コスプレイヤー
腫れた頬をさすりながら、半べそになって俺の後ろを歩くショコラ。
「うう、痛いですぅ……ディーゼルさんの黒くて固くてごっついので女の子の顔をぶつなんて……悪質なDVですよこれは。脳味噌ブルンッって揺れました」
「どうしてお前は宝箱を見ると飛び付くんだ? それをやめればいいんだよ」
「それは……宝箱を見ると身体が自然と動いちゃうって言うかぁ、職業病っていうかぁ……なんというかぁ……」
「最近の冒険者にはそんな職業病があるのか……?」
首をひねった。
するとショコラが、ぷくーっと頬を膨らませて詰め寄ってくる。
「――そんなことよりもっ! 私のプリティな顔が、おかめさんみたいになっちゃいましたよ? 非道だとは思いませんか? もうお嫁に行けません。慰謝料を要求します。払えないなら一生私を養って、死ぬまで甘やかしてくださいね?」
「ダンマスに加えて、お前みたいなヘビー級の負債まで抱え込んだら、俺はもうこのダンジョンから夜逃げ――まっしぐら、だッ!」
飛び掛かってきた〈バーゲスト〉と呼ばれる魔犬を拳で殴り飛ばし、堂々と道のど真ん中を進んでいく。
ここは市街地を模した階層。
レンガ造りの街並みは一見して洗練されてはいるが、その中身は
ほら、道の向こうから松明と武器を持った、魔女狩りの群衆めいた
本来であれば、ここは道を迂回して、こそこそと地下道を行くのがセオリーだが――。
ガコォッ! と音がして、石畳がめくれ上がった。
背中から抜き放たれた俺の大戦斧が、そこに突き刺さっていた。
〈
ひと目見るだけで
何千人、何万人という冒険者に真なる死を与えてきた俺の半身だ。
「下がっていろ、ショコラ」
「ひゃい……」
ショコラの答えを待たず、
先頭の数人を肩で弾き飛ばし、その勢いで身体を回転させ、ぐるりと大戦斧を一閃。
枯葉を吹き散らすように、無数の
そのまま〈
「――もういいぞ」
「うげぇぇ……」
小道から顔を出したショコラの顔が凍り付いた。
これで相当な時間短縮になったはずだ。
ズンズンと鮮血の道を進む。
ショコラが、まるで川で飛び石を踏むような感じで、汚れていない部分を選んでぴょんぴょんと軽快に俺の後ろをついてきた。
「――そういえばディーゼルさんってぇ、ダンジョンマスターさんと喧嘩して出てきちゃったから、迎えに来てもらえないっていう“設定”なんですよね?」
「……そうだが」
あまり触れて欲しくない話題だ。思い出すだけでも腹立たしい。
「ここまでやっても無視されるなんて、よほどの大喧嘩だったんですね? ダンジョンの運営方針とか、将来像とかでぶつかったんですか?」
タバコの分煙問題で喧嘩した、とは言えない雰囲気だ。
「まぁ、そんなところだな」
「へぇ~~。面白い“設定”ですよね。出会った当初は、俺はこのダンジョンで一番強いモンスターだ、キリッ、なんて宣言するから。装備も中二病っぽいし。どこの
ショコラが俺の顔を下から覗き込んで、ニコッと
こいつ、たまに息をするついでに毒を吐くんだよな……。
ところでショコラと俺の会話は、所々こうして噛み合わない箇所がある。
なぜかというと、ショコラは、俺が
どうやら俺のことを、自分のことを超強いモンスターだと思い込んだ、ちょっと精神的
この俺の格好も、モンスターのコスプレか何かだと認識している。
憧れのモンスターになりきってダンジョン攻略を満喫している奇人変人の類い。
それがショコラの中のディーゼルという人物像だ。
だから死に戻りしても装備を落とさないのには、何か秘密があると疑っている。
確かに、この絆の深淵ではモンスターもまた、死ねば装備品を落とす。挑戦者もモンスターも平等に、強制復活しなければならない状況に陥ると、装備をひとつ落とすようになっているのだ。
だが実際のところ、
指環だけは装備品なのだが、これはスペシャル中のスペシャルなのでダンジョンの強制力が
通常、もうそれ以上落とす装備がない状態で全滅すると、挑戦者には真なる死が訪れるが、さすがにそこはダンジョン側のモンスターだ。ダンジョンのモンスターは死んでも普通に一定時間で生き返る。
俺は〈
だからこそ、ショコラの真なる死がウィークポイントになっている。俺は自分の死ではなくて、彼女の死が気が気でない――。
と、何度も説明しているのだが、彼女は
「それで、どんな人なんですか? ディーゼルさんが考える、ここのダンジョンマスターさんって? ここは世界でも指折りのダンジョンっていう話ですし、やっぱりドラゴンですか? それともリッチーとか? 変わり種でぇ……ファラオとか?」
「うーむ。そうだな……」
逡巡し、甲冑の喉を鳴らす。
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