てへっ」


 牢の中で、てへぺろしたショコラ。


おろか……」


「あ、あのー……それでディーゼルさん。私の鍵も取ってきてくれると嬉しいなぁ~、なんて……?」


 強い脱力感で立ち上がることもできない。


「……よこせ」


 そう言って手を伸ばす。そんな俺の行動に、ショコラがきょとんと首をかしげた。


「え? 何をですか?」


「お前の持っている、次のエリアへの鍵だ」


「!」


 ショコラは息を呑んで牢の奥に後じさった。


「そ、そうはいきませんよ! 私を置いて先に行っちゃう気でしょう! ヒドい! 鬼! 悪魔!」


「鬼は正解……」


「助けを求めるパートナーを見捨てるなんて騎士の風上にも置けない!」


 シュコーっと嘆息をつく。


「そうではない。お前の牢の鍵を取りに行くために必要なのだ」


「嘘です! さっき、そこの人の鍵は取りに行ったじゃないですか! この鍵がなくてもディーゼルさんは私の鍵を取ってこれるはずなんです‼ 早く取ってきてください!」


「変なところで頭を回しやがって……それはそうだが、お前の入った牢がよりによって特殊な牢だから、また別種の鍵が必要なのだ。先のエリアにある特別な宝箱からしか、その鍵は出てこない」


 ショコラが入った牢は、ひと言で言うと豪華。


 広い牢の床には大量の宝石が転がっており、そのど真ん中にぽつんと椅子がある。椅子には煌びやかな衣装で着飾った王冠ミイラが座っている。そして、その足元にあるのはピカピカ輝く宝箱。


 はっきり言って、めちゃくちゃ怪しい。完全に釣りだ。


 こういう間抜けなトラップに引っかかると、続けて懲罰的なトラップが連動して発動するのがこの絆の深淵。ダンマスはそんな様子を見てわらうのだ。あの人はそういう人だ。


「いやッ! 先にこの牢を開けてください!」


「良い子だから。聞き分けのないこと言うな。その鍵を、さぁ渡せ」


「いやーッ‼」


 努めて柔らかく言うのだが、ショコラは涙目になって鍵を胸にいだき、がんとして渡さない腹づもりだ。


「俺が、お前を、見捨てた、事なんて、一度だって、あったか? おお? 早くしないと――」


 ゴォン……という音がして、床に微振動が伝わってきた。明らかに、何らかの“からくり”が動き始めた気配だった。


 捕らえられていた男が狂ったように叫び始めたのはその時だった。


「あ、あ、あ……あああああああああ! もう殺してくれぇええええ! 拷問は嫌だああああああ!」


 するとその恐慌に釣られたのか、ショコラまでもが悲鳴を上げ始める。


「い、い、いやぁあああああ! 私が死ぬならディーゼルさんも死ぬぅ‼」


「くっ……感動的なテンプレ発言をいじって、ただのドクズな道連れ発言に改悪するな! おいっ、早くしろ! その牢の中は平気だが、こっちのホールはもうすぐ天井に押し潰される! まだ間に合うから、その鍵を、俺に、渡せッ! ショコラ‼」


「――あ、それって。ディーゼルさんが私より先に死ぬってことですよね?」


 真顔になったショコラ。


「それって、それってぇ、ひょっとしてぇ……初めてじゃないですかぁ? だからそんなに焦ってるんですか? そうなんですね? 私より死ぬのが悔しいから、鍵を欲しがってるんですね?」


「お前……」


 にょほほ、と口を押さえて笑い、ショコラが続ける。


「でも心配しないで下さい。私がディーゼルさんの潰れるところを見ててあげます。血が流れてくるのを確認して、ディーゼルさんは空っぽなんかじゃなくて、血の通ったあったかい人間なんだってこと、私がこの目でしかと見届けてあげますから、さぁどうぞ。心置きなく死んで下さい」


 そんなことを言うショコラのおとぼけ顔に、こみ上げてきた怒声を叩き付ける。


「――たわけがッ‼ こっちは一瞬だが、お前の方にはぞろぞろと連れ立って拷問官がやってくるんだぞ!」


「……?」


 俺の言っていることが理解できない様子のショコラ。シュコーッといつもより濃い瘴気が兜から漏れた。


「……忘れたのか? 俺が死んで、お前だけが生き残ると、お前はさっき見た器具を全部使った、生かさず殺さずの拷問を、寿命が尽きるまで受け続けるんだぞ⁉ あの男のように殺してくれと懇願こんがんするまでに、そう時間はかからん‼」


 ビシィッと指差した先には半狂乱になって泣き叫ぶ男。


 ショコラが捕まると、死に戻りができなくなって俺も困る! 立ち往生スタックだ!


 するとようやく彼女も状況が理解できたようで、慌てて格子に飛びついた。格子をガシャガシャと両手で揺らし、顔を泣きっ面に歪ませる。


「そんなぁっ⁉ 私も……私もそっちで死たいッ! 私もディーゼルさんと一緒に死ぬぅ‼ 先にかないで、ディーゼル! 私を一人にしないでぇ‼」


「いいから演技で遊んでないでその鍵よこせよ‼ 急いで取ってきてやるし、拷問官に捕まってもちゃんとすぐに助けてやるからッ‼」


「ううう……絶対ですよぉ……?」


 ようやくショコラが、嫌そうに、手を伸ばして鍵を差し出した。


 俺がそれを受け取ったのと、ガコーン……という重苦しい音がホールに響き渡ったのはまったく同時だった。


 俺は鍵をその場に落とし、かわりにタバコを取り出した。


「――あっ、最後の一本か……チッ……」


 舌打ちしつつ、ぷかぷか煙を吹かし始める。


「あ、あのぉ……?」


 ショコラの不可解な表情。だが、その猫目の奥には怯えが潜んでいる。何が起こったのか、彼女は内心で理解しているのだ。


「わ、わた……わたしぃ……どうすればぁ……」


「まずは……アイス・ファルシオンを出せ」


 ショコラが震える手で、しもを冷ややかに零す剣を差し出した。俺はそれを引っ掴むと、未だにわめき散らしている男の牢に向かって投げ付けた。


 ズドッ……ピシピシ……という音が聞こえてきた。


 そして、ゴゴゴゴゴ……という、天井が落ちてくる無機質な音が響くだけとなった。


 徐々に落ちてくる天井を見上げ、大きくタバコの煙を吐く。


「――ふー……そうしたらショコラ。これを持て」


 ムゥン……と気合いを入れると、手の中に真っ黒い液体が詰まった瓶が現れた。


 ショコラがそれを受け取り、眉をひそめる。


「これは……?」


「〈渾沌の髄液ケイオス・ポーション〉だ。飲め」


 魔力を爆上げするポーションだが、同時に恐ろしく不幸にもなる呪いのポーションだ。


「げぇぇ……」


 つまみ上げ、瓶を振り、顔を顰めたショコラ。トロッと真っ黒。イカスミとでも言うべき見た目。


「味は良いらしいぞ」


「嘘だぁ……ゴクゴク……」


「秒で飲みおった……」


 ちなみにチョコミント味がするらしい。


「……チョコミントはカカオ農家への冒涜だと思います」


「なんなんだそのこだわり」


 シュコーッ。真顔になったショコラに瘴気の嘆息がかかった。


「ふー……そうしたら、お前はその牢の中の宝箱を開けろ」


「え? なんで今さら……はっ⁉」


 ショコラがゴクリと喉を鳴らした。恐る恐る宝箱に視線を投げかける。


「ようやく、俺の考えていることが分かるようになってきたな。良い子だ」


 そう言い残して牢を背にし、ホールの真ん中で待った。


 スパスパと、タバコの先端がじりじりと焼ける赤を眺めて待つ。


 ショコラが意を決するまでに、そうたいして時間はかからなかった。


 やがて後ろでカチャン……という音がして、次いで「ぴぅ」という小さな悲鳴と、グッチャグッチャという獰猛な咀嚼音が聞こえてきた。


 ランダム宝箱には、必ずハズレがある。それを〈渾沌の髄液ケイオス・ポーション〉の副作用を利用して確定で引いてもらったというわけだ。


 俺の甲冑から緊張が抜けた。とりあえず、立ち往生スタックは回避だ。


 今回のは、ちょっと危なかったな――。


 最後の一本の味は、安堵だった。


 天井が俺の兜にコツンと当たった。


 七九回目の全滅。

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